閑話 真意
15話の前にこちらをお読みください。
このお話はレイミー視点でお送りします。
ネルさんがオリビアさんに連れて行かれてしまいました。
わたしとサリーさんは、オリビア家の護衛さんに取り囲まれ、ここでお留守番だそうです。
それにしても久々にオリビアさんの魔法を見ましたが、たった一瞬でこの部屋を氷漬けにしてしまうなんて本当に恐ろしいです。
属性系統の魔術【氷魔】の凄まじさは、そりゃもう嫌って程身に染みてるんですけどね。
いつもネルさんの傍にはオリビアさんが寄り添っていました。
だからせめて、成績だけでもと思ってオリビアさんと肩を並べようと思ったのに。
そうすれば少しでもネルさんの目に留まるかなって。
結局、卒業するまでわたしは、なにひとつオリビアさんに勝てませんでした。
だから今のこの状況はネルさんと親密になる好機なんです。
エンポリス山脈でネルさんに助けてもらって以来、碌に話す機会もなかったわたしがようやく掴んだチャンスなんですから。
何故かはわかりませんが、こんなわたしでもネルさんが必要としてくれれば、部下だってなんだっていいんです。
出来ればお嫁さんがいいですが。
だってそうじゃないですか。
アレクセンと言う家名のお陰で、わたしは周囲に避けられていたんです。
冷徹な父の所業は、エルドネで知らない者はいないくらいです。
だからわたしは、家紋が入った魔導書を使わず、学校から支給された物を使っていたくらいですからね。
それでもやっぱり、周りはアレクセンと言う名を意識して、遠巻きに警戒されてばかり。
わたしには優しい父でしたから、それと真逆の印象を持つ周囲の言葉には随分と心を痛めました。
「やっぱりアレクセンところの魔術はすげえよな~」
「関わらない方がいいわよ。変に仲良くなったら汚れ仕事押し付けられちゃうかも」
「あいつも大人しそうな皮被ってるけど、使い魔が竜ばっかなんだろ? ご機嫌損ねたら授業中の事故に見せかけて殺されちまうかもな~」
こういう時、おおむね声を潜めて相手には聞こえないようにしてくれるんです。
ですが、実はそうされた方が意識してしまって、よく聞こえたりするものなんですよ。
1年生の時がこういった陰口が一番ひどかったです。
でも、今思うとまだそのほうが良かったのかも。
2年生になると、もうわたしの事なんて誰も気にかけなくなりました。
いつの間にかわたしは、透明な存在になっていたのです。
そして事件が起きました。
魔導書を通し、魔物を生みだして契約をしたものだけが使い魔となります。
例外もありますけどね。
学校の施設だけでは手狭なので、エンポリス山脈でその演習が行われました。
今でもはっきり覚えています。
みんなが集まって様々な魔物と契約していく中、わたしは竜を生みだす体質だったこともあり、端っこでこっそりと契約の儀式を行っていました。
目立たないように。怖がられないようにと。
ですが、出て来た空竜との契約が上手く行かず、次第に戦闘まで発展して崖から落ちてしまったのです。
もちろんそんなわたしに気付く者なんていません。
「ああ、わたしはこのまま誰にも知られずに死ぬんだな~」
なんて無気力に諦めていました。
転落したわたしは、体中の骨が折れていたのだと思います。
酷い痛みで意識が遠ざかっていく中、空竜がトドメを刺さんばかりに襲い掛かってきました。
そんな時。
空から現れたのがネルさんだったのです。
薄れゆく意識の中、空竜を手なずけるネルさんの背中がぼんやりと見え、わたしは意識を失ったのです。
と思ったのも束の間、体中の痛みがみるみる癒されていきました。
目を開けると何やら暖かい液体に包まれ、目の前にはネルさんが心配そうにわたしを見つめていたのです。
そしてこう言いました。
「なんで端っこで契約なんてしてるんですか? こんな立派な空竜を生みだせるのだから、見せびらかしてこの力を見せつけたらいいのに。学生の内に敵わないと思わせるのも優秀な魔王のやり方ですよ」
何を言ってるのかさっぱりわかりません。
そんな事をしたら、またわたしは恐れられてしまうじゃないですか。
そもそもなんでわたしが崖から落ちたのを知っていたのか。
「君が竜を生みだす体質だって聞いてたから、楽しみに見てたんですけどね。大事に至らなくて良かった。さ、今なら空竜も大人しいから痛みが引いたら契約するといいよ。あ、そのスライムは君の傷が癒えたら勝手に消えるから気にしないでくださいね」
この時わたしは、初めてありのままの自分を見てもらえたような気がしたんです。
認めてくれる人もいるんだなって。
それからというもの、わたしはネルさんに魅了されてしまいました。
実は、森でネルさんを追いかけ回した時の空竜がその時の子なんです。
少しでも思い出してくれたらなって期待してたんですけどね。
ところで、隣で少し興奮してるお方がいるのですが、大丈夫でしょうか。
「あ、あなた達はなんなのだ! その、やっぱり、あのオリビア家の方々なのだよな?」
目の前には唯一女性の魔王さんがいて、サリーさんの問いかけに答えてくれました。
「あなた方がネル坊ちゃんのお仲間って事なら手出しはしません。ですから、ネル坊ちゃんがお帰りになるまで、せめてこの部屋にいてください」
「そ、そうか。わ、わたしはサリー・テンデルと言う。よしなに」
「あら、もしかして第三支部長のジャック・テンデルさんの娘さんですか?」
「お、おおうっ、なんで知ってるのだお姉さん! 父上も中々有名なのだな」
「オリビア家の専属魔兵となる前は、ジャックさんの元で色々と学ばせてもらいました。ユレイと言えばお分かりになるかと」
どうやらサリーさんは、そのユレイさんと近しい関係になったようです。
それにしても、やっぱりネルさんってあのオリビア家に可愛がられてるんですね。
護衛の方々にまで好かれてる様子です。
「ここでのネル坊ちゃんはいかがお過ごしなのですか?」
「うむ、それがその……ネルには大きな借りが出来てしまったのだ。もしあれと出会ってなかったら……わたしは死んでいたのだからな」
そうなんです。
サリーさんにとって、ネルさんは命の恩人。
わたしと一緒ですね。
ただ、わたしの時に使ったスライムで癒した訳じゃありませんでした。
どうやってあの状態を治療したのか、説明を聞いたのですがいまいちピンときません。
きっとわたし以上にサリーさんは理解してないはずですけど。
「ネル坊ちゃんは昔から不思議な魅力を持っていました。育成学校ではFランクなどと言う判定を受けていますが、オリビア家の関係者には分かります。坊ちゃんは本気を出していないだけなんだと」
やっぱりそうなんですね。
わたしでも分かるくらいなんだから、そりゃもっと身近な人が気付かない訳ないですもんね。
「本当にあいつはFランクなのか……そうだな、あれだけ強いのにFランクなんて嘘だと思っていたのだ。しかし、なぜ……」
この2週間、わたしはずっとサリーさんと共に過ごしてきました。
リックと言う非道な男に騙され、あまつさえ殺されかけたんです。
愛する方に殺される。
それがどんなに心へ負担をかけるか。
ネルさんは拠点の魔王である事を、オリビア家の管轄外の街にあるダンジョンギルドへ登録に行ったりと、時折ここを留守にする事がありました。
そこで、わたしがつきっきりでサリーさんの看病に当たっていた訳です。
よくよく考えると、ネルさんはどうしてわたし達と行動を共にしようと思ったのか。
サリーさんに至っては、なんで助けられたのかすら疑問だったようです。
「あいつはなんでわたしの命を救ったのだ? 最初は殺すと豪語していたじゃないか」
そう言っていたのは、サリーさんの精神がだいぶ回復してからでした。
今だって実は、から元気を装ってネルさんに心配されないように振る舞っているんです。
寝る時はわたしの手を握っていないと不安で寝付けないそうです。
お嫁さん候補なんて言っていますが、実はあれわたしのせいなんです。
から元気と言っても、サリーさんはどうしたらいいか分らないと言っていたので「しばらくわたしの真似をしていたらいいんじゃないですか?」と提案したのがきっかけでした。
ネルさんが来るのを見計らって、わたしと一緒になってバカ騒ぎをする。
そうすればネルさんの心配は少しでも和らぐんじゃないかと、サリーさんは考えてるみたいですよ。
でももうそろそろネルさんの真意を確かめてもいいかもしれません。
ここ数日のサリーさんは、うなされる事もなくなりましたし。
冷たそうに見えて、実は驚くほど優しい。
そんな彼の一面に触れられただけでも、こうして尾いてきて良かったと思います。




