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たった二人の夢物語  作者: 陽山純樹
第一部

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7/23

7.焦燥と祈り

 翌週、冬弥の周囲に変化が起こる。少しばかり、理衣と接触する機会があった。


「テスト勉強とか大丈夫?」


 水曜日の放課後。人がいなくなった教室で、滝橋は言った。冬弥の席で、互いが向かい合うような形で座る。


「必死に勉強しないと、って弁明してもどうせ手伝わされるんだろう?」

「まあね」


 臆面もなく頷く滝橋に対し、冬弥はこれ見よがしにため息をついた。


「しかし、何でこういう話に?」


 ――二人は、教室に残り文化祭の看板政策をやることになった。といっても実際に作るのはクラスメイト全員なので、設計及び絵柄を決める担当なのだが。


「いやぁ、実を言うと看板製作は別の人が担当していたんだけど、その人がギブして」

「何で?」

「部屋の内装担当と兼任だったんだけど、看板の方は無理だと投げられた」

「で、滝橋さんに?」

「そう。やる人がいないから私が」

「そして、俺に?」

「一人じゃ不安だから、協力をお願いします」


 ペコリと頭を下げた。事情はなんとなくわかったのだが――


「俺じゃなくて他の人は? そんなに絵心とかもないし」

「そうだね」


 あっさりと頷かれる。驚くと、滝橋は微笑んだ。


「本音を言うと、気になって新城君に話を振ってみた」

「買い物の時の話か?」

「うん」


 奔放に、滝橋は頷いた。


「あそこまで話されたら全部知りたくなるのは、人情じゃない?」

「それはどうか知らないけどさ」


 どうやら彼女はひたすら押し続けるタイプらしい。

 付き合ったりすればそれが煩わしいと感じるのかもしれないが、冬弥はまだその境地に至っていない。


「つまり、看板製作にかこつけて、以前の話を聞こうという魂胆?」

「そう。卑怯だと思う?」

「……一応訊くけど、なぜそんなことを?」

「気になって」


 含んだ笑みを見せた。


「単純な興味。ファミレスの会話でなんとなくわかったけど、未来を見通すなんとかというのは、七海も関係しているんだよね?」


 冬弥は答えなかった。事実なのだが、どう応じれば正解なのか咄嗟に判断がつきかねた。

 だが沈黙も駄目だった。無言を肯定と受け取った滝橋は、小さく肩をすくめる。


「私は七海の親友のつもりだし、なおかつその縁で新城君と知り合い、話をしてくれた。単純に気になったの。なぜそんな話をしたのか。そして、なぜ私なのか」

「……あのさ」


 ふと、冬弥は訊いてみる。


「事情説明したら、お役御免になる?」

「看板製作を?」

「ああ」

「ならない」

「なら話さない」


 むっ、と滝橋は口を堅く結んだ。

 冬弥は首をすくめて、机の上に視線を移す。陽に照らされたA4用紙が一枚。下書きのつもりで滝橋が用意した物だ。


「なんか、ずるいなぁ」


 ブツブツと滝橋は言ったが、冬弥は無言で作業を始める。ペンケースからシャープペンを取り出し、どうするかを尋ねる。


「何か浮かんでいるものはある?」

「……うーん、特に。そっちは?」

「まず出店内容は喫茶店だろ? 甘味系の」

「うん」

「例えばたこ焼きとか、ラーメンとかそういうのだったら食材にちなんだ書き方ができるけど、このクラスの場合は?」

「出す品目がケーキ及び紅茶だからね」

「どういうイメージがある?」


 滝橋は腕を組んで、首を傾げた。思いつかないらしい。


「……何もないのなら、俺が適当に考えるけど」

「案あるの?」

「今はないけど」


 そこで冬弥は、何かヒントになるようなものはないかと、理衣と訪れた公園を思い浮かべた。

 木々のある空間に入り自販機でジュースを買いベンチに座った。噴水もあったが、それを看板に使うのはそぐわないだろう。


(そういえば、公園に花壇とかあったよな)


 花なら問題なかろうと思い、冬弥は声を掛ける。面倒そうに。


「花とかどうだ?」

「花?」

「店名を中央に書いて、その周囲を花で覆うようにする。立体的に表現するとかなら、造花でも張り付ければいいと思うけど」

「花、か」


 あごに手をやり、滝橋は呟いた。冬弥は沈黙する彼女を見て、紙に目を落とす。


「構図は適当に書くか」


 学園祭の店名の範囲を四角で囲い、その周囲に花びらを書き足していく。かなり雑なので花に見えなくもないという程度の絵だが、彼女はある程度理解できたらしく、うんうんと頷いた。


「おお、結構よさげ」

「じゃ、これで」

「ええっ、ちょっと待ってよ」


 立ち上がろうとする冬弥を、滝橋は慌てて制する。


「簡単すぎるでしょ。まだ五分も経っていないよ」

「こういうのは直感でやった方が良い。で、方針は決まった以上後は製作班に任せよう」

「……なるほど、面倒なわけだ」

「当たり前だろ。それでいて下心まであるとなると、関わり合いになりたくない」

「……少しくらいは、心を開いてくれたと思っていたんだけどな」


 滝橋は目を見ながら言った。残念そうな顔に、冬弥は嘆息する。


「言っておくけど、俺と関わってロクなことにならないよ?」

「どうして?」

「買い物の時の話だよ。あれはあくまで例え話だけど、本質は合っている」

「私が新城君と関わることで、未来が決定づけられると?」

「ああ」


 冬弥は周囲に視線をやった。人気の無い教室は、少し寂しい。


「別に信用してもらわなくてもいいよ。ただ変な噂を立てるのだけは、やめて欲しい」

「……そんな態度なら、どうしてあの時話したの?」

「前の時、言っただろ?」

「願い?」


 聞き返された言葉に、冬弥は頷いた。


 もし七海を予知夢から解放できるとすれば、自分と離れるのが一番なのではないか。冬弥は七海が滝橋を含め友人達と話している姿を思い起こし、考える。

 七海もまた、自分と同じように予知夢が消えるのを望んでいる。冬弥自身は、彼女を解放してやりたいと考えている。友人達との談笑。そして目の前の親友。


「……あのさ」


 考えていると、滝橋が声を発する。


「一つだけ、聞かせて」

「ああ、いいよ」

「新城君が言う話は、七海も一緒だという見解でいいの?」


 核心部分だった。冬弥は目を細め、じっと滝橋を見据える。その質問の真意はどこにあるのか、探ろうとする。

 見透かそうとして――それは裏目に出た。


「……新城君」


 滝橋はふいに俯いて、ため息をついた。


「なんというか、隠すのが下手だね」

「……そうか?」

「うん。まあ私が鋭いだけかもしれないけど。私、人の心情当てたりするの得意だから」


 顔を上げた。思いやるような穏やかな顔――冬弥はその表情が、誰に向けられているのか咄嗟にわからなかった。


「新城君は、こう言いたいわけでしょ?」


 一拍置いて、滝橋は言う。

 待て――冬弥は言葉を阻もうとした。それはもしかすると、決定的な文言かもしれない。そう判断して――


 ガララ、と扉の開く音がした。反射的に振り返ると、そこには注目されて体を震わせた七海がいた。


「あれ? 七海? 帰ったんじゃなかったのか?」


 冬弥が問う。部活をしていないため普段は一目散に返っているはずの彼女が、そこにはいた。


「あ、えっと。忘れ物が」


 ひどく申し訳なさそうに、七海は言う。


「ごめん、お邪魔だったみたいで」

「気にしなくていいよ」


 笑いながら、滝橋が言った。晴々とした彼女からは、先ほどまで示していた態度を微塵も感じられない。


「でも、丁度良かった。ねえ七海、手伝ってよ」

「何を?」

「看板製作……というか、七海って看板作る係だったよね?」

「う」


 短い声が漏れた。その顔にははっきりと「面倒なタイミングで来た」と書かれている。


「い、いや……私、この後用事が」

「今日は何も無かったって話してなかったか?」


 今度は冬弥が言った。七海はぐうの音も出ず、沈黙する。


「新城君。そうやって巻き込むのは可哀想じゃない?」

「そういう滝橋さんだって、追及しようとしていたじゃないか」

「それは係に区分されているから、意見を聞きたいと思っただけだよ」

「本当か? というかその前に、看板製作係なら、彼らが設計するんじゃないのか?」

「企画と作る人は別。企画主導している人がデザインするのは当然じゃない?」

「そんなもんか」


 会話が切れると、滝橋は七海を見た。退散しようと後ずさりする彼女がいる。


「というわけで、七海。ここまで来た以上もう逃れられないわよ?」

「……はあ。仕方が無いか」


 あきらめたように七海は言って、教室に入った。


「言っておくけど、あんまり良いアドバイスはできないよ?」

「方針は決まっているから、大丈夫」

「結局俺のを使うのかよ……」


 嘆息しながら冬弥は滝橋へ視線を送る。七海が来たことで先ほどの話を蒸し返すようなことはしなかった。

 七海が冬弥の横手に座ると、滝橋は描いた用紙を見せて説明を始めた。七海は逐一相槌を打ちながら、どのように製作したらいいかをアドバイスする。


「うん、案としては良いと思うよ」

「そう……ねえ七海。造花とかで立体的に造った方が良いかな?」

「買える予算はあるの? 看板の大きさから考えて埋め尽くすほどの造花は、それこそ百本とか買う必要が出てくると思うけど」

「あー、そっか。予算の都合があるのか」

「滝橋さん。前の買い物で予算は使い切ったのか?」


 冬弥が問うと、滝橋は首を左右に振る。


「あるにはあるけど、材料購入費用とは別にして、少し温存しておきたいのよ」

「客の入りを見てか?」

「そう。一般開放されるから、どう転ぶかわからないもの。甘いものを中心にしたお店って、記憶の上では少ないはずだから、場合によっては人が多いかも」

「なるほど。だとしたら後は美術担当に任せるしかなさそうだ」


 納得すると、今度は七海が口を挟んだ。


「理衣、看板製作の内田さんとか美術部員だったけど。油絵が得意だったはず」

「お、結構よさそう。雰囲気出て」


 理衣が感嘆の声を漏らした時、冬弥は自分がなんだかんだで関わっている事実に気付く。

 とはいえ、今更抜けるのも無理だろう。


(ペースに巻き込まれつつあるな)


 思いながらも、冬弥はやり取りを聞く。

 滝橋は先ほどの会話を忘れているかのように、無邪気に七海と話を進めていた。七海も、綺麗な笑みを見せながら答える。二人の姿を見て、なんとなく感じる。やはり、予知夢が重荷になっているのだと。


(解放……か)


 果たして正しいのかわからない。さらにいえば、自分の考え通り実行して、望む結果になるのかどうかさえ怪しい。

 けれど、理衣に多少話した――先ほどの会話で、推測がついているのかもしれない。賽は振ってしまったのだ。後はなるようにしかならない。


(今更後悔する気は無いが……)


 横にいる七海を見る。次第に話が脱線しつつあり、雑談を交え始めている。

 友人と楽しそうに談笑する七海を見て、冬弥は一瞬だけ、奥歯を噛み締めた。



 * * *



 七海がその日教室に赴いたのは、ひとえに極度の不安からだった。


 昼に理衣から「新城君と仕事をする」という話を聞いていた七海は、授業中必死にどうすればいいのか思案した。どこかのタイミングで割って入るべきか、などと考えている自分に嫌気がさしながらも、一つの答えを導き出す。


 仕事をするのは教室なので、どこかのタイミングで忘れ物を取りに来たなどと言って話に参加させてもらう。幸い看板製作の一端を担っているため、入り込むのに苦労は無い。

 なので図書室で適当に時間を過ごし、頃合いを見計らって教室に入った。しかし、


「新城君は、こう言いたいわけでしょ?」


 辿り着いた時、理衣の声を聞いた。

 何を話しているのか気になった。だが手は止まらず、結局こうして椅子に座り看板製作を手伝っている。


(何の話を、していたんだろう)


 二人の顔を確認し真意を量ろうとする。だが二人は触れようとせず、わからずじまいでお開きとなった。


「それじゃあ、私は少し調べ物があるから」


 五時になって、七海は冬弥と共に解放された。理衣はまだ学校に残るらしく、図書室へ歩いて行った。


「……元気だな」


 どこか呆れた様子で、冬弥が言う。七海は首肯しながら顔を窺う。理衣を見送る彼の瞳は、思慮に耽っている風に見えた。


「それが理衣の長所かな。みんなを引っ張ることのできる力が、彼女にはあるから」


 七海は答えると、冬弥に先んじて階段へ足を向けた。


「帰ろうか」

「そうだな」


 歩き始める。隣同士で歩く中、七海は理衣のことを思い起こす。


 自分とは、性格的に反対と言ってもいい。理衣はクラスの中心か、一番前に立ってまとめ役目を担っている。対して七海はおとなしく、流されるまま行動する。

 活発な理衣は誰とも分け隔てなく話す。ある時、七海は理衣に「なぜ自分と話すようになったのか」を訊いたことがあった。その時の回答が、今も続く友人関係の基礎となったと、七海は思っている。


「興味があって。なんというか、笑顔に陰があるように見えて」


 七海はその時驚きと共に、自分の仮面がまだ完全でないことを知った。理衣のおかげで仮面は完璧になったし、何より興味を抱いて接してくれた所に救われることもあった。高校一年の一学期は予知夢で決められた学校に来たということで、冬弥が少しブルーになっていて、七海も自分なりに心労を抱えていたためだ。


 だから理衣と一緒にいることは、張りつめた心を和らげる効果をもたらした。副作用としては他人の心情を察する鋭い彼女が、冬弥に興味を抱いたこと。一年の時は冬弥とはクラスが違っていたため、七海の縁で話すことはあれど、強い関わりはなかった。しかし二年となり同じクラスになったことで、理衣は持ち前の行動力から度々冬弥に接するようになった。


 だが七海はどこかで確信していた。冬弥が理衣を受け入れるはずがないと。予知夢の話がある以上。そして冬弥が人を受け入れない以上、彼女もまた例外ではないと思っていた。


 七海は隣の冬弥を覗き見た。正門を抜け駅へ歩く姿。太陽に背を向ける形で歩くため、逆光により顔は見えにくかった。

 次に鞄を持たない自分の左手へ視線を落とす。冬弥との距離は三十センチも無い。触れようと思えばすぐに手が届く距離。だが、七海にとっては果てしなく遠い。


 もし冬弥が理衣に予知夢の話をすれば、二人の距離は恐ろしいほど縮まるだろう。それが何をもたらすのか、七海は想像すらしたくない。


(予知夢がなかったとしたら、何が残るのだろう)


 手元に冬弥を引き留める材料があるのか。もし冬弥と理衣が付き合い始めたら――考えるだけで、身震いしてしまう。


「どうした?」


 様子に気付いたのか、冬弥が声を掛ける。七海は反射的に苦笑を浮かべ、


「ちょっと寒くて」


 と、返答した。冬弥も同意するところがあったのか頷いて、空を見上げる。


「今日は少し涼しいからな」

「十月なのに、結構気温高かった今までが変なんじゃない?」

「そうかもしれないけど、衣替えしたのも少し前だからな。夏気分が抜けていないのかもしれない」

「そうかも、ね」


 気取られていない様子に、七海はほっとした。

 仮面を被り笑顔で誤魔化せばよさそうなものだが、七海はそうしなかった。理由は二つある。


 一つ目は二人きりだと仮面を咄嗟に出すことができない点。隣同士で行動することは仮面を作り出す前から常だった。だからこそ、受け答えするのにどうしても素で対応してしまう。前もって用意していれば別だが、普段は外しているためそうなってしまう。


 二つ目は七海の本意。偽った自分を、二人きりとなった冬弥に対してまで示したくないということ。そのため登下校時は極力仮面を着けないようしているし、本来の自分を見ていて欲しかった。


 けれど、自分の想いが伝わることは決してない。予知夢という高い壁がある以上、冬弥との距離は遠い。理衣のように接することは、不可能。


「なあ、七海」


 駅へ辿り着く前に、冬弥が口を開いた。言葉を待っていると、彼は視点を地面にやりながら問う。


「予知夢から、逃れる方法はやっぱりないのかな?」


 幾度となく繰り返された質問。

 その度に七海は「わからない」と答えた。だが、今の七海には即答できなかった。冬弥の疑問が一体どういう真意なのか、図りかねたからだ。


「……理衣との話と、関係してる?」


 七海は聞き返した。聞かずにはいられなかった。


「少しだけ」


 曖昧な答え。けれど七海にとっては胸がつまり、考えてしまう。


(冬弥が理衣を好きだとして……予知夢を脱しようと考えているの?)


 行き着いた推測は、恐ろしいもの。だが七海は決して面には出さず、冷静を装い答える。


「そっか……けど、予知夢から抜ける方法は、わからないよ」


 七海にはそう返すしか方法が無かった。

 核心に迫るのは無理だった。もし想像が肯定されてしまえば、居場所がなくなってしまう。耐えられなかった。告白することも、問い質すことも、勇気がない。


「でも思いつめたって、良くはならないんじゃない?」


 七海は半ば本能的に、無難な答えを告げた。

 最早自分が素なのか、仮面を被っているのかわからない。ただ自分の秘めたる感情を悟られないように、ただそれだけを願い、言葉を紡ぐ。


「気に病んでも最終的には悪い結果しか呼ばないのは、中学時代で何度も経験したし」

「それはそうだけどさ」

「だったらもう、思ったように行動するしかないじゃない。踏ん切りつけて」


 告げて、七海は血の気が引いた。自分は何を言っているのか。なぜ後押しをするのか。


「そうかも、しれないな」


 納得したように、冬弥が声を上げる。

 七海は逆光で表情が見えにくくなった冬弥の姿を幸いだと感じた。もしはっきりと見えていたなら、泣いたかもしれない。


「わかった。ありがとう」


 頭をかきながら、冬弥は言う。

 決意する言動に、七海は微笑を浮かべた。冬弥にはきっと「それでよし」と見えただろう。


 だけど、実際は仮面の笑みだった。本物のままでいることが、できなくなる。


(お願い……お願いだから、やめて……)


 後は祈るしかなかった。冬弥にではなく、予知夢に対してだ。

 未来を見せないで欲しい。お願いだから、自分が想像するような未来は――


 駅に着いた。二人してホームに入る。七海は冬弥にわからないようにぐっと奥歯を噛み締めた。泣かないようにするためだ。

 冬弥の顔を見る。今度は太陽が当たる位置となって、はっきりと見えた。いつもの顔。いつもの、冬弥の表情。


(言えば、楽になるのかな……?)


 横顔を見ながら、胸がズキリと痛み、解放されたいという思案が浮かぶ。もし今ここで告白すれば、受け入れてくれるのだろうかと、夢想する。


(――無理だ)


 心のどこかで、そう思った。視線を逸らし、コンクリートの地面を見る。根拠が何もなかった。受け入れてもらえる、何一つの根拠が。


(理衣だったら、きっとためらいもなく言うんだろうな。けど、私は立場が違い過ぎる)


 予知夢という歪な関係を結んでしまった自分は、中学三年で自覚するまでは何も感じていなかった。

 冬弥であっても同じのはず。まして彼は予知夢を憎悪している。時に七海に対し憎悪すら振り向けたことのある彼に、好意があるとは思えなかった。


 だけど、それでも一縷(いちる)の可能性はある。勇気を振り絞り、全てを――けれど、一歩が途轍もなく遠い。今の関係が崩れてしまうのは必定で――しかし、今まさに崩れようとしているはずで――だからこそ、可能性があるなら行動を――


 堂々巡りだった。雁字搦めの状況に七海はゆっくりと息を吐く。落ち着かなければならない。自分が錯乱しているのを認識し、ホームを眺める。

 電車が来る。七海は気を紛らわすように電車を眺めた。甲高い音を響かせホームに滑り込む電車を見ながら、またも祈り始める。


(お願い……)


 か細い心の声。七海ができるのは、最早それだけしかなかった。

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