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たった二人の夢物語  作者: 陽山純樹
第二部

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15/23

15.悲しい未来

 翌日の夢は、予想に反した内容となった。七海の一つ目の夢は、夕方。自分が私服のスカートを履いているのはわかったので、おそらくデート当日の情景なのではないかと、当たりをつけた。


 場所は自宅の目の前。なぜこんなところにいるのか、という疑問がよぎる。


 結論が出る前に、夢の中の七海は歩き出す。一言も発しないため、自分がどんな状況なのか全くわからない。けれど、感覚的に悲劇の予知夢と関連していることだけは、認識できた。


(そういえば……)


 そこで疑問が生じる。予知夢の中で、七海は冬弥達と合流をした。思い至ったのは、なぜ自分があの場にいるのだろうかという点。


(何か、あの場にいなくてはいけない理由が?)


 見当がつかなかった。だが逆を言えば、自分があの場にいなければ未来は成就しないだろうとも思った。

 考えていると、夢が切り替わる。二つ目の夢は、やはり遠い未来の情景。どうやら休みの日らしく、見慣れないアパートの一室で、座椅子に腰掛けテレビのニュースを眺める自分がいた。


 現在の七海は、この未来も就職した自分なのだろうと察せられた――しかし、ふと気になった。夢の中の自分が、どこか鬱屈した何かを抱えている気がした。


(何……これ……?)


 暗く、冷たい感情が頭の中を支配する。それは夢の中の自分が発したものなのか、それとも現在の自分によるものなのかわからない。しかし一つだけ言えるのは、この未来は間違いなく、望んでいるものとは違うという、事実だ。


 夢から覚める。期末テスト三日目。時刻を確認すると、起床時間五分前。七海は即座に目覚ましのタイマーを切り、起き上がった。今日は母親がいないため、全ての支度を自分で行わなければならない。

 準備を手早く進め、誰もいないリビングで残っていた食パンを頬張り、家を出る。外で待っていると程なくして冬弥が出てきた。


「おはよう」

「……おはよう」


 昨日とは打って変わり、今度は冬弥が複雑な表情をしていた。様子が変なのは察せられたが、死に直面したものとは異なっている気がした。何か戸惑ったような、驚いているような、そんな顔。


「どんな夢だったの?」


 七海はまず、冬弥に尋ねた。だが、彼は答えない。相変わらず微妙な表情を示したまま。話しにくそうなのだが、暗い顔ではない。とはいえ、七海としては事情を聞かないとどうにも言及できない。

 ならばと、少し矛先を変えてみることにした。


「あの未来もかなり遠い話だから、回避でいいの?」


 訊いてみる。すると冬弥は「そうだな」と答えた。同時に、口を開く。


「俺が見た一つ目の夢は、土曜のデート。その帰りで家に入るところだった」

「とすると、その日は何事もなかったわけだね」

「ああ」

「で、二つ目の夢は話しにくいの? 私は、一人暮らしをしていて部屋で無為に過ごしていただけだけど」


 苦笑と共に告げると、冬弥は七海に一瞥した。


「……まあ、話しておかないといけないか。その未来を選ぶかどうかは、さすがにわからないけど」

「うん……そんなに話しにくいの?」


 引っ掛かった物言いの冬弥に、首を傾げる。しかし、七海はここに至り不安を抱き始めていた。夢の中で感じたあの筆舌し難い暗い感情。あれは、何を意味していたのか。


「その、理衣には黙っていてもらえるか?」


 七海は頷いた。直後、どこか聞きたくない自分がいるのに気付く。まさか――


「時期的にはわからないけど、理衣と結婚して一緒に暮らしているみたいだった」


 ――七海は沈黙した。冬弥の状況的には、理衣が死んでしまった時と同じような時間軸。だが、七海にとっては計り知れない傷を、胸に刻みつけることになった。


(何、それ……)


 七海は理解する。誰かを犠牲にしなければならない自分に対し、彼女は――理衣は、ただ冬弥と同じ日常を過ごすだけで、自分が焦がれている未来へ到達できる。さらに、冬弥が取るかもしれない選択で、その結末が待っている。


「これを理衣に話して良いのかどうか……俺にはわからない。ただ予知夢によってそこまで未来を決定づけられるのは、理衣の意思にそぐわないとは思っている」


 冬弥は七海の沈黙に構わず、話を続ける。


「それともう一つ……予知夢の未来を回避するのだとしたら、事故が起きない未来を提示された以上、取れる選択肢が非常に少なくなっている点だ。一連の夢は期末テスト終了後のデートの話だと俺達は思っているけれど、それすら違うかもしれない。何よりこれほど連続で見る夢だ。土曜日のデートを回避したとしても、別の日に起こるかもしれない」


 確かに連続で予知夢を見るような出来事は、経験上確実に発生していた。となれば今回の一連の予知夢も、一度回避しても起こるかもしれない。

 ならば、なぜ理衣とのデートだけで、これほどの未来が提示されるのか――そこで、七海は察せられた。


(これは……私達の関係を決める、大一番なんだ)


 きっかけは他愛もない青春の一ページ。しかし、そのありふれた内容が、予知夢を見ている二人の関係を大きく変える。


(これは……きっと、私に問い掛けている)


 七海は確信した。予知夢が未来の中で、七海自身どうしたいかを尋ねている。もしデートの最中公園前で出くわせば、悲劇的な未来が起こる。しかしそれを回避したとしても、結末は――


「う……」


 思わず呻いて、七海は立ち止まった。冬弥が気付き、振り返る。


「どうした?」


 心配そうに呼び掛ける。七海は答えないまま正面を見ると、駅の真正面だった。次に冬弥に視線を移す。驚いた顔をしている。


「ああ、ごめん。何でもない。少し、立ちくらみがしただけ」


 七海は仮面の微笑を浮かべた。冬弥は一瞬だけ訝しげに目を細めたが小さく「そうか」と応じ、


「体調悪いって言っていたよな? 大丈夫なのか?」


 問い掛けた。七海は頷き、仮面を被ったまま話す。


「予知夢のことは重要だけど、テストもきちんと受けないとね」


 そして歩き出す。冬弥の顔は、見れなかった。

 泣き出しそうだった。昨日は空虚な心を悟られないように必死に我慢していたが、今日は違った。悲鳴が頭の中でこだまする。嫌だ、そんな未来は嫌だ。


 冬弥の告白の日のように、悲哀が押し寄せてくる。けれど前のように家に戻って泣き喚くわけにはいかない。呼吸を落ち着かせて、昨日よりも必死に、平静を保とうとする。


 以後、二人の会話は無くなった。冬弥は時折体調を気にする様子はあったが、七海は肩をすくめて微笑み返す。本当は、仮面なんてつけたくなかった。例え笑顔が偽りだと気付かれなくても、冬弥の目の前では本物の自分でいたかった。でも、こうすることでしか場を取り収めることができない。泣き出せば冬弥は気付いてしまうかもしれない。あるいは自らが、激情に任せ全てを吐露してしまうかもしれない。


 それこそ、禁忌以外何物でもなかった。


 その後は感情を制御し、テストを受けた。機械的に答案を埋めたのだが、体調を勘案すれば良くできた方だ。やがて放課後となり、残る二日。七海は帰りたい一心で鞄に手を掛ける。


「七海」


 冬弥の声がして――思い出した。前日に予知夢に関する話し合いをしようと提案されていた。

 振り返ると冬弥の後方には理衣がいた。同時に頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。それでも七海は、表層は平静のまま、思い出したように冬弥に告げる。


「あ……そっか。話し合い、だったっけ」

「体調悪そうだから、今日も止めておくか?」


 気を遣う言葉。七海は本来そうしたかった。けれど、このまま帰っても泣き続けるだけなのは間違いない。その姿を想像すると、身震いしそうなほど恐怖に襲われた。

 月曜日と状況が違っていた。前の時は理衣が死ぬという事実と、何より夢の唐突さによって戸惑い、耐えられた。けれど、今回はどうなのだろうか。テスト終了時点で心が弱ってしまっている。果たして、話をできるだけの精神状態が維持できるだろうか。


 そういう時思い出されるのは、いつも冬弥と理衣の告白。そこへ、新たな予知夢が七海にのしかかる。無理だ――七海は首を左右に振ろうとする。


(……でも)


 寸前で、押し留まった。このまま帰り一人となれば、泣き続けるしかない。もしこの時間から泣けば、経験上明日は出て来れない。

 一人になるのも怖い――半ば反射的に、七海は首を縦に振ってしまった。


「うん、いいよ」

「わかった……それじゃあ、理衣」

「ファミレスでいいんじゃない?」


 提案する理衣。七海はふいに、呼吸が詰まるのを自覚した。最悪の選択をしたかもしれない――けれど、帰っても結末はわかっている。ならば、こちらを選ぶしかない。


「それじゃあ行こうか」


 冬弥が言うと、七海は頷いた。表情は仮面を被り、おかしなところはないはず。しかし、心はナイフを突き立てられたように痛い。さらには、凍えるほど寒い。心が行くなと呼び掛けている。

 だが、七海は二人に従い歩き始めた。友人ということで理衣が七海の隣を歩き、冬弥が先導して歩く。向かった先は学園祭の買い物を行った時に赴いたファミレス。前と同じ席に案内されて、七海は思わず尻込みした。このまま冬弥と理衣が隣同士で座れば、拷問同然だった。


「はいはい。さっさと座る」


 躊躇っている七海を理衣は座らせ、彼女は隣へ座った。反対側に冬弥が一人で座る。良かった――ほっとしながら、メニューを見始める。

 先に注文を済ませると、まず冬弥が切り出した。


「さて、そろそろ話すか……朝の夢について、理衣には一つ目の夢だけ話した」

「何度言っても教えてくれないのよ」


 理衣が不服そうに呟いた。それはそうだろう。


「えっと、理衣はどの程度二つ目の夢について知ってる?」

「私の遠い未来が決まってしまうのだと」


 それだけだった。察しの言い理衣なら、何か気付いているかもしれないと思ったのだが、彼女は口を尖らせ冬弥に視線を送っている。上手く濁して話をしたのだろうと、七海は推測する。


「で、だ。これからの方針なんだけど――」

「一つ、提案があるんだけど」


 冬弥が話し始める前に、七海が言う。正直、この場で涙を堪えているのが、かなりの難事だった。話が長引くと、本当に泣き出すかもしれない。


「今日見た夢もそうなんだけど……私は、必ず外にいた。月曜日と火曜日の夢はその場にいたから当然だし、今日の夢も二人はいなかったけど外にいた。ということは、私がその日一歩も出なければ解決するんじゃない?」

「……いいの? それで?」


 理衣が戸惑い尋ねた。七海は静かに頷く。


「犠牲が生まれるかもしれない予知夢なんて、選択すら出したくないよ」


 心の底からの、本心だった。


「それに、さ」


 七海はそこで仮面を被った。二人にどこか遠慮するように、告げる。


「予知夢のせいでデートすらできないなんて、可哀想すぎるし」

「……ははは」


 理衣が苦笑した。冬弥もまた同じような苦笑いを示し、互いに視線を合わせる。その間に、七海は続ける。


「だからさ、その日は一日中家にいて何もしないことにするよ。それならきっと、大丈夫だよ」

「それに加えて、念の為公園に行かないようにする、と」


 冬弥の言。七海は首肯し、補足するように言い加える。


「公園に関しては、二人で決めればいいと思う。けど、公園に行くのだって方法はあるんじゃないかな? 入り口がわかっているなら、その周辺に近づかないようにすれば、公園内には入れるんじゃない?」

「確かに、一理あるね」


 神妙な面持ちで理衣が言う。とはいえ、七海としてはやや疑わしい主張だ。これまでどんな場合でも条件が揃えば、一つ目の予知夢は発生する。冬弥も恐らく気付いているはずだが、喋ると混乱すると思っているのか、口に出さなかった。


「けど、七海」


 理衣が、七海へ尋ねる。


「もし、一日中家にいるとかの選択が出てきた場合、どうするの?」

「その時は、その時で考えるよ」


 今の状態ではどうとも言えないから――頭の中で声を響かせつつ、返答した。今それを言っても仕方が無い。


「わかった。七海の方針でいこう」


 冬弥も同調し、結論を出した。すると理衣が笑う。


「どうした?」

「いや……ずいぶんと気合を入れて来たのに、こんな簡単に結論がでちゃうとは」

「その方がいいよ。グダグダ話している方が良くない」

「そうだね」


 冬弥の言葉に七海は同調する。その後、冬弥と理衣は談笑を始める。


 そこで、七海は後悔した。予知夢の話を長引かせれば良かった。目の前で繰り広げられている様子は、ひどく辛い。

 こうした光景は見ないようにしていた。けれど、七海の気持ちに関わらずまざまざと見せつけられる。七海は帰った方がいいのか提案したが、二人は共に首を左右に振った。


 やがて理衣は気を遣ったのか、七海にも話を向けてくる。それを適度に返しながら、早く終わって欲しいと願うしかなかった。どうしようもなかった。苦痛以外存在しないこの時間を、ひたすら耐えるしかない。こうなっては最早、帰ったらいつもと同じ結末だと確信し、この時間がないだけ、提案を拒否し帰った方がマシだったと思った。


 しばらくして料理が運ばれ、話をしながら全員が皿や器を空にする。一息ついたところでお開きとなり、七海は帰ることにした。他の二人は、今日は一緒に勉強らしい。彼ら曰く「共に勉強して競い合う方が面白い」とのことだ。


「冬弥、予知夢に関して気付いたことがあったら言って」

「ああ」


 最後に冬弥とやり取りし、七海は別れた。駅へ進路を向けた時、一度だけ振り返る。周囲に人影が無かった。坂を下ってくる学生もおらず、遠くから車の走る音しか聞こえない。

 冬弥と理衣は隣同士で歩いていた。話しながら理衣が冬弥に首を向ける。七海は目が離せなくなった。ずっと自分がいたはずの場所。そこに、彼女が立っている。


 自然な動きで、理衣が冬弥の左腕を掴んだ。腕を組み、坂を上っていく。自分では決してできなかった行為――気付くと、七海は泣いていた。


「あ……」


 耐え切れなくなった。人の往来があるところで泣きたくは無かったが、とうとう堪えられなかった。七海は袖で涙を拭うと走り始める。心を落ち着かせ、必死に涙を押し止め駅へ入り、ホームで電車を待つため立ち止まる。

 その時、今朝の冬弥の言葉を思い出された。冬弥が、理衣と――


「どうして……」


 震える声で、呟いた。突きつけられる未来は、どれも絶望的なものばかりだ。決して治らない傷を背負って冬弥と一緒になるか、それとも冬弥が死ぬか。そして、冬弥と理衣が結婚をするか。


(自分の本当に望む未来は、もう無理なんだね……)


 望みが自分の手には届かない場所にある。もう二度と願いは叶わない。予知夢が示すのも、全てが悲しい未来だけ。

 理衣を犠牲にする勇気は無い。冬弥がこの世界からいなくなってしまうのは耐えられない。そして、二人が一緒になることは、震えるほど恐怖がこみ上げる。


「ああ、そっか……」


 今日見た夢の自分が、どういう状態なのか悟った。あれは抜け殻だ。二人が結婚し、全てが断たれたと知った自分が行き着いた、永遠の絶望と空虚。日常生活は送れている。しかし、それだけだった。

 七海は電車が来るまでに、残る選択肢を考えた。他に取れるものは、一歩も部屋から出ない。もしくは、自動車が来た時冬弥でもなく、理衣でもなく――


「その未来は……これから見ることになるの?」


 もし一つ目の夢で途切れたとしたら、果たしてそれを選べるだろうか。死の恐怖が体を包み、一時涙を止める。

 電車が来る。思考が途切れ、ゆっくりと息を吐く。考えないようにしよう――七海は断じ、扉の開いた電車に乗った。

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