86.甘いひととき
舞踏会は、大きな騒動が起こることなく、無事に終了しました。
本日、招待された貴族たちから、私の存在が徐々に世間に浸透していくのでしょう。
そんな私は、ある決意を固めていました。
クラウス様に話がしたいと伝えたところ、彼の部屋に招かれました。
客間とはいえ、クラウス様が泊まっている部屋に来るのは初めてです。
ドワイアン家の屋敷でも、彼の自室に入ったことがありません。
なんとなく、クラウス様の匂いが充満していて、ホッとします。
……いや、変態じゃないですよ?
「疲れてないか?」
「はい。平気です」
私をソファーに座らすと、クラウス様は自らお酒の準備を始めました。
「外出先では、飲まないのでは?」
「……今日は特別。シアも何か飲むか?」
「いえ、結構です」
一杯だけなら、クラウス様も豹変しないので、構いませんが。
珍しいこともありますね。
戻ってきた彼は、隣に腰掛けました。
チビチビと酒を飲み始めたクラウス様に、声をかけるのを躊躇ってしまいます。
きちんと言葉にするのは、とても勇気が必要です。
まごまごしていると、クラウス様から話しかけられました。
「シア。この先、いろいろと不安に思うこともあるだろうが、なにかあればすぐに相談してくれ。君にとって、頼れる夫でいたいんだ」
真剣な目で見つめられます。
今までも、これからも、ずっとこの人は自分を守ってくれるだろう。
なら、私もそれに応えねばなりません。
「あの、クラウス様」
「ん?」
緊張しますが、女は度胸です。
いけいけ、レティシア!!
「ちゃんとお伝えしていなかったので。
いつも側にいて、助けてくださったクラウス様には、とても感謝しています。
それで、私は、クラウス様を……あ、あ、愛しています。
不束者ですが、これからも末永くよろしくお願いいたします」
最後の方は、早口になってしまいましたが、勢いよく頭を下げました。
気恥ずかしくて、穴があったら入って、上から土をかけられて埋もれてしまいたい。
沈黙が続き、顔を上げられないので、どういう状況かわかりません。
「シア」
甘ったるく名前を呼ばれましたが、無理です。
に、逃げてしまいましょうか。
脱出のため、扉の位置を考えていると、クラウス様に肩を掴まれて、身体を起こされました。
それでも顔は、上げられません。
「嬉しいよ、シア。私もこれからずっと君と共にありたいと思っている」
「……はい」
顎を持ち上げられ、強制的に視線が絡まります。
どこまでも深い夜空のような瞳に囚われていると、軽く唇と唇が触れました。
青リンゴのような爽やかな味がします。
愛する人との口付けが、これほどまでに気分を高揚させるとは思いもよらず。
初夜も済ませたというのに、実はキスは初めてなのです。
「愛している。もう一度、触れてもいいか?」
「……はい」
答えた瞬間、何度も何度も繰り返し行われるそれに、息も絶え絶え。
え、そんなことまでするんですか!?
驚きながらも、頭の中がフワフワして、だんだんわけがわからなくなってきました。
ここは、天国でしょうか……?
唇を離したクラウス様は、グラスに残ったお酒を一気に飲み干しました。
「うきゃ」
突然身体が宙に浮き、横抱きにされた私は、無言のクラウス様にベッドへ連れて行かれます。
ふかふかのベッドにゆっくり降ろされて、彼が覆い被さってきました。
ち、ちょっと待ってください。いきなりですか!?
「く、クラウス様……?」
「君は、どこまでも私を狂わせる」
く、狂う?
鼻と鼻を触れ合わせ、今にも口付けが再開しそう。
これは、逃げられない……?
いや、いいんですよ。ドワイアン家の跡取りを産むのが、私の務めですから、行為もやぶさかではありません。
さあ、どんとこい!
クラウス様の目が、とろんとしています。
あれ?
「シアに夢中……過ぎて、自分でも……自分が滑稽に……思え……」
「ぐえっ」
突然、クラウス様の全体重が、かかってきました。
お、重い。
ちょっと待って。スヤスヤと寝息が聞こえてくるのは、気のせいだと思いたいんですけど。
「クラウス様?」
返事がない。
え、嘘でしよ!! 普通ここで眠ります!?
今、すごくいい雰囲気で、私も頑張りましたよね?
それに、一杯しか飲んでないんじゃ?
もしかして、俯いている間に、一杯目を飲み干していたのでしょうか。
脱力し、なんだかおかしくなって、思わず声を上げて笑ってしまいました。
あー、苦しい。
「まあ、いいか」
楽になるように少し身体を動かした後、自由になった右手で、クラウス様の頭を撫でます。
ピクピクと動く瞼をみて、この野郎と思ったのは秘密です。
「おやすみなさい、いい夢を」
結婚相手は、王女様に婚約破棄された悪役令息でした。
お酒を飲んだら、豹変して、エロスな人になるけれど、かわいらしくて、愛おしい私の旦那様です。
一章 完
読者様方、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。これにて、第一章 完 とさせていただきます。
第二章については、以前あとがきで書いたとおり、お時間をいただきたいです。
できるだけ、早く続きをと思っています。
第二章は、一章で名前しか出てこなかったあの人やこの人が出てきたり、白カラスの秘密?なんかもある予定です。
また読んでいただけるような、面白いものを作れたらと思っています。よろしくお願いします。