9話 転生眼
まるでご主人の帰宅に、尻尾を振りながら吐息も荒く出迎えに行く忠犬のようだった。
サリーはリックの事を本気で愛しているんだろうね。
少ししたら通路の先で、喜びを爆発させるサリーの声が反響してきた。
「ま、待っていたのだリック! さ、こっちこっち、玉座はこっちなのだ!」
興奮に煽られたサリーの声量は、耳を澄ませなくとも明瞭に聞こえて来る。
反対に、リックの声は底冷えするようにか細い。
「そうか、やってくれたんだねサリーちゃん。案内してくれるかな?」
「もちろんなのだ!」
そんな2種類の声と同調するように、石床を叩く靴底からも同じような感情を反映させているよう。
そして、小走りに通路を駆け抜けてきたサリーが戻ってきた。
その顔からは充実感や達成感、そして、愛する者を紹介できる喜びが溢れだしている。
こちらへニコっと微笑んだ後、通路の方へ向き直った。
「もうすぐなのだリック。わたしはあなたの為、遂にこの遺跡の玉座を獲ったのだ!」
本当に嬉しそうなサリーを見ると、これから僕がしようとしている事への罪悪感に苛まれる。
『大丈夫よネル。あなたは間違ってない。わたしが保証するのだから自分のやりたいようにやりなさい』
『そうだね。ありがとうメリエス』
ほんと、メリエスにはなんでもお見通しだね。
魔眼としての能力以上に、彼女のこう言った包容力こそが僕を支えてくれている。
メリエスの些細な気遣いで僕自身ホッとしている事に気付いたら、まだまだ魔王としての覚悟が足りないな、と思い知らされたような気もするね。
我を通すなら、僕が欲する世界を掴む為なら、この程度の心の揺らぎごとき自制できないとこの先が思いやられちゃうよ。
だから僕は今、サリーのあるべき姿を取り戻すべく己を貫く。
誰でもない僕の為にね。
そんな事を言い聞かせながら、ふと横を見る。
いつの間にかレイミーが密着していた。
この際放っておいて、視線をサリーに戻す。
玉座を見せたくて仕方がないのか、サリーは小走りに進んではゆっくり歩くリックの到着を待つ。
そしてまたサリーだけが先に進んでリックを待つ。
そんな光景が通路から聞こえる足音で推測されていたんだけど、サリーが部屋の中ほどまで来た時にようやくリックがその姿を現した。
早く早くと大きく手招きし、中々速度を上げないリックにサリーは焦らされている。
普通に見たら、恋仲にある男女のじゃれ合いのようなものだね。
「もう~っ、遅いのだリック~! あなたが欲しくてたまらないと言っていた遺跡の玉座はすぐそこなのだぞぉ?」
それでもリックの歩みは変わらない。手を後ろに組んで、一歩一歩慎重に足を運んでいる。
ただ、一点。サリーだけを見つめ、まるで忍び寄るかのように。
だけどそこまで気を配っていながら、何故か僕らに気付いた様子はない。
なるほど。
こうして見ると、リックは女性にモテそうな容姿をしている。
乙女心なんて分からないけど、きっとあんな男性に言い寄られたら多くの女性は拒否できないのかもしれない。
甘い言葉で囁きかけ、たくさんの好意を踏みにじってきたのだろうね。
僕が抱いた彼への第一印象は、サリーを誑かしたと言う先入観によって、かなり偏ったものになっている。
しかし、ここで僕はそんな第一印象が的外れだった事に気付かされた。
『メリエス、気付いた?』
『付与系の魔術ね。解析してみる』
サリーだけを見つめている理由。
リックの両目から放たれている、魔術が原因だと思う。
たぶんその効果は、催眠とか洗脳の類だろう。
きっと対象を凝視し続けるのが条件なんだね。
だから三頭六目のケルベロスは天敵だったのかな。
リックの頭には魔角がある事から、ここ以外のどこかに拠点を構えているのが窺える。
その上で、あの魔術でサリーを騙し、自分の手は汚さずに利を得ようとしている訳だ。
予測の域を出ないけど、やっぱりあいつは屑野郎って事だよ。
リックが如何にしてサリーを誑かしたかに思考を割いていると、レイミーがボソッと呟く。
「あの人、魔導書を起動していませんかね?」
その言葉に、僕の脳内で何かが弾けた。
『メリエス!』
『まずいっ! 急いでネル!』
メリエスと阿吽の言葉を交わしたのと同時に、穏やかだったリックの顔が豹変。
あれは獲物を狩る時の獰猛な目だ。
レイミーの予想は当たっていたようで、背中に隠した起動済の魔導書から、使い魔が飛び出して来た。
実体を持たない霊体類、Aランクの魔物【ガイストキング】が煙の様にサリーへ伸びていく。
「サリーっ、逃げるんだ!」
そう言うが早いか、僕はレイミーの手を強引に振り払い、出来得る最大の手段で駆け出していく。
サリーにより近いのはリック。
普通に考えれば、あの使い魔のほうが早くサリーへと至るだろう。
頼む間に合ってくれ。
そんな願いと共に、右眼から黒い炎が噴き出す。
ここでようやくリックは僕の存在を認識した。
『メリエスっ!』
返事は無いけど、僕の意は確実に伝わっているはず。
右眼で僕の身体を照準に捉え、僕自身を転位させる。
まるで瞬間移動と同じ。
僕の身体は瞬時にしてサリーの傍らまで飛ばされた。
しかし、目と鼻の先に見えたサリーの顔は苦痛と驚愕の色に変わっていた。
なぜか。
瞬刻前に聞こえた「ズボッ」と言う音と共に、ガイストキングの腕とも判別が付かない物がサリーの心臓あたりを貫いていた。
「な、なんで……ゴホッ……なの、だ……いたい、いたいのだ……」
咄嗟にサリーの背中へと手を回すと、脱力した体の全重量がのしかかってくる。
やってくれたなリック!
騙すだけに留まらず、挙句には命まで奪おうって言うのか?
こんな感情生まれて初めてかもしれない。
あまりの怒りで完全に血が逆流してしまったようだ。
サリーの心臓を突いた使い魔は僕を見るや咄嗟に飛び退り、こちらを警戒しているように浮遊している。
『怒っていいよね? メリエス』
『もちろん。この眼の力を存分に発揮なさいな』
さて、メリエスの許しは得たよ。
「ちょっと待っててねサリー。レイミーっ、サリーを頼む!」
きっと僕の言葉なんてサリーには届いていないだろう。
貫かれた胸の痛みより、心の痛みのほうがよっぽど痛いはずだ。
そんな彼女の首に手を添えて、ゆっくりと地面へ寝かせる。
サリーの両目にはたちまち涙が溢れ、すぐにそれは目尻からこぼれていく。
そんな彼女から目を背ける。
代わりにガイストキングを右眼に入れるのだけど、僕は今怒りに震えているからサリーをこんな目に遭わせた魔物なんか、一瞬で消し飛ばしたい気分だね。
「消えろ」
だって僕の眼はそれが出来るのだから。
そう言った途端、文字通りガイストキングは「ボッ」と言う音と共に消滅した。
まるで、ロウソクの火が消えるような最後。
そして僕はゆっくりと立ち上がる。
沸騰した怒りが爆発しないように、ゆっくりとゆっくりと。
このまま感情に任せてあいつを見てしまったら、苦しみを、恐怖を与える前に消してしまうからね。
「なっ、君は何者だっ? それに、どうやって僕の使い魔を……」
「黙れよクズ野郎っ!」
ついつい口調も荒くなってしまう。
きっとリックから見たら、今の僕の右眼は黒い炎ではなく、その色は紫に映っているはず。
今僕が使っているのは【転位眼】じゃないからね。
まずは彼の手にある魔導書を消してしまおう。
「これからお前には、サリーが味わった絶望以上の絶望を刻んであげるよ」
消えろ。
そう思考すると、それは消える。
「答えろ! 君は、いったい何も……の、あっ、魔導書が、消えた……な、なんで」
「僕の名前はネルテスタ。これからお前を殺す魔王の名だ」
怪訝な表情で手元を見つめたまま、視線を僕に戻してくる。
「はっ、殺してみたまえ! この眼の術中で思うままに動けるならね!」
「ああ、そう言えば言っておくよ。お前のその魔術、もう消したから」
リックは懸命に、魔術を発動させようとしているけど、レイミーに掛けた時と同様に魔力の情報を書き換えてある。
これは転位眼でね。
「なんでだ、なぜ魔力が湧いてこない!」
まだだね。
こんなんじゃサリーの悲しみ、痛みは超えられやしない。
「脚を消すよ」
いちいち宣告する必要なんかない。
でも、このほうがリックは怖いかなって思ってさ。
「あがぁぁぁっ、脚が、脚がぁぁぁぁぁぁっ」
この後も僕は、手、内臓、耳、鼻、唇、魔角と、毛ほどの忌避感も抱かずに消しまくった。
手を消し去って早々に、リックは命乞いを始めたけど、僕はそれを聞いて安心したよ。
このクズ魔王が苦しんでいるのならば本望だからね。
レイミーにこんな残虐行為を見せたくは無かったんだけどな。でも仕方がない。
後で謝ろう。
「も、もう……殺して、ください……お願い……します」
遂にリックから、命乞いとは真逆の願いがこぼれだした。
気絶しそうになるたびに、転位眼で意識を覚醒してたからね。
この痛みから解放されたくなったのだろう。
じゃあ、今度こそ彼の望みを叶えてあげようか。
「地獄で反省しろ」
僕は最後にそう言って、遂にリックと言う存在は跡形もなく消滅していった。
『随分と荒れてたわね』
『うん、ちょっとやりすぎたかも。疲れたでしょメリエス』
『そうね、ちょっと働きすぎちゃったかも。でも、最後に赤髪のお嬢ちゃんを転生させないとね』
『そうだね』
魔眼メリエス。
彼女が持つ眼の能力は【転位眼】。
そして、その眼と僕の魔術を融合させた、もうひとつの魔眼。
それが、リックを、ガイストキングをことごとく消滅させた能力だったんだ。
【転生眼】はそう言う能力だからね。
だけど、消す事も出来れば、その逆も出来る眼なんだ。
今助けてあげるからねサリー。




