13話 幻獣
街から少し離れた場所に、見晴らしの良い平原がある。
「準備いいか~? こっちはいつでもオーケーだ」
「じゃあ始めましょうか」
これまで僕は、クレアと共に目の前の魔将軍にはこっぴどく鍛えられてきた。
体術、剣術、魔法、魔力操作、魔術と戦闘におけるあらゆる術を鍛えられてきたんだ。
その過程でグレンさんが本気を出した事なんてもちろん無いし、魔術すら見た事が無い。
噂によれば3つの系統を操る化け物だとか、魔力の波動だけでAランクの魔王を気絶させるだとか、100の魔王相手にして単独で焼き尽くしたとか、【魔将軍】の逸話は少なくない。
ただし、それが真実であると信じられる程度には、その強さを知っている。
使い魔すらも見た事ない未知の脅威を前にして、僕に様子見をしている余裕はきっとないだろうね。
『だからやっぱり初っ端から全力でいこうと思うんだ』
『そうね。一気に勝負を決められたらお屋敷に連行だものね』
そう言う事。
屋敷を出る為に、Fランクで甘んじていたと言っても過言じゃないのだから。
オリビア家が嫌なんじゃない、僕は恩人に恩を返したいだけなんだ。
だからここは絶対に退く事は出来ない。
出し惜しみなんてしない。
使い魔も魔眼も使わせてもらうよ。
「じゃあクレア様、合図を」
「手抜いたら承知しないんだからねグレン。ネルはあまり無茶したらダメよ?」
同時に魔導書を起動し、いつでもスライム達を出せるように身構える。
対するグレンさんの魔導書は閉じたままだ。
『じゃ、そんな感じで』
『ええ、任せて』
いつもの感じでそう交わす。
そして右眼を閉じる。
芝生で埋め尽くされた平原に乾燥した風が吹き抜けて、揺れた緑が陽射しを受け色彩が変わる。
その後には少しの静寂が訪れて、クレアが息を吸い込む音が聞こえるよう。
そして始まる。
魔将軍との腕試し。
「よーい、はじめぇ!」
乾いた空気の中、透き通るようなクレアの号令と同時。
二つの地点から、さっきの風など比較にならない勢いの突風が吹き荒れる。
「いくぞネル坊ぉっ! 俺に挑もうなんて愚かな考えを後悔させてやるよ」
そうは言ったってグレンさん。
こうでもしないと僕は、過保護に身を包囲されてしまうじゃないか。
「後悔なんて今さらしませんよ」
だから、さっさと終わらせよう。
僕とメリエスなら切り抜けられるさ。
意を決し右眼を開く。
リックに見せた時とは炎の勢いが段違いに強い。
左目に入る情報だけでそうである事がはっきりと分かるんだ。
まるで立ち昇る火柱。
紫の業火のようだね。
『全力で解析よろしく!』
『もうやってるわよ』
そう言うや否や、僕は僕で魔導書から大量のスライムを召喚させた。
召喚句を魔力の消費で省略し、即座にグレンさんを包囲するように展開させる。
「お、おい……なんだそりゃネル坊っ!」
さすがの魔将軍でもこの右眼には驚いたようだね。
「もしかしてこれで僕の勝ちでいいですかね。まるで一泡ふかされたって顔をしてますけど」
ひとまずの迎撃態勢は出来上がった。
後は解析を待って、グレンさんの手の内を知っておきたい。
だってこっちは既に魔眼の正体を明かしちゃったんだからね。
グレンさんは知らないだろうけど、ダレルさんに話が行けば自然とそこにたどり着くはずだ。
「そりゃ驚くだろ。なんだよその右眼は」
「僕の能力とだけ。出来ればダレルさんには秘密にしておいてくれると助かります」
言い終わるのと同時に、カタパルトスライムから挟撃の弾丸を掃射する。
連射で吐き出されるバレットスライムは、不規則な弾道を描き四方八方からグレンさんを襲う。
しかし。
さすがは魔将軍。
「報告しないなんて事は無理な話だ、っと、おおおっ、あぶねっ、な、なんなんだこのスライムはよ!」
並のAランクであれば今ので終わっていたはず。
それを証拠に、Aランクでも上位の素質を誇るクレアの表情が驚きで固まっている。
グレンさんは、魔術を使わずして魔力の壁を具現化し、弾丸を全て防いでいた。
弾かれるバレットスライムは瞬時に転生眼で元通りに戻し、カタパルトスライムの中に一瞬で装填が成される。
『あまりにもグレンの生体情報が多すぎて、やっとひとつだけ魔術に行きついたわよ。それに、魔導書に収納してある使い魔の中に化け物がいるわね』
さすがに全ての情報を解析するのは難しそうだね。
焦燥感を隠し切れないメリエスの言葉の後、ようやくグレンさんが切り札のひとつを見せてくれるようだ。
「まったくお前って奴は……これのどこがFランクなんだよ。仕方ねえ、ちょっとだけ痛い目見せてやるか」
そう言った瞬間、グレンさんの魔導書から1匹の魔物が召喚された。
一筋の赤い閃光が青空へと打ちあがっていく。
そしてそれは、僕自身で目を疑ってしまう程の存在に変貌していく。
きっとメリエスが言っていたのは、この使い魔の事だったんだね。
「うわっ、これってまさか幻獣じゃないですか? 初めて生で見ましたよ【Sランクの魔物】なんて」
「今の内に拝んでおけよ? 俺だってこいつを戦いの場に呼ぶのは久しいからな」
Sランクの魔物を通称で幻獣と呼んでいる。
文字通り存在自体が幻であるかのように貴重な魔物なんだ。
だからよく覚えている。
学校の蔵書に記された数少ない幻獣の中の1匹だ。
さすがはグレンさん。
発見するだけでも凄いのに、使い魔として契約までしちゃうなんて。
【幻獣フェニックス】、別名【不死鳥】とも言うね。
灼熱の炎に身を包み、あまりの高熱によって全身が輝く様に赤く発光している。
いくつにも枝分かれした長い尻尾は、それこそ炎そのもののような形だった。
フェニックスに限らず、幻獣だけは魔王に生み出す事は出来ない。
だからSランクと言われる所以でもあるんだけどね。
生息場所も不明だし、もし見つけても命を落とすか逃げ帰るのが関の山って聞く。
あまりにも珍しいから本当ならもっと見ていたいけどね。
だけど残念ながら、この場からは消えてもらおうかな。
『出来そう?』
『もちろん、って言いたいところだけど、あれの情報を転位させたあと気絶しちゃいそうね』
『だよね。でもその後の事は僕に任せて。魔力が足りなかったら遠慮なく僕のを吸い取っていいから』
手筈は整った。
「ほら、早く避けねえと死んじまうぞ~!」
確かにその通りだね。
今まさに幻獣フェニックスは、頭上からもの凄い速度でこちらへと急降下の最中だった。
『いくよ!』
『いつでも』
右眼の紫炎が、更に勢いを増して燃え盛る。
これと同時に転生眼が発動した。
時が止まる。
メリエスが時間軸を転位させたのだ。
この間に僕は【魔動】と【拡張】で仮想体を構築。
そこへメリエスがフェニックスの情報をコピーして、更に『召喚前の状態』へと転位させた。
『いいよ。本体に戻して』
返事が無いのは、それだけメリエスの処理が膨大なせいだろうね。
だけど僕の指示通り、彼女は完璧に役割を全うしてくれた。
空中で停止したフェニックスはその姿を消し、グレンさんの魔導書へと帰っていったのだった。
正確に言うと、僕たちの時間軸を引きのばした結果だから、グレンさんやクレアからすれば一瞬にも満たない刹那の出来事だったはず。
僕へと襲い掛かる寸でのところで、フェニックスが忽然と消滅したように見えただろうね。
「おい……嘘だ、ろ……どこいったんだフェニックスは……」
グレンさん程の人なら、何かしらの力が作用してこの現象へと至ったと勘付いてるはず。
だからこそ、驚きもひとしおなんだろうね。
だってその何かしらの力を使ったのは僕だからね。
ひとまずこれで勝負ありってところかな。
これは流石に言い訳出来ないだろう。
今まさにグレンさんの顔は『泡を吹いた』と言い表す事しか出来ないからね。




