6話 再生爆破
この6話は残酷な描写が含まれています。
ご気分を害されない心境、環境でお読みいただけると幸いです。
魔族と人間とを大きく隔てる身体的特徴。
僕を一目見ただけで、トモヤ・クボタは自分と違う種族だと分っただろう。
魔族の肌は人間と比べると異様に白く、そして青白いと表現できるくらいには青みが差している。
そして、サリーの様に拠点を持った魔王には、頭部から魔角が伸びるのだ。
僕にはまだその角がないけど、1か月後には是非ともオリビア家の面々にそれを披露したいと思っている。
そんな事を脳内で巡らせつつ、通路から大部屋へゆっくりと一歩踏み込んだ。
「ところで、ここに来るまでに転がってる死体は君がやったの?」
「あん? 君って俺の事か? 確かにあいつらをぶっ殺したのは俺だぜ。護衛の騎士達も生意気だからついでにな」
どうやらこの醜悪な魔力を放っているクボタが、狂人の正体だったみたいだね。
トモヤ・クボタと言う男。
同族を殺して尚、不敵に微笑んでいる様は、殺生に忌避感が無い僕でも鬼畜と言う印象を受けてしまう。
目的があっての殺戮じゃない。
僕が言うのも変だけど、それでも僕は理由のない殺しはしないよ。
転位眼ではない左目で、奇人クボタを見据える。
彼の左手には1本のナイフが握られ、刃は鮮血で真っ赤に染まっていた。
しかも、その赤は何重にも上塗りされているようで、下の層はドス黒く変色している。
人間が魔術を扱う事は難しいと聞く。
しかし、さっきの小部屋で見た爆発の痕跡と、得物である短剣の関係性は特殊な能力でもない限りリンクしてこない。
クボタが魔術に似た何らかの能力を持っているとして、あの短剣がその鍵を握っているはずだ。
「それでお前はここになんの用だ? 今こっちの魔王をぶっ殺してるんだから邪魔すんじゃねえよ」
「元々君に用事があった訳じゃないんだけどね。なんか君を見てたら放っておけなくなっちゃったよ」
厳密に言うと、放っておいたら厄介な事になりそう――とは言いたくないので、変な言い回しになっちゃったね。
それはさておき、このクボタと言う男。
歳は僕とそう変わらないだろう。
色々と変な居出立ちをしてるけど、その中でも髪の毛の根元だけ黒いのに、その部分から先は金色なのが目についた。
あまり見た事のない髪色? いや、この場合髪質って言うのかな。
耳や眉尻に金属のようなものが刺さっているんだけど、あれはなんだろう。
背は低く、やせ細っている。
見た目だけなら貧相と言う言葉がぴったり当てはまる。ただし魔力の量はかなり多い。
彼の無教養とも言える下卑た顔は、生理的に受け付けないなぁ。
「へぇ~、どうせなら俺は、お前の後ろにいるそっちの可愛い子に構って欲しいんだけどな~」
まったく。
思いっきり体をさらけ出しちゃってるよ。
「隠れててって言ったじゃないか」
「す、すみません。ネルさんが、心配で……」
どうやらクボタはレイミーがタイプらしい。
目を付けられたら厄介そうな、ねちっこい眼差しでレイミーを見つめている。
するとサリーが動き出した。
クボタが厭らしい笑みで舌なめずりするその背後から、大鎌を振りかぶって右肩から腕を斬り離す。
狙いは頭頂部っぽかったけど、サリーの気配を察知したクボタは体を少しずらして急所への攻撃を回避した。
意外と戦い慣れてるんだね。
「うがぁっ、いってえじゃねえかよ!」
さすが、Bランクの腕前と言ったところだろう。
一瞬で間合いを詰めて、一気の速さで鎌を振り下ろした。
あの速さは、操作系の魔術だろうか。
何かしらの操作をした様に見えたけど、細かく分析してる暇はないね。
「ちっ、避けられたか……そっちのお前らどこかに身を隠すのだ!」
頭への直撃は回避されてしまったけど、右腕を斬り落としたのだ。かなりのダメージを与えたはず。
それなのに、サリーの言葉と顔からは焦りが滲んでいる。
『ネルっ、後ろのお嬢ちゃんを庇って! 斬られた腕が爆発する!』
『えっ? うん、わかった!』
メリエスの言葉と同時に、サリーは咄嗟に飛び退って、鎌の刃を平たくして盾の様に構えた。
「レイミー伏せて!」
「え? あ、は、はい!」
僕は僕で、レイミーへと指示を飛ばすと同時に、魔術【魔動】による魔力の壁を構築。
瞬時に落ちた腕とこちらを遮るように魔力を広げた。
「そっちのチビ魔王は学習しねえなぁ」
サリーの退避、僕が魔力の壁を展開、それとほぼ同時にクボタがそう言った次の瞬間。
クボタの身体に有り得ない現象が起きる。
無くなった右腕の切断面、右の肩口から盛大に血を噴き出すと一緒に何かが飛び出した。
一方、地に落ちた右腕がボコボコと膨れ上がる。
この間、1秒も経ってないだろう。
この場の全員がその凝縮された一瞬で動いていた。
そして。
クボタの右腕が、鮮血と共に盛大に爆発したのだった。
もの凄い轟音と、魔動の壁が無かったら吹き飛ばされていた程の振動が地面を伝ってくる。
直撃は避けた様だけど、サリーは壁際まで押し込まれていた。
彼女が立っていた地点から、地を抉るように2本の線が引かれている。まるで轍のように。
「なんだよお前ら。防御だけはいっちょまえじゃねえか」
「おいっ、Fランクっ。こいつは胴体手足を切り落として再生するぞ! しかも、切り落とした体は再生と同時に爆発するから気を付けるのだ!」
鎌を元の形に戻したサリーは、やはり姐御肌だった。
どう見ても僕の方が余裕で回避しているのに、自身の疲弊も顧みずこちらへの気配りを怠らない。
それにしてもあの能力。
斬られても再生するから不死身って事なのかな。
被虐体質でもない限り耐えられそうにないよ。
なんて言う鬼畜な能力なんだろう。
『その通りよネル。あの男、やっぱり人間じゃ無かった』
『人間じゃないの? じゃあいったい……』
と、遂にクボタが動き出す。
「ああっ! まったくよ~、終わりだ終わり。さっさと魔王を殺して帰りてえわ」
まるでこの場でのこの行為が、自らの意志ではないような言い草。
この男の行動理由はなんなのだろうか。
そしてクボタは、左手のナイフで自らの耳をシュパっと削ぎ落す。
『詳細はまた後で話すわね。今はこの男を殺してしまいましょう。あの再生爆破の能力もわたしの眼で対応できるから』
『オッケー。じゃ、ボチボチ片付けちゃおうか』
クボタは右耳を削ぐと、今度は左耳、そして鼻と言う順に自らの顔に刃を滑らせている。
「目を瞑ってたほうがいいよレイミー」
「……は、はい」
チラと後ろを見てみると、レイミーは今にも吐き出しそうに顔を青くしていた。
「クハハハハハッ! いいねぇ、この力最高だわぁ! 何回斬っても終わりやしねえ。しかも滅茶苦茶にはじけ飛ぶのは最高に感じるわ~」
狂ったようなその行為に陶酔しながら、クボタは独り言ちている。
でもまあ、そんな気分もここまでだよ。
「サリーさん。危ないですので、また自分の鎌で防御しといてくださいね」
「んなっ! 何をするつもりなのだ!」
まあ、そう言って素直に言う事を聞いてくれるとも思えないけど。
だからここは、有無を言わせぬ実力を見せてあげないと。
あまり好きじゃないけど、右眼の黒炎に意識を向けその勢いを倍増させる。
「ボウッ!」っと言う音と共に、僕の常体魔力も飛躍的に増大された。
そして、それを一気に拡散。
一瞬で魔力の波動が大部屋を包み、ビリビリとした振動に変わる。
「な、なんなのだお前は……なんだこの魔力の波動は」
瞬時に察知したサリーは、咄嗟の判断で鎌を前に掲げてくれた。
「そのままでいてくださいよ」
この時クボタの顔からは、両耳、鼻、唇が独立した状態で手の平に置かれていた。
『転位するわね』
『よろしく。さっさと終わらせよう』
右眼から転位眼が放たれる。
爆発する予定の顔の各部位から、その情報を別のものに書換――転位させる。
これで危険は取り除かれた。
「じゃあいくぞ~。雑魚は雑魚らしく盛大に散れってんだ! 死ねっ、虫けらがっ!」
クボタがそう捲し立て、両手に乗せていた血まみれの元顔達を天井高く放り投げる。
「お、おい! 何やってるのだ! 早く防御しないと死ぬぞっ!」
構いやしないさ。
だってあれはもう爆発しないんだからね。
サリーの心配をよそに僕は右手にガンスライムを構え、クボタ目がけて弾丸の嵐を吐き出した。
同時に左右から挟撃する形で、カタパルトスライムからもバレットスライム達が連射される。
爆発するはずの各部位は、地に落ちてもまったく反応しない。
しかも、クボタの再生能力も情報を入れ替えている。
「ああん? なんでだ? なんで爆発しねえんだ! なんなんだよっ、おいどうした!?」
苛立つように、醜悪な顔をさらに歪ませている。
もはや人の顔にあらずと言った面立ちだったが、それが彼の取った最後の表情となる。
その瞬間。
大部屋に響く、肉を抉る音。
弾丸に挟まれて、肉と肉が擦れる湿った音。
スライムからの射出音。
ババババババッ!
ズボボボボボッ!
たった数秒の間、そんな音が木霊した。
左右のカタパルトスライムと僕のガンスライム、三方からの弾丸にクボタの身体は瞬く間に、肉片ひとつ残さず霧散した。
彼が立っていた場所に大きな血だまりだけを残して。
『情報消滅。お疲れさまネル』
『こちらこそ。お疲れメリエス』




