旦那様は、今日もいない
「君を愛している」
そう初めての夜に言ってくれた旦那様は、今日も、今日とて部屋に来ない。
いいえ。
来ないは語弊があるかも知れない。
なんとなくベッドの布団は温かいし、袖机には毎日違う花が活けられている。
けれど、初めての夜から1週間。
旦那様をこの部屋で見ることはなかった。
…少し寂しい。
使用人のみんなは「旦那様は奥様を大層溺愛されておりますから」と口を揃えて言うけれど、今日も朝ごはんは一人きり。
旦那様はすでに登城したらしい。
らしい、というのはいつも私が目覚めたときには旦那様は出掛けたあとなのだ。
『良き妻のすすめ』によると、妻とは旦那様を朝は見送り、夜は出迎えをするらしい。
けれど、私は初めての夜から一度もしたことがない。
旦那様は朝早くから登城し、夜遅くに帰宅する。
頑張って起きて待っていようとするが、いつの間にか眠ってしまい、旦那様を出迎えることは出来なかった。
それどころか、気を遣って「先に休むように」と言われる始末。
お忙しい旦那様に気を遣わせて…こんな私が、情けない。
でも…。
いってらっしゃいませ。
おかえりなさいませ。
そう言わせてもらえないことは、やっぱり少し寂しい。
******
「彼女はもう、寝てしまっただろうか…」
陽が傾き、月まで傾きだした頃。
静かに屋敷に戻る。
「おかえりなさいませ、旦那様。奥様ならすでにお部屋まで…」
そう告げる家令レイモンドに肩を落とす。
あんのくそ殿下のせいで、また今日も彼女に会えなかったじゃないか。
「…そうか…。いつも通り花瓶を。」
それだけ告げると寝顔だけでも、と寝室に向かう。
ベッドには一人で眠る彼女。
楽しい夢を見ているのか、口許が緩んでいた。
可愛い。
「はぁ…」
彼女の愛らしい寝顔に胸がいっぱいになるのに反して、深いため息が口から落ちる。
こちとら新婚だぞ。
まるで嫌がらせのように仕事を振ってきて…。
独り身が嫌ならば見合いから逃げなければいいものを…。
「旦那様。眉間にシワがよっております。奥様が見られたら驚かれるかと」
レイモンドにそう指摘され慌てて眉間を解す。
ただ、俺は、
彼女と毎日食事をして。
ベッドを共にして。
彼女に見送られて仕事して、出迎えられながら癒されて…。
もちろん、休日にはたくさんデートして…。
そんな…
「蜜月を彼女と早く過ごしたい…」
起こさないように…と眠る彼女の頬を優しく撫でながら、
「今日も彼女は楽しそうだったか?なにか困った様子はなかったか…?」
レイモンドにそう確認する。
「本日はお庭を散策されておりました。薔薇が見頃となりましたため、アフタヌーンティーはそちらで。楽しそうにされておりましたよ」
「そうか。憂いないならばよかった。」
…これも本当なら彼女の口から聞きたかった…。
「彼女も一人では寂しいだろう。せっかくだから、友人を招待してもよいと伝えてくれ。」
「かしこまりました。そろそろ旦那様。ご夕食を。明日もまた早いのでは?」
…あんのくそ殿下のせいで、明日も…明日とて朝が早い。
この仕事に片がついたら、絶対に休みを取って、領地に引きこもる。
絶対だ。
「旦那様。そちら、巷ではフラグ、と呼ぶそうですよ?」
…レイモンド、そう言うことは言わないもんだぞ。




