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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第十章 『生物と無生物のあいだ』
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6. 〝アビス"を編集

「アビス」(ジェームズ・キャメロン監督 1989年のアメリカ映画)から

 田村が押し黙る。巴がタブレットをしまいながら続けた。

「あの時はまだ確信がありませんでしたが、やはり『月は見ている』は、ウルヴズの化石であると同時に、告発、またはメッセージだと思います。『月は君たちを見ている』という。そして、現在ある情報だけでも、ある程度は特定、または推測できます」

「あー、あの、巴」

「例えば、死亡の記録から、ウムカイヒメは絵馬真昼と推測されます」

「男なのにヒメ?確かに、生前の写真を見たら女の子みたいな顔つきだったけど」

「そこはあまり重要ではありません。ニホンオオカミ同様、性別は必ずしも一致しないと考えていいかと。それより、キサカイヒメとの対としての立ち位置を重視したのかもしれません。当然この場合、キサカイヒメは絵馬深夜となります」

「あ、うん、あのね」

「でも、一番気になるのは、登場頻度の高いタニグクです。私は、これは野宮伝ではないかと」

「タニグク?」

「一般的にはヒキガエルのことですね」

「野宮君がヒキガエル?似てるから?」

「失礼です。そんなに似ていません」

「そんなに?」

「ぜ、全然似てません!というか、田村さんこそ失礼です。そもそもタニグクは、スクナヒコの名前を他の神様が誰も知らなかったときに、『クエビコ』、これは案山子のことですね、『なら知っている』と進言した博識で立派な神様なんですよ」

「でも、本人は知らないんだね?」

「神話にケチをつけないでください。とにかく、タニグクが進言できたのは、国土を知り尽くしている存在と考えられていたから、だそうです。このあたりも、彼の職業的に通ずるものがあるかと。それに、道成寺九重彦、こちらは名前の通りクエビコにあたると思います」

「何かストレート過ぎない?」

「逆にこちらが起点かも。HELIXが急速に普及したのは五年ほど前ですが、彼は当時から、ビジネス誌などのインタビューに答え、『バーチャルな世界は足掛かり。現実世界の統一を目指す』と豪語していました。古事記のクエビコのように世界を見通した彼が、次に動き出す契機として、技術と人的受け入れ態勢が乖離した運送業界を選んだのかもしれません。彼なら年齢的にも、社会的立場的にも指導的な役割を果たしている可能性もあります。特に後者は、野宮伝にはないものですし。そしてその動きを見越した箙司馬が布石を打ち始めた、とも」

「でも、冥王症の症状が出たのって、当時の赤ちゃんや幼児だよね」

「ほとんどは。でも、例外もあったようです。非常に少数ですが、十代の少年少女で発病の記録もありますし、死亡例もあるようです」

 そして鞄から小箱を取り出した。

「何でも入ってるね。で、何、それ?」

「GPS追跡機能付き超小型レコーダーです。最近はここまで小さくなりました」

「それ、どうするつもり?」

「道成寺九重彦への接触は困難です。一方、重要人物ではないにしろ、野宮伝がウルヴズ問題のキーパーソンだということは間違いないでしょう」

「巴」

「彼を追えば、この事件の真相に近づけるのではないかと」

「巴」

「だからこれを、野宮伝の車に取り付けて」

「巴!」

 田村が急ブレーキを踏んだ。巴の体が前方に急激に揺れる。停止する前に田村がアクセルを踏んで加速する。

「あのテレビ放送以来、あちこちがピリピリしてる。どこで誰が聞いているかわからない。誰が何を見ているかも見えない。まずは自分の身を守ることを考えてくれ」

「す、すみません」

「没収だ」

 田村が左手を出した。

「いくら何でもやり過ぎだ。将来に響くぞ?」

「出世なんて考えて」

「とにかく」

 田村が更に巴の目の前に手を突き出した。

「それは預かっておく」

 俯いていた巴が小箱を田村に渡した。田村はそれをポケットにしまうと、ハンドルを切って駅の前を通過した。

「仕事熱心なのはいい。表層に囚われない柔軟性もある。キャリアの巴は、将来的には警察全体を管轄する側になるだろう。でも、今の俺たちはあくまで地域の警察官。目先の事件を扱うのが役目だ」

 巴は俯いたまま答えない。

「ウルヴズ問題は国家の闇だ。それも、かろうじて延命しているような独裁国じゃない。仮にも世界に認められ、時には指導的な役割も求められる国の闇だぞ?少なくとも建前上は民主主義を標榜し、政府への批判もお咎めなし。国家の象徴が国民の前に膝をつき、総理大臣は失言で退陣にまで追いやられる。そんな国が抱える闇は、想像を超えるほど暗く、深いはずだ」

「はい」

「あ、別に説教するつもりはないんだ。いずれ俺より偉くなる人だからね」

「私は別に、そんな」

「でも、この問題にあまり関わると、自分の首を絞めかねない。この間の信州放送のアナウンサーだって、ちょっと前は全国ネットに引き抜かれるなんて噂もあったのに、あのテレビ放送以来ずっと入院してる。被害者でも加害者でもあるから話を聞きたいが、面会もできない。俺たちにできたのはカメラを撃った銃弾の照合だけだ」

「はい」

「信州放送としても相当やばいから、どうにか彼女一人の責任で済ませたいんだろう。ほとぼりが冷めるまでは徹底して守るだろうね。どうせ警察の捜査も立ち消えになるってのは、向こうさんもわかってるだろうし、その後桜川アナをどうするかはまた別の話だけど。真実を追求するってのも諸刃の剣だね」

 田村が言いかけ、笑った。

「いや、諸刃でさえないか」

「すみません」

「まあ、とにかく、連絡してくれた絵馬さんに会ってみよう。ほら、もうあそこで待ってるよ」

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