名もないふたり
7月11日。
梅雨明けを目前に控えた名古屋の空は、朝から厚い雲に覆われていた。スターライトエンターテインメント本社。野坂通は1人、会議室にこもっていた。机の上には紙が何枚も散らばっている。そこには無数の文字。ユニット名の候補たちだった。
「Bright」
「Nova」
「Spark」
「Stella」
「……うーん」
通は頭を抱えた。あの2人を迎え入れた日から考え出し
、もう2週間近くは考え続けている。だがなかなか決まらない。社長からは『名前は大事だぞ』と言われていたが、それは通も十分に分かっている。売れるグループになるかどうか。その第一歩目が名前だ。しかし、だからこそ難しい。適当には決められない。
窓の外では雨が降り始めていた。灰色の空。静かな会議室で、通は2人の履歴書を見つめた。
天城陽斗。
桐生奏真。
性格も。育った環境も。夢も。何もかも違う。それなのに、なぜか2人を見ていると同じものを感じる時があった。それは――光だ。まだまだ小さい。まだまだ不安定。それでも確かに存在する光。
「そうか!」
通はペンを走らせた。
そして紙に書かれた文字。
LUMINOUS
通はしばらく見つめた。
そして少しだけ笑った。
「これだ」
初めてそう思えた名前だった。
その日の午後。ダンスレッスンを終えたばかりの陽斗と奏真が会議室へ呼ばれた。2人とも汗だくだった。陽斗は椅子に座るなり言った。
「あー疲れた」
奏真はその隣でペットボトルの蓋を開ける。
「レッスン直後に呼ぶのはやめてくださいよ」
「ごめんごめん」
通は苦笑をした。しかし今日はどうしても伝えたかった。一刻も早く、彼らの反応を見たかった。
「今日は2人に大事な話があって呼んだ」
そう言うと、緊張した様子で机の上に一枚の紙を置いた。陽斗が首を傾げる。奏真も紙を見る。そこには大きく一つの単語が書かれていた。
LUMINOUS
その文字を見ると真っ先に陽斗が口を開いた。
「え、なんすかこれ?てか読めねーし」
「ルミナスですよ」
奏真がすぐに反応する。
「え、なにそれダサくね?」
「えぇっっ!!?」
通は椅子から落ちそうになった。
「これはな、君たちの大事なグループ名なんだけど…」
「え、俺たちの!?」
2人とも目を丸くして驚きを見せたが、すぐに冷静な顔に戻った。
「なんか必殺技みたい」
「おい」
奏真も改めて紙を見る。
「ちょっと分かります」
「お前もかっ!!」
会議室に響く通の悲鳴。少し離れた場所から聞いていた社長は腹を抱えて笑っていた。
「若者は厳しいなぁ」
「社長はどっちですか!」
「私は好き」
「ですよね!!!!」
少し安心した。いや、かなり。だが当の本人たちは微妙そうな顔をしている。2週間をかけて見つけ出した答えを、ほんの数秒で否定されるなど想像もしていなかったし悔しかった。通は咳払いをして言う。
「意味を聞いてから判断して」
2人が顔を上げる。通は紙を指差した。
「LUMINOUSってのは”光り輝く”って意味なんだ」
通は続ける。
「2人ともさ、全然違う人間だと思う」
陽斗を見る。
「君は荒っぽいし不器用」
「え、悪口?」
「褒めてる」
次に奏真を見る。
「君は真面目すぎるし頑固」
「それも褒めてます?」
「褒めてる」
何か物言いたげで納得していない様子の2人に通は笑顔を向けた。
「でもな、2人とも光を持ってる」
窓の外では雨が降っている。会議室の蛍光灯が静かに光っていた。通は続ける。
「まだ小さいかもしれない」
「誰も気付いてないかもしれない」
「でも僕は見つけた」
「2つの光を」
通は言った。
「だから2人にはもっと輝いてほしい!!!」
その言葉は自然に出てきた。特に考えていたわけじゃない。心の底から溢れ出た本音だった。この熱い感情が彼等へ届くまでの間、しばらく沈黙が落ちた。また雨の音だけが部屋を埋める。
陽斗は視線を逸らし、なんだか照れ臭そうだった。奏真はジッと紙を見つめている。しばらくして陽斗が呟いた。
「……まぁ」
「うん?」
「悪くはないかも」
通は顔を上げた。奏真も小さく頷く。
「僕も」
「本当に?」
「はい」
「ちょっと慣れないだけです」
通は安堵し思わず笑った。2週間の努力が報われた瞬間。心の中でガッツポーズをする。社長もニヤニヤしていた。
「よし!決定だな!」
「2人は今日からLUMINOUSだ!」
その日の夜。
陽斗は自宅のベッドに寝転がってスマホを見ていた。今日撮った写真。そこには紙に書かれた名前、LUMINOUS。何となく眺めて思いにふける。
最初はダサいと思った。今も少し思う。でも、不思議と嫌じゃない。通の言葉が響いたのか、頭から抜け出せずにいた。
「……光、か」
天井を見上げ、昔の自分を思い出す。誰にも認められなかった頃を。誰にも必要とされなかった頃を。その時、スマホ画面に映る文字が少しだけ眩しく見えた。
一方。
奏真は弟の部屋にいた。今でも時々入る。写真立ての中で弟が笑っている。昼間、通から受け取っていたLUMINOUSと書かれた紙を机の上に置いた。静かな部屋に、時計の音だけが響く。
「どう思う?」
もちろん返事はない。それでも奏真は少し笑った。
「変な名前だよな」
写真の中の弟は笑ったままだった。奏真はその顔を見ながら呟く。
「でもさ」
窓から差し込む月明かりが、紙を照らしていた。
「頑張ってみるよ」
初めてだった。弟のためだけではなく、自分自身のためにそう思えたのは。
翌日のダンスレッスン。講師が2人を見る。
「今日からユニットとして動くぞ」
陽斗と奏真が並ぶ。まだぎこちない。まだ不器用だ。だが昨日までとは少し違う。講師が笑って言う。
「では改めて。お前たちのユニット名は?」
陽斗と奏真は顔を見合わせた。
そして、少しだけ照れながら答える。
「LUMINOUSです!!」
それが、伝説への最初の一歩だった。




