12話 不穏
遺跡のダンジョンから、レイミーの空竜が暴れた森を抜けた先に街がある。
しかし、そこはオリビア家。
大事なご令嬢に、そこそこの距離を歩かせるはずがない。
魔界から持ち込んだ【ゴンドライーグル】と言う空路移動専用の魔物を使う。
通常の鷲よりも倍くらい大きく、お腹に大人1人がスッポリ収まる袋がある。
魔界の空を移動する最も一般的な乗り物だね。
人間界ではかなり珍しいだろうけど。
ただ、オリビア家領地街【ネストク】ではその姿に慣れた者も多く、街の傍に敷設された発着場の管理は人間が行っている。
街へ着くと人間の衛兵が護衛に就き、クレアの周りには人だかりが出来上がる。
オリビア家がここで如何に人心を掌握しているかが垣間見れたね。
のんびりと街を歩いていたら街中が騒ぎになりかねないそうで、僕らはそそくさと個室のあるレストランへと入って行った。
本当はもう少しゆっくりと、人間の生活風景を観察してみたかったんだけどね。
何やら重要な案件のようだし、ここは我慢しよう。
4人がけのテーブルにはグレンさんとクレア、それと僕が座る。
なんでもここはオリビア家派閥の御用達で、人間でも一部の地位にある者しか出入りできない高級店だとか。
係りのウェイターが果実ジュースを置いて行ったのが、重い空気の蓋を開けるきっかけとなった。
「さっそくだが、ネル坊」
グレンさんはそう言うと、真っ赤な色をしたジュースを一気に飲み干す。
「グレンさんの喉を乾かすほどの緊迫した話なんですかね?」
「相変らずの観察眼だ。まあなんだ、すぐにどうこうって言う危機的な状況じゃあねえんだ」
それにしても、一方のクレアは僕の魔角がかなり気になっている様子。
グレンさんの話が終わったら、土産話のついでにその興味心を満たしてあげないとね。
とは思ったものの、グレンさんの話を聞いた僕たちは、先日の出来事を思い出した。
「異世界人の召喚呪術って言われているらしくてな。人間界に置かれるジグリビアの総本山【大魔聖地ジグ】で、その研究が進められていたらしい」
真っ先に反応したのは、僕の右眼に眠るメリエスだった。
それに釣られるようにして、僕も思い至る。
『そう言えばすっかり忘れていたわね。クボタだったかしら?』
『僕もすっかり忘れてたよ……』
と言うのも、サリーを蘇生した後、彼女の心は壊れかけていた。
僕とレイミー、そしてメリエスとでその回復に努めてたから、という言い訳はある。
「そしてその研究は既に何回もの成功例を出し、異世界人とやらも何人かが召喚されているそうでな」
そう言ったところで、グレンさんは僕がまだ口を付けていない、黄色みがかった半透明のジュースを一気に呷る。
その手がグラスへと伸ばされたのと同時に、僕はウェイターを呼ぶ鈴を「カラン」と鳴らして意趣返しさせてもらった。
「ケッ、その鈴の音は嫌味に聞こえるな」
「ええ、まあ。嫌味ですからね。それで、続きを聞かせてください」
そう言うと、音もなくやってきたウェイターへと注文を伝え向き直る。
危機的状況ではない、と言う割にグレンさんの喉は水分を欲しすぎている。
もしかすると、グレンさん個人としてはかなりの危機感を抱いているのかもしれないね。
飽くまでもオリビア家としては、そこまで差し迫った案件ではないと。
『いえ、わたしもうっかりしていたわ。例のクボタの件はむしろ真っ先にネルへ伝えるべきだったわね』
『もしかしてあんな変な能力を持った人間が何人もいるの?』
『そうね。それは今度こそ後で話しましょ』
人間界にある、ここを二分する境界線。
シグリビアが支配する【魔聖教国ジグ】と他を隔てる【魔境線】と呼ばれている。
「その異世界人達は、魔術を凌駕する程の能力を授かっているそうなんだよ。なんでそんな事が可能なのかはサッパリだが、その中には魔物を魔神化させる能力者がいるそうでな……」
すると、ここでウェイターがグラスの交換をして、迅速に仕事を終えていった。
「魔神と言うのは、あの古来に大暴れしたあの魔神ですか?」
「すまねえが、そこまではまだ分かってねえんだ。ただ、魔神化させるのにはかなりの労力がかかるみたいでよ、だが今確認してるだけで、3体の魔神が誕生したらしい。つっても、ジグリビアの研究者が勝手に魔神と謳ってるだけなんだがな」
なるほど。
その異世界人だけでも厄介だと言うのに、そこに魔神級の敵が加わったとなるとグレンさんがそれなりに危機感を抱くのも頷けるね。
「それで、ダレルさんはなぜそれをわざわざ僕に?」
「おうおう、さすがネル坊だな。Fランクとは到底思えないその賢さよ。
まあでも、俺とクレア様が来たって事は、指示したのが旦那様ってのは簡単に分かるわな。
その様子なら俺が言わなくったって旦那様のご要望にピンときてるんじゃねえか?」
なんとなくだけど、ダレルさんなら言いそうな事くらいは分かる。
「せっかく魔角を得たのにしのびないとは思うんだがな、旦那様はお前さんに戻って来てほしいそうだ。遠くない未来、ジグリビアは魔境線を超えて来るはずだ。そこに可愛い我が子を置いておきたくないと仰っている。その気持ちはお前にも分かるだろ?」
本当に僕は幸せ者だよね。
魔界きっての大物にここまで愛されているなんて。
改めて、オリビア家の愛情に感謝したいよ。
だけど、僕は独立するって決めたんだ。
ここに危機が訪れようとも、オリビア家の領地を放って安全な場所へ帰る訳にはいかない。
「もちろんダレルさんの優しさは身に染みてます。ですが僕に帰る気はさらさらありませんよ」
「そうか。あの弱っちかった坊主がここまで男らしくなるなんてなぁ。これは旦那様にいい土産話が出来たってもんだ」
いやいや、弱っちいって言ったって、僕が一方的にしごかれていた時の年齢を考えてよ。
むしろ10歳そこらで【魔将軍】相手に一泡吹かせられる子供がどこにいると言うのか。
「お話は以上ですか? でしたらダレルさんにはごめんなさい、とお伝えください」
そう言って、今度こそ僕はグラスに口を付けようとした所だった。
「了解したネル坊。じゃあ次のお言葉をお前さんに伝えないとな」
僕が喉を潤している最中、グレンさんはそう言うと席を立ちあがりニヤッと笑う。
「まだあるんですか?」
「ああそうだ。旦那様はこうも仰っていてな『もし、ネルが帰還指示を固辞した場合は力づくでも連れ戻せ』ってよ。よっぽどお前さんの事が心配なんだろうな、くっくっく」
本当にその通りだと思う。
まさか彼の魔将軍に、一介の魔王を相手取って「力づく」での指示を出すなんてね。
親バカもそこまで行くと狂気ですよダレルさん。
なんて心中でため息まじりに独り言ちた訳なんだけど、どうやらオリビア家の狂気はその令嬢にきちんと遺伝していたようだね。
「さぁネルっ! 観念なさい! 大人しくグレンに組伏されてわたしと一緒に屋敷へ戻りましょ!」
親子揃って家族離れができないだなんてね。
しかし困ったな。
グレンさんが力づくでの武力行使をするとなると、僕は僕で本気を出さないと太刀打ちできそうもない。
「よっし、街の外で俺と一勝負しようじゃねえか。もしも、万が一にも俺が一泡吹いたらとしたら大人しく引き下がるぜ? さあ、大人しく帰るか? それとも少し痛い目を見て反省するか? 選べよ魔王ネル」
「グレンさんに一泡吹かせれば僕の我がままを通してくれると言う事でいいですか?」
「ああいいぜ。出来たらの話、だけどな」
あまりにも不本意な形ではあるけど、僕はこうでもしないと屋敷に戻る事になってしまうからね。
仕方ないけど、右眼を隠してる場合じゃないかもしれない。
こうして、僕は久し振りにグレンさんと対峙する事になる。
『もう隠さなくたっていいんじゃない? 驚くでしょうけど、むしろわたしが宿った先がネルであれば、ダレルは喜ぶかもしれないわよ?』
『そうだといいんだけどね』
10/17描写の修正をしました。
※領地街の「オリビア家御用達」のレストラン
ではなく
「オリビア家派閥の御用達」と修正しました。
他、色々な誤字の修正と文章の整理も行いました。




