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Fランク魔王と魔眼メリエス  作者: はかまだ
一章 【独立】
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10話 転生

「ごめんねレイミー」


 リックが消え、メリエスとの会話で僕はようやく怒りから解放された。

 振り向くと、動かなくなったサリーを抱きかかえ、血まみれになっているレイミーと目が合った。


 もしかしたら、その名を叫び激しく泣き崩れていたのかもしれない。

 レイミーの瞼は赤く腫れあがってるし、栗色の短い髪はボサボサに乱れ、所々が血に濡れていた。


 僕たちがこの部屋を訪れてから、まだ数時間しか経過していない。

 とは言えレイミーとサリーは、仲のいい友人のような笑顔を見せあう程に親しくなっていた。


 僕やメリエスですらサリーに肩入れするくらいなんだから、レイミーの悲しみはきっと僕の怒り以上だったのかもね。


「ね、ネルさん……サリーさん、サリーさんが……」


 そう言ったレイミーは悲しみの感情が再燃したかのよう。

 その目からはまた涙がこぼれはじめた。


 何かを僕に伝えようとしているけど、嗚咽(おえつ)のせいで言葉にならない。

 それは謝罪の言葉なのか、それとも僕ならどうにか出来ると思っての懇願なのか。


 サリーの胸には、溶けかかった氷の塊がある。

 僕に任されたレイミーは、彼女なりに出来る範囲で懸命に処置したのだろうね。


 でも、いくら属性系統を操るとは言え、レイミーの得意属性は炎と風。

 扱い慣れていない氷の魔法を、魔術(ガルドラル)で発動していた痕跡。

 その情報が右眼を通して流れて来る。


 リックが苦痛に塗れている最中で、レイミーは必死にサリーの命を繋ぎとめようとしていたんだね。


『そろそろいいわよネル。レイミーちゃんの肩の荷を降ろしてあげなきゃ』

『うん、2人には借りが出来ちゃったよ』


 レイミーに歩み寄りながら、メリエスとそんな事を話す。


 僕を直視できなくなったレイミーは泣き崩れ、サリーの胸に顔を埋めて言葉にならない声をくぐもらせている。

 まるで懺悔でもするかのように。


 そんなレイミーの後ろに回り両肩に手を乗せる。

 ピクリと反応し、色々な液体に濡れた顔でこちらを振り向いた。


「ごめんねレイミー。さあ、少しだけこっちにいてくれるかな。大丈夫、サリーは僕が助けるから」


 すると遂にレイミーの顔はくしゃくしゃになり、まるで赤子が親に甘えるように僕の身体へ飛びついてきた。

 未だその口からは言葉が発せないけど、それでもレイミーの懇願は充分に伝わったよ。


 安心して。

 大丈夫。

 サリーが死んでも、僕なら蘇生出来るから君に預けたんだ。

 だからレイミー。

 自分を責めないでね。


 本当ならこの胸中を言葉に表さなくちゃいけない。

 でも僕は、それを言って酷い男と思われるのが怖かったのかも。


 レイミーにいらぬ悲しみを抱かせてしまう可能性。

 それを失念していた僕が未熟だったんだ。


 だけど今は悔いている場合じゃない。

 2人の心が落ち着いたら謝罪して、その時に審判を下してもらおう。


『いくよメリエス』

『いつでもいいわよ』


 まず右眼に転位眼の黒炎を灯す。

 次に、付与【拡張】と操作【魔動】の魔術(ガルドラル)を待機状態にさせる。


『リックとの記憶は消したほうがいいんだろうけどね』

『駄目よネル。人の思い出までわたしたちが好きにしたらいけないわ。この子は使い魔じゃないのだから』


 その通り。

 だから転位させる地点は、ガイストキングに襲われる直前。


 その事実を踏まえた上でサリーには真実を話さないとね。

 リックと同じ土俵に上がって、異なる事実――幻想を生んでは駄目なんだ。


 いつの間にか泣き止んだレイミーが、神妙な面持ちで僕とサリーに見入っている。


「右眼の炎が……紫に……」


 思わずこぼれたかのように、レイミーが呟いた。


 さあ、そろそろサリーに目覚めてもらおう。


 【転位眼】で情報を整理し、【拡張】と【魔動】で情報の受け皿を作り出し、その中にそれをコピーして転位させる。

 サリーを構築する生体情報、その全てを転位させた仮想魔力体が完成。


『致命傷に至った胸の傷。そこだけ消去するわね』


 そう言ったメリエスへ僕は返事が出来ない。

 仮想体を維持するのに精一杯だから。


 この眼は使い魔にも応用しているんだけど、今は比較にならないくらいに集中しているからね。

 サリーの情報を欠片でも失う訳にはいかない。


『完了。じゃあ転位を始めるわよ』


 そんな僕が懸命に集中しているのをメリエスも分かっている。

 彼女の言葉は返事を期待してのものではない。


 そして遂にサリーの転生が始まった。


 一部消去した仮想体の情報と、サリーの全生体情報とを入れ替える。


 サリーが生まれ、育まれ、成長し、体験した、ほとんど同じ情報の塊。

 ただ一点、ガイストキングに胸を貫かれた。それだけを除いてね。


『終わったわよ。お疲れさまネル』


 その一言で僕はようやく安堵を迎えられた。


「っっっかはっ……はぁはぁはぁ……はっ、はっ、はっ」


 呼吸を忘れていた程の集中が解かれて、肺の中に酸素が流れ込んでくる。


「ど、どうしたんですかネルさん!」


 時間にして数分ほど、僕は微動だにしていなかったはず。

 それが急に青息吐息でむせ始めたものだから、レイミーが慌てて飛び寄ってきた。


 片膝を付き、サリーの傍らでうずくまる僕の顔をレイミーが覗き込む。


 どうやらまた心配をさせてしまったようだね。

 やっと泣き止んだのに、彼女の目からはまた雫が落ちていた。


「大丈夫…………サリーをよく見てみなよ」


 未だ落ち着かない呼吸。

 やっとの思いで吐き出した言葉に、レイミーの視線がサリーへと向けられる。


 仕方ない。

 悪いのは僕だからね。


 だからこれはほんの罪滅ぼし。

 後できちんと謝るから、今はこれで許して欲しい。



 かがみこんでサリーへと顔を振ったレイミーの頭を抱き寄せてあげた。


「ありがとうレイミー。悲しい思いをさせて本当にごめん」


 一瞬だけレイミーの身体は飛び跳ねて堅くなったけど、どうやら視線の先に見えたサリーの胸を見て安堵したかのよう。

 ゆっくりと僕に体重を預けて脱力した。


 目の前で静かに眠るように横たわる赤い髪の魔王。

 その胸に空いた穴は綺麗に消え去っている。

 一定のリズムで上下に浮き沈みするその身体。


『転生終了ね』

『だね、僕はまだまだ未熟な魔王だけどね』

『だってFランクだもの。ふふっ』



 ◆



 遺跡のダンジョンに棲む、赤髪魔王と見(まみ)えてから2週間後。


「や、やめるのだレイミー! その玉座はわたしがネルの為に掃除するのだぁ! 嫁候補ならそんなの朝飯前だからな!」

「だ、駄目ですよサリーさん。ネルさんのお嫁さん候補としてはわたしのほうが格上なんですから!」


 遺跡のダンジョンの所有権をサリーから譲りうけ、僕は晴れて魔角を携える一人前の魔王となった。


 魔導書(ブック)に表示されている魔角形状の一覧。

 遺跡の屋上で日向ぼっこをする傍ら、随分とその形に悩んだ末に玉座の部屋へと戻って来た。


 のはいいのだけど、何やら不穏な単語を使いながら2人の魔王が雑巾を奪い合っている。


「ちょっと2人とも何してるの?」


 僕のその言葉に2人の動きがピタっと止まる。

 同時に僕へと視線を移した。


 次第に僕のとある一点へと視線が集まる。


「ああっ! ああああっ! やっと魔角の形を決めたのだなぁぁ!」

「ふわぁぁ~、かっこいいですネルさん。とてもお似合いですよ!」


 意外に魔角の形状は様々なものがあるんだね。

 ここまで決めるのに随分と悩まされてしまったよ。


「その角はあれなのだ、大魔王が好む形状だな!」

「ネルさんに相応しい最高の魔角です!」


 奪い合っていた雑巾など放り投げ、今や僕のこめかみから伸びる角に触れようと、2人揃って飛びかかる勢いだ。

 しかも揃って背が低いから、中々届かない。

 だから終いには体をよじ登ろうとしている。


「ちょ、ちょっとやめてくれないかな、重い、重いから……」


 チビっ子魔王たちは、キャッキャ言いながら我先に角へ触れた方が勝ちだとか、訳の分からない勝負を始めてしまった。


 いやいや、自称とは言え嫁候補とか言うのなら、もう少しお淑やかに振る舞ったらどうなのかな?

 しかも君たち、すっかり僕の支配下魔王だって忘れてるよね。


 なんて呆れていた矢先の事だった。


 背後からおぞましい程の魔力が溢れだしてきて、一瞬の内に玉座の部屋を満たす。


 ピリっとする冷たい魔力。

 凍えるような底冷えするそれは、たちまちのうちに部屋中を白銀の世界へと変貌させてしまった。


 うん。

 僕はこの感覚に凄く馴染みがある。


 きっとレイミーも同じような感覚を持っているだろうね。


 だから、なぜ彼女が怒っているのか確かめよう。

 この状態はかなりの怒気をはらんでいるからね。


 慎重に、ゆっくりと、肩までよじ登った魔王2人をそのままにして、僕は【クレア】へと振り返った。


「よくここが分かったねクレア。久しぶべっっっ!」


 まさか、僕に挨拶をさせない程の激情だったなんて。

 「久しぶり」と言い終えようとした寸前で、氷の塊が僕の頬に直撃した。


 シンと静まり返った部屋の中に、クレアが一歩踏み込んだ。


 「カツン」と鳴る音は、彼女が履くヒールの靴が凍った床を鳴らす警告音。

 付き合いが長いからね。

 その音を鳴らすクレアが危険なのは、この身をもって熟知してるんだ。


「何やってるのネル。あなたまさか、この女たちとイチャイチャしたいから家を出たんじゃないでしょうねぇぇぇぇぇ!」


 なんでクレアが急に現れたかなんて考えてる余裕もない。

 怒りの叫びを上げたと同時に、僕たちは一瞬で氷の膜に閉じ込められてしまった。


 よく分からないけど、なんだかすごい誤解をしてるよね。

 それに何か予感がするよ。


 嫌な予感がね。

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