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たった二人の夢物語  作者: 陽山純樹
第二部

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16/23

16.違和感と、逃れられない世界

 木曜日に夢は見なかった。だが金曜日には、別の選択肢が現れた。それは――


「デートをドタキャンする夢だったよ。ドタキャンしたのを呟きながら、リビングでテレビを見ていた」


 朝挨拶を交わした後、冬弥は七海にそう言った。


「そっちは?」

「私も家にいただけだよ。居間でテレビ見ていた」

「じゃあ俺の選択肢だな。それで、二つ目の夢は?」

「やっぱりどこかのアパートを借りて暮らしている。そっちは――」


 七海は言葉を止めた。冬弥は険しい表情を示し、頷く。


「水曜日と、ずいぶん状況は違っていたけど」

「……そう」


 七海は沈黙した。同時に冬弥は思案する――順調に外堀が埋められている。けれど現状としては逃げ道がある以上、良しとすべきかもしれない。


「まあ、これで七海がその日家にいればいいのかな?」


 冬弥が頭をかきつつ、続ける。


「だが、夢の結果がいつ起こるかわからないからな……毎回こういう風にするのも」

「その時は、別に考えようよ」


 七海は提案し、冬弥へ付け加える。


「内容がかなり重いから私も冬弥も戸惑っている。けど、最悪事故を回避するようにすればいいんじゃないかな?」

「そうなると、俺と理衣が……」


 冬弥は困ったように、七海に告げた。


「あくまで、最悪の話だから」


 予知夢を回避したいのは、自分も一緒――そう七海は言っているように感じた。冬弥は彼女の話に同調し、決断する。


「これで明日何も夢を見なかったら、水曜日七海の言った方針で行こう」

「もし見た場合は?」

「電話して、協議する」

「いいよ」


 朝の会話が終わる。後は無言で学校に到着する。


 テスト最終日。冬弥は四苦八苦しながら問題を解き、テスト日程が全て終了する。

 やっとかと思った。恐ろしい程長いテストだった気がする。予知夢がなければもっと楽にできただろうに――と、悪態を付いたりもする。


 放課後、解放感に満ちた喧騒の中で、冬弥はこの後を考える。ちなみに理衣は朝に「明日の準備」と言われた。デートの洋服でも買いに行くのだろう。


「七海」


 どうしようか考えていると――理衣が七海に声を掛ける姿を目撃する。


「少し、いい?」


 問われ、七海は鞄を机の上に置いた。


「何? どうしたの?」

「今更だけど、お詫びをしておこうと思って」

「お詫び?」

「私が冬弥と付き合い始めたことで、迷惑を掛けている気がして」


 そう言うと、理衣は冬弥に視線を送った。会話を聞いていた冬弥は、小さく肩をすくめ立ち上がる。


「気にする必要はないよ」


 七海が言う。合わせて、冬弥が口を挟む。


「俺達にとっては、これがいつものことだから」


 そう語るが――正直、不安が無いわけではない。今回の予知夢は前例のないケースであるためだ。


「……それならいいけど」


 理衣は完全に納得しきれない様子だったが、頷き冬弥に告げる。


「じゃあ、明日駅前に九時半集合」

「了解」


 冬弥が応じると、理衣は教室を出て行った。


「一緒に帰らないの?」


 疑問に思ったのか七海が尋ねる。冬弥は苦笑を浮かべ、


「明日の準備があるんだってさ」


 そう答えた。


「まあ、俺も予知夢とか色々あったから少し休みたい。好都合と言えば好都合だ」

「……確かに、色々あったからね」


 七海は言うと、さっと立ち上がった。


「私も帰るよ」

「ああ……明日、よろしく」

「うん」


 七海は笑顔で応じた。綺麗な表情――その時、冬弥は違和感を覚える。


(この、笑顔は)


 過去、自分が理衣へ予知夢のことを告げる決意した時に、七海が友人に見せた笑顔。自分を安心させるための所作なのか――考えた直後、さらに思い出される。


(そういえば……水曜日の朝)


 七海は笑顔で応じていた。あの時は体調が悪いと言っていたにもかかわらず、余計な心配をかけさせたくないという気持ちからか、友人に見せる笑顔で応じていた。今もまた、それと同じ。


「それじゃあ」


 七海は小さく手を振り、今度は鮮やかな微笑を伴い教室を後にした。取り残された冬弥は、喧騒の中で一人眉をひそめる。

 笑顔。体調が悪い時に見せる笑顔が、友人と話をする時と同じ。


(……それって)


 普段から、誤魔化すような笑みを見せていたのだろうか。膨らみ始めた疑問に首を傾げつつ、冬弥は鞄を手に持って教室を出た。

 歩きながら、なお考える。なぜ今になってその笑顔を見せるのか――


(なぜ今になって気付いたんだ? いや、単なる気のせいなのか?)


 もしかすると今回のような変調がなければ、気付かなかったかもしれない。


「……気のせい、だよな」


 七海は予知夢を自分と同じように忌避していた。それは紛れもなく事実なはず。

 明日のことを安心させるために笑顔を見せた――そう考える方が、自然だった。


(けど……もし)


 冬弥は、思い浮かべた事実を、心の中で言葉に出す。


(もし、笑顔が本物でなかったら、全部が偽物だったというのか?)


 果たして、何を意味するのか――冬弥に明確な答えは出なかった。



 * * *



 木曜と金曜を必死に耐えた七海は夜、不安を抱えながら就寝した。新たな予知夢が現れないか――思いながら、意識が遠ざかる。


(冬弥――)


 眠る寸前、想い人の名を呼ぶ。あの冬弥の告白から、何度呼んだのだろう。決して届かない自分の思慕を、どれほど後悔しただろう。

 けれど、それが罪であり、罰。嘘をつき続けた自分に対する、神様からの懺悔の方法。


 七海はふと、自分が夢の中にいることを悟る。予知夢――自室で勉強机に備えられている椅子に座っていた。時刻は九時前。日付は土曜――冬弥と理衣のデートの日だった。

 どこからか、玄関扉が開く音が聞こえる。七海は席を立つと、カーテンの隙間からそっと外を見た。隣の家の玄関に、冬弥がいた。


(行くんだ)


 夢の中の自分か、それとも現在の自分の言葉か――同時に選択を思い浮かべる。きっとこれは、冬弥が家を出るまでに自分が家にいたかどうかの選択――七海は視線を外し、部屋を見る。次の瞬間、夢が切り替わった。

 自分は座っていた。カフェらしき店内で、窓際の一席を陣取っている。自分の目の前には、注文したと思しきサンドイッチと、コーヒーが置かれていた。


 鏡が無いため自らの容姿は確認できない。だが、薄紅色のワンピースを着ているのだけは、わかった。格好だけで、やはり遠い未来なのだろうと察せられる。


「ごめん、遅くなった」


 理衣の声が聞こえてくる。次の瞬間、七海の胸にズキンという衝撃が走る。


(え――)


 現在の七海は少し驚いた。痛みは無い。だから夢の七海が発したものだと気付く。視線の先には化粧を施し、ピアスを開け、パンツルックスタイルの綺麗な理衣がいた。


「十五分遅刻」

「ごめんなさい」


 七海の声に理衣は小さく頭を下げ、対面に座る。店員が注文を取りに来たが、彼女は何も頼まなかった。


「呼び出してごめん。それと、この後すぐに用事があるから……」

「いいよ、大丈夫」


 胸の軋みが、増してくる。夢であるため痛みはないが、強烈な違和感は生まれる。


(なぜ?)


 疑問がよぎる。友人との他愛のない会話。なのに、なぜこうまで心が乱れるのか。


「それで、話って?」


 夢の中の七海は純粋に、自然に目の前の友人に問い掛けた。だが、同時に何を言われるのか知っているかのように胸が潰れる。現在の七海も、不安を覚え始めた。嫌だ――聞きたくない。そんな風に思ってしまう。


 理衣は少し間を空け、口を開いた。


「私としては、七海にしか頼めないから、お願いするんだけど」

「うん」


 コーヒーを飲む。言葉を待ち続け、十秒程経過する――やがて、理衣は意を決し話し始めた。


「……その様子だと聞いているのかもしれないね。私と冬弥、結婚することになったの」


 面と向かって告げられた言葉に、現在の七海は奈落の底に叩き込まれる心境を覚える。その最中に、夢の中の七海は痛みを伴いながら、応じる。


「そう……というか、私は冬弥から聞いていたけど」

「やっぱり、そうか」

「で、理衣も同じこと言うんでしょ? 私に、友人代表のスピーチやってくれって」

「それも、冬弥から聞いた?」

「もちろん」


 七海はコーヒーカップを置き、小さくため息をついた。


「答えは、いいよ。でも、あまり気の利いたことは言えないよ?」

「うん、その、ありがとう」


 理衣が笑う。七海が笑い返すと、彼女はすぐに席を立った。


「その、呼び出しておいてごめん……もう、行かないと」

「今度埋め合わせしてね」

「うん、本当にありがとう」


 七海は笑みで応えた。現在の七海にも、はっきりとわかる――見せているのは仮面の笑みだ。明確な、本心を偽るための、道化の仮面。

 理衣の姿が消えると、七海はふいに立ち上がった。鞄を手に取り、そのまま化粧室へ入る。思考がざわめき、手が震える。幸いその場には誰もいない。


 個室に籠り、鍵を掛けた。その瞬間、視界が歪む。


(泣いている――)


 声を押し殺し、夢の中の自分が泣いている。だが現在の七海も、悲しさが溢れてきた。きっと、眠っている自分も涙を流しているはずだ。


「嫌だ……」


 一言だけ、口から漏れた。そうか――現在の七海は理解した。何も変わらない。自分の冬弥を想う気持ちは、どこまでいっても変わらない。さらに自分を押し殺す仮面だけはどんどん精巧になっていき、誰にも見咎められないように涙を流す。そんな世界を、この予知夢は示している。


「冬弥……」


 さらに言葉が漏れた。それは本当に、夢の中の自分が発したものだったのか。

 耐え難い感情の中で、やがて意識が遠ざかり、見慣れた天井が目に入る。夢から覚めたが、視界がひどくぼやけている。


 涙が溜まっているのだと、はっきりわかった。


「……冬弥」


 ポツリと、夢の中で呟いた最後の言葉を、愛する人の名を告げた。同時にさらに涙が溢れる。


(ああ、そうなのか――)


 このまま家に居続ければ、自分は何も変わらず、遠い未来までも心を殺しながら生きていくのか――これが罰ならば、受け入れるべきなのかもしれない。


「冬弥……」


 だが、七海は天井を見上げたまま、彼の顔を思い浮かべる。ゆっくりと上体を起こし、静かに、声を必死に押し殺し、泣く。


「こんなの……こんなのって……ないよ……」


 必死に堪えていた全てがとうとう崩壊してしまったのだと、七海は自覚した。無理だった。果てしなく絶望的な未来を見せつけられ、それでも成就させようなんて、自分にはできない。

 泣きながら、傍らにある目覚まし時計を確認する。時刻は八時過ぎ。予知夢の時刻は、九時前。あと一時間ここにいれば、今日見た夢が成就する。それは昨日までの、冬弥と交わした約束でもある。


「でも……でも……」


 それは紛れもなく、自分の想いが殺されることを意味する。このままずっと、永遠に今の境遇のまま生きていく。

 その時、携帯が鳴った。七海はすぐに涙を拭いて電話を手に取る。相手は、冬弥。


「……はい、冬弥?」

『ああ、朝早くごめん』


 電話に出て、胸が焼かれる感覚を抱く。叫びそうになり、必死に耐え話をする。


「うん、予知夢の話?」

『ああ。やっぱり遠い未来の話みたいだから……それで、さ』


 冬弥は電話の向こうで思案している様子。


『目覚めて思ったんだが、実はかなり追い込まれていないか?』

「追い込まれている?」

『ああ。まず確認だけど、今日の夢は七海の選択じゃないか? 家にいるかいないか、とかだろ?』

「うん……そうだよ」

『そっか……整理すると、ドタキャンと七海が家にいるケースが選択として明示された。さらにはデートをして何事もない場合……これも水曜日の選択に現れている』


 確かに、と七海は胸中で呟く。


『七海が家を出て水曜日の一つ目と繋がるのかは、わからない。けど事故の状況そのものを出現させないための方法が、もう無いような気がする』

「……そう、だね」


 七海は同意した。しかし一点だけ見解が異なっている。事故の状況を発生させなければ、必ず水曜日の予知夢に繋がる――呪縛的な予知夢が必ずそうすると、心のどこかで確信できた。

 だとすれば、七海に取れる選択肢がない。


『それで、なんだけど……相談が。そっちの話を聞いて、どうしようか考えたい』

「どうする、って?」

『どれを、選択するかという話だ』


 呼吸が、止まる。七海にとっては死刑宣告に等しい言葉。ドタキャンをしても、平穏無事に終えても、似たような結末が待っている。


『正直、どうすればいいかわからない……個人的に今日の朝見た夢は、俺としては何事もなかったから、それを取る可能性もあるか、と考えている』

「……それは?」

『休日一人で買い物に出ていたんだ。年齢は……どうだろう。多分大学卒業後くらいじゃないかな』


 何も知らないのであれば、その選択もありだと思った。だが、七海にとっては地獄行きを意味している。


『……七海?』


 沈黙を不安に思ったのか、冬弥が問い掛けた――次の瞬間、涙が零れた。必死に悟られないように口を結び、無言のまま通話を切った。

 そしてクローゼットを開けた。スカートやコートを引っ掴みがむしゃらに着替え、財布だけ手に取って衝動的に部屋を飛び出す。扉を閉める直前、机に上の携帯がマナーモードの着信をしていたが、無視して家を出た。冬弥に悟られない内に、逃げるように外に出る。


 これで少なくとも、今日の夢は成就されなくなった。しかし、これからどうすればいいかわからない。

 涙を流し、必死に拭いながら駆ける。朝早い休日の住宅街は閑散としていて、七海が立てる足音以外は何も聞こえない。


(冬弥……冬弥……!)


 心の中で名を呼びながら、必死に走る。激情が胸を駆け巡り、無我夢中で足を動かす。

 やがて七海は思い至る。残る不明瞭な未来は一つ。だがその選択を取れるのか――七海は歯を食いしばりながら、ただひたすら、走り続けた。

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