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wO-LVes ~オオカミのいる日本~  作者: 海野遊路
第十章 『生物と無生物のあいだ』
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5. 〝信濃の道祖神〟

「信濃の道祖神」(田中康弘)から

 車は小田井宿を抜け、御代田に入った。巴の様子をちらりと見てから、田村が訊く。

「一つは車椅子の絵馬深夜が襲われた事件だよね?もう一つは?」

「絵馬深夜の入院後期、リハビリ中、親しくしていた末期癌の老婦人が、ある日心不全で亡くなっています。前日まで激しい痛みはあったものの、本当に突然のことだったようです」

「絵馬深夜さんが何かしたっての?さすがに考え過ぎだし、『不審』ってほどでもないよね?」

「一般的にはそうかもしれません。しかし、この場合、その老婦人が、道成寺圓博士です」

「は?」

「亡くなる三週間ほど前から入院していたようです。何より、絵馬深夜の見舞いに行った野宮伝が、顧客だった道成寺博士に会ったとしてもおかしくありません」

「じゃあ、オレオレ詐欺の件は?彼は一応、警察に協力してるんだよ」

「警察からの信用を得るための自演の可能性もあります。もしくは、その件は完全な善意での行動で、一連の件には関係ないかもしれません。犯罪者が別の場面では人助けをすることなら往々にしてありますし」

「まあ、そりゃそうだけど」

「そもそも、なぜ、野宮伝は〝月〟、いや、〝月の裏側〟との接触を黙っていたのでしょう?」

 巴がハンドルを握る田村を見つめる。

「評判通りの好人物であれば、そのような情報を隠蔽するでしょうか?」

「謎はそれだよね。野宮君なら真っ先に通報して来たそうだけど。というか、俺は別に野宮君の友達でも、まして弁護士でもないんで、そんなに詰め寄らないでよ。そのリーク自体が虚偽だって可能性もあるんだし。一応本人も否定してたしね」

「あ、すみません」

 巴が助手席に座り直した。

「でも、評価されている野宮伝像が、一連の事件に見え隠れする彼にどうしても結びつかないんです」

「まあ、でも、箙司馬だってそうだっただろ?」

「それについて、気になるところがあります」

 巴がタブレットを取り出した。

「先日お話ししたように、『月は見ている』は、観察対象に日本書紀の神々の名を借りています。でも、特に神代については、古事記の方が登場する神々が圧倒的に多く、日本書紀本文限定だと六十柱程度です。現在はいわゆる欠史八代に入っていますが、それでも、アマテラスから数えれば百柱前後。現在、浅麓地方に生息するニホンオオカミは、『月は見ている』を辿る限り五十頭ほど。寿命が十年、一世代が六年程度で交代するという、野生としては桁外れに長寿だと仮定しても、百と言う数字では前世紀にさえさかのぼれません」

「それって、箙司馬の計算間違えってこと?それとも、道成寺博士たちの予測が甘かったの?」

「それが、道成寺博士たちが、クローンやその親に神話から名を借りた、と言う記録自体、みつかりませんでした」

「はい?」

「あの、箙司馬のCDに書かれた文字のことは覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、あの、Z何とかって奴?」

「はい。あれは国会図書館の請求番号です。カッコ内はページ数でした。私は学生時代から継続して利用者登録をしてありますから、遠隔複写サービスで取り寄せました」

 そしてコピー用紙を取り出す。

「現在、道成寺博士たちのニホンオオカミに関する論文は、一般の閲覧ができません。そして捜査令状も下りませんから、実質閲覧不可能です」

「まあ、ウルヴズの解錠、施錠のログも、権限者の名前は伏せたままでいいから日時だけでも教えてくれって言ったところで、申請だけで数か月とか言うレベルだしね」

「そうなんですか」

「多分、開示する気はないんだよ。で?これは?」

「はい。こちらは、医用工学の第一人者、檜垣鏡三博士の論文の一部のコピーです。博士はニホンオオカミ復活プロジェクトのチームにも属していました。専門用語が多すぎるので、私にも理解不能な内容はともかく、こちらに、『000Fに胚を移植』とあります。また、こちらには、『1992年7月18日15時16分、001F、002?、003M、004M誕生。002?は奇形。誕生直後に死亡』となっています。檜垣博士の役割はクローン胚の移植までだったようですので、この辺りはあっさりした表現となっていますが、これを見る限り、少なくとも誕生当時は、個体番号と雌雄を意味する記号などで記録されていたようです。『002?』は、『月は見ている』には記述がありませんが、日本書紀で言うヒルコにあたるのかも知れません。いずれにせよ、誕生したものの性別が不明だったようです」

 田村がコピー用紙を凝視する。

「これはあくまで推測ですが、道成寺博士たちは、そもそも神話から名を借りて名づけをする、などということはしなかったのではないかと」

「それ自体、箙司馬の捏造だってこと?」

「捏造、というと聞こえが悪いですが」

「でも、ブログの日付は?」

「日付などはほとんどのブログで過去や未来、いくらでもいじれますから」

「そうなんだ」

「例えば、アフリカのある部族が、恒星シリウスについての神話を何千年、何万年と受け継いできた、という話があったけれど、実はそれは、九十年代になってヨーロッパから持ち込まれたものがあたかも昔からあるように定着してしまった、という説もあります。パプアニューギニアでも同じような例があるそうです」

「でも、一応ここは日本だよ」

「例えば、野生のキノコの毒の有無について、アメリカの専門家よりパプアニューギニアの一般人の方が正確な観察力と知識を持つようです。ロングアローの例もありますし、偏見は避けるべきです」

「だからそれ、後半はフィクションじゃ?」

「それに情報社会では、情報が正しく伝わるのも速いですが、間違って伝わるのも同様に速いです。まして、それが誤解ではなく、最初からそれを意図したものであれば、口伝を介した情報の歪みなど問題にならないほど早く深く浸透するかもしれません。そもそも、先ほどのドゴン族やパプアニューギニアの場合も、本当にそれが現地に伝わる神話ではなかったかさえ、我々の多くは確認できないんですから。結局、多くの科学者同様、専門分野でないことについては、広く流布し、権威に裏付けられた方を信じているに過ぎません」

「箙司馬が、ウルヴズの存在を示すためにあえて日本神話を使ったってこと?」

「おそらく観察記録自体は正確だと思います。ある程度の真実がないと説得力に欠けますし。ただ、箙司馬とは言え、森の中の全てのオオカミを観察することなど不可能でしょう。役場での仕事の合間につけていた観察記録を元に、どこかの段階、おそらく最近になって、あたかも最初から日本神話の神々の名をつけていたように装ったのではないかと。〝月の裏側〟や、それ以外のあらゆるネットワークを駆使して。十六日、月曜日のテレビ放送で、ウルヴズと思われる者が『因幡の白兎の話も古事記にしか出てこない』と言っていたのも、先日申し上げた私の推測と一致します」

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