表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たった二人の夢物語  作者: 陽山純樹
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/23

13.劇的な世界

 放課後、七海の下に原口の誘いがあった。


「期末テスト終了後に、打ち上げがあるんだ」


 そう切り出した原口から、カラオケに行くことと、七海もどうかという誘いを聞かされた。これがきっと今朝の予知夢と繋がる――七海は確信し、丁重にお断りした。

 原口はすごすごと引き下がる。少し可哀想だと思う。メンバーには友人もいたので、何もなければ参加していたかもしれない。


(ごめん、原口君)


 寂しそうに歩いていく彼に謝りつつ、七海は席を立った。放課後なのでさっさと帰ることにする。


 最近は学校に行って帰るという往復が続いていた。学校自体は苦痛でなかったので、さして辛いわけでもない。むしろ授業に集中することで悪夢を考えなくて済むため、気が楽になったりする。

 一人になれば、必ずと言っていいほど泣いてしまう。露見しないようこの数ヶ月は誤魔化していたが、これがいつまで続くかわからない。


(見つかったら私が何を考えているか悟られる……けど、いつまでもこんな状態を続けることはできない)


 そう断定するのは現状がまずいのではなく、自分の心が保たないというのが理由。


(けど、私にはこれしか方法がない……)


 だとしても、七海は現状を維持しようと考える。それが何の意味もないことは本人が一番知っている。しかし、友人がいる以上露見できない。だから全てをひた隠し、冬弥が納得の未来を築き上げる時まで――耐える。それこそが、罪滅ぼし。


(だからそれまでは、騙す必要がある)


 けれど、もしかすると、そう思うのは仮面を被る口実かもしれない――そう考える時もある。冬弥への恋愛感情を隠すために、必死に取り繕うため嘘をつく理由を作る。なんて滑稽――しかし、それ以外に手段もない。


 想いが冬弥に知られれば、どうなってしまうのだろうか。想像することすらできない。けれど自分の歪んだ愛情が知られれば――幸せを願う資格すらなくなってしまうのではないか。今あるほんの僅かな繋がりも、断たれてしまうのではないか。


 そうした結論に行き着き結局、最終的には現状維持に落ち着いてしまった。七海はやるせない思いと、いつまでも冬弥に恋をし続けることに絶望した。だが一方で、冬弥と少しでも繋がり、幸せを願うのがアイデンティティとなってしまった。


(それが砕け散った時、自分はきっと何もできなくなる)


 七海は教室を出た。後方から冬弥と理衣の声を聞いたが、無視した。


 家までの道のりで、七海は夢のことを思い出す。就職先まではわからなかったが、自分はOLとして同僚の女性と食事をしていた。名前は苗字だけしかわからない。談笑した内容はテレビの話題や社内での噂話。そのくらいだ。

 やがて店を出て、その場で別れた。同僚の女性が手を振りながら立ち去ると、七海は駅へ歩き出す。大通りにある店なのか、夜にも関わらず人の往来があった。


 場所もわからなかった。だが家に帰ろうとしているのがわかったため、精々実家から通える範囲内のどこかなのは、推測できた。

 駅へ進路を向け、歩き出す。道行く人々を避けつつ七海は辿り着き――目が覚めた。それが今日の夢の出来事。あまりに遠い予知夢であったため、さすがに驚いた。


 だが同時に、冬弥の意見を聞いて考えた。この未来に理衣――ひいては、冬弥に付き合っている人物がいるのだろうか。


(馬鹿か)


 幸せを願っていると言っておきながら、冬弥の彼女を気にする自分が、ひどく悲しかった。だが考えずにはいられない。もし冬弥に彼女がいないと言い切っていれば、もしかすると誘いに乗っていたかもしれない。それで少なくとも、今ある地獄がいつかは抜けられる未来が確定するからだ。


 できなかった根拠は二つ。冬弥の近辺に女性がいるのかどうかわからないこと。そしてもう一つは、自分がきっと、彼の近くにいないだろうという理由から。


(――そうか)


 思い立ち、七海は心の中で悟る。もし大学が同じだったとしても、同じ就職先なんてまず無理だろう。例え同じ会社に入ったとしても、同じ場所で働けるかどうかなんて、おそらく皆無だ。


 だとすれば、現在の宙に浮いた関係は、学生時代で終わることになる――理解した瞬間、絶え間ない焦燥感に捕らわれた。今朝の夢は間違いなく遠い未来。しかし、今の関係は砂の城であり、いつ壊れてもおかしくない。それを今日の夢で、気付かされた。


(やっぱり、私は――)


 告白するべきではないか――けれど、それをやるにしても、今は待つことしかできない。現在冬弥の隣には理衣がいる。彼女がいる以上、受け入れてくれないのはわかり切っている。ならば、二人の関係に変化が――悪い方向に傾いた時しか、できない。


 友人である理衣のことを恨むことはできない。けれど、自分の意思を伝えるには二人の不幸を望むしかない。ひどいジレンマを抱えながら、七海は歩き続けた。


(……せめて)


 こんな悪夢が、少しでも早く終わってくれることを願って。



 * * *



 大きな変化がやってきたのは、期末テストの初日だった。

 冬弥は遠い未来を映す予知夢を見て不安を覚えていた。けれどそれから数日は特に何事もなく過ごせた。予知夢は一度だけ発生したが、日常にまつわるほんの些細なことだった。


 劇的な変化が起こったのは、期末テストの初日に見た夢――


 冬弥は理衣と共に歩道を進んでいた。自分はジャンパーにジーンズスタイル。一方の理衣は白いダッフルコートに身を包んでいたので、デートなのだろうとすぐにわかった。


(土曜の約束のやつだな)


 夢を見ながら現在の冬弥は察する。やがて歩道の道沿いに公園が見えてくる。それはどこかで見たことのある場所。枯れ木が風に流れ、寂しげな音を立てている。


(これは、もしかして理衣の言っていた公園?)


 見覚えがあるのはそのためだろうと思った。理衣と雑談をしながら冬弥は入るのだろうと高をくくった時、公園から出てくる人影を見つけた。


「あ、七海?」


 理衣が声を掛ける。彼女は冬弥の前に出て、現れた人物――七海と挨拶を交わす。すると、七海は「どうも」と応じた。


「ごめん、お邪魔だった?」


 冗談交じりに七海が尋ねる。和やかな雰囲気――だが、それをスキール音が破った。

 正面方向には乗用車が一台――それがブレーキも掛けず、こちらに突っ込んで来る。


「――理衣!」


 反射的に、冬弥は叫んでいた。声によって理衣は状況に気付く。一歩遅れて七海も気付いた。だがその時、車は二人の間近にあった。冬弥の背筋が凍り、庇おうと走る。しかし、決定的に間に合わない。

 冬弥が叫ぶ。果たして意味のある声なのかわからない。景色がスローモーションになっていき、理衣と七海以外何も見えなくなる。乗用車が迫り七海が吃驚して動きが止め――唐突に、変化が起こった。隣にいた理衣が彼女を突き飛ばした。その時間のロスによって、理衣の真正面に車が到来する。


 冬弥の時間が元に戻り、叫ぶ。ヤメロ――獣のような咆哮を上げ、庇おうと手を突き出す。しかし、何もかも遅かった。

 全身は棒のように動かなくなり――変化が起こった。


 気付けばベッドの上。突き上げた腕と、荒い呼吸の自分がいた。


「……はあ、はあ……」


 予知夢だと知っている現在の冬弥も、一瞬何が起こったのかわからなかった。夢の中の冬弥は、力を失くして腕をベッドに落とす。そこで、現在の冬弥は二つ目の夢であることに気付く――同時に、この自分も同じ夢を見ていたと理解した。ひどく寝苦しい感覚を、夢の中でもはっきりと抱く。

 現在の冬弥は一つ目の夢を気にしながら、事の推移を見守る。まず気付いたのは見慣れない天井。結構新しいのか、汚れがほとんど見当たらない。


 夢の中の冬弥は上体を起こし、首を振る。視界に映る範囲で確認できるのは、これがどこかの寝室らしき場所だということ。だが記憶に無い。次に視線を周囲に巡らせる。部屋にはクローゼットと、反対側はベランダに繋がる窓がある。そして起き上がる瞬間、現在の冬弥は寝ていたのがダブルベッドであるのに気付く。


「寒いな……」


 呟くと、寝間着姿のままベッド下にあるスリッパを履いて扉を開ける。次の部屋はリビングダイニングの広い空間。机の上には朝食らしきトーストとスープ。そしてベーコンエッグとサラダの乗ったプレートが置かれており、


「おはよう」


 声が聞こえてきた。夢の中の冬弥は「ああ」と憔悴しきった声で答え、席に着く。


「うなされていたけど、またあの夢?」


 相手が正面に座る。冬弥は頷き相手を見た。エプロン姿の女性で――七海だった。


(え――)


 現在の冬弥は心の中で呻いた。そこにいる七海は、明らかに高校生ではなかった。少なくとも六、七年は経過している思しき、大人の七海がそこにいた。僅かばかり染めた髪を、肩にかかる程度の長さで揺らし――左薬指に光る指輪が目に付いた。

 現在の冬弥は彼女の姿に驚愕し、夢の中の冬弥が口を開く。


「多分、日付が近いからだと思う」

「そっか……どうするの?」

「行くよ……墓参りには」


 カップに注がれたコーヒーを見ながら、冬弥は答えた。現在の冬弥は――状況を理解する。墓参り――間違いなく、理衣が交通事故で亡くなったことによるものだ。日付が近いとは、命日が近いという意味なのだろう。

 コーヒーを見つめる視界の中で、冬弥は左手を動かしカップを手に取る。その間に、左薬指に光る指輪が目に入った。理衣が死んだ結果、七海と結婚していることを悟る。


「私も行くよ」

「ああ、喜ぶと思う」


 七海の言葉に冬弥は精一杯の笑顔を示した。

 そこで、夢が途切れた。見慣れた天井を呆然と眺め、夢の出来事を思い返す。


 昨夜までは期末テストの行く末を悩んでいた――例え予知夢が起ころうとも、目前に重要な事柄があれば自然とそうなる。だが、今はそれどころではない。


「なんだよ、これ……」


 呻く。理衣が犠牲になるという最悪の未来だった。思考が固まり、少しの間身じろぎ一つできなくなる。

 しばらくすると我に返り、冬弥は支度を始める。朝食を食べて身なりを整え、いつもより無言で家を出る。玄関の門を出ると、七海が待っていた。


 冬弥が目を合わせ、立ち止まる。一方の七海は、険しい顔つきで口を開いた。


「……行こう」


 彼女が告げ、移動し始める。冬弥はそれに従い足を動かし始める。


「今日の、夢の話だけど」


 駅へ向かいながら、七海は少し躊躇いつつ切り出す。


「公園に行く予定があるんだよね? あれはその光景だと思う……だとしたら、その場所に赴かなければ回避できる気がする」

「そう、だな」


 冬弥が答える。しかし、どこか煮え切らない。

 一つ目の夢は、理衣が車に轢かれる光景。考え得る選択を思い浮かべると、彼女が車に轢かれるか轢かれないかではないだろうか。


「対となる選択がわからないが……受験と同じようなパターンにはまれば、土曜まで連日連夜が同じような予知夢が現れるかもしれない」


 冬弥は言いながら、中学受験寸前の事例を思い出した。それまでの予知夢で入学する高校は確定していたのだが、入試のやり方を変えることで入学以降の状況が少し異なっていた。例えばクラスが違う、成績によって学科が違う。七海が同じクラスであったなどだ。

 その時は見えた予知夢を全て回避し高校に入学した。結果的に夢の中に現れたクラスではあったが、予知夢の情景は一つもなく、なおかつ七海が同じクラスになった。


 今回もそうしたケースだろう。もっとも、内容は限りなくハードだったが。


「今日の夢は当然回避するとして、明日からの予知夢は見てから考えようよ」

「そうだな」


 七海の助言に、冬弥は素直に従う。他に手段がないと言い換えてもいい。

 その後二人は重い沈黙の中電車に乗り、駅に着くと別れた。冬弥はいつものように理衣と合流し、坂を進み始める。


「今日はずいぶん、意気消沈としているね」


 さすがに気付かれた。冬弥はどう応じればいいか迷った。とてもではないが、話せる内容じゃない。


「今日はどういった予知夢?」

「……それは」


 返答に窮する。自分が死ぬ未来を安易に伝えてもいいのだろうか。


「どうしたの?」


 理衣は不信感を抱いたか、さらに問い質す。冬弥は口を閉ざしていてもまずいと判断し、直接的な表現は避けて話すことにした。


「夢は、多分土曜日のデートだ」

「うん、それで?」

「そこで七海と偶然遭遇して……」


 どう言おうか詰まる。やはり――核心部分に触れることが、どうしてもできない。


「七海と、出会って?」


 促す言葉が理衣の口から洩れる。チラと彼女を見ると、神妙な顔つきで首を向ける姿。


「何かあるの?」

「先に行っておくけど、七海がどうとかそういう話じゃないぞ」

「わかってるよ、そんなことは」


 理衣は「ほらほら」と催促する。どうするか――冬弥が思案し始めると、理衣が痺れを切らした。


「あのね、そこまで喋っているのに話さないのは生殺しじゃない」

「わかっているけどさ」

「別に気にする必要ないと思うけどな。死人が出るわけでもないし」


 理衣が何の気なしに告げた一言――それによって、冬弥は絶句した。


「……そうなの?」


 反応に気付いた理衣は、深刻な顔つきで尋ねた。返答できない。即座に否定すればまだ目はあったのかもしれないが、一瞬の無言が全てを肯定してしまった。


「その様子だと、対象はもしかして私?」

「……ああ、そうだ」


 観念して、冬弥は話した。公園に言った時事故に遭ったということ。だが二つ目の夢については話さなかった。さすがにそこだけは、ここまで来ても憚られた。


「なるほどね……でも、冬弥の話だと一つ目の夢は回避できないんじゃないの?」

「今後の夢の推移次第だと思う、全く条件が合わなければ遭遇はしないよ」


 冬弥は言いながら、過去の経験を記憶から引き出し説明を加える。


 例えば学校生活上の予知夢は、どのタイミングでその光景に遭遇するのかわからないため、基本的に回避するのが難しい。しかし今回のようにデートによって訪れた場所で事故というケースの場合は、発生条件が比較的明確であるため回避するのも難しくない。手段としてはデートをしないか、公園に行かないようにすれば起こらないはず。しかし――


「問題は、その出来事が果たして今週の土曜日に起こるかどうか」

「どういうこと?」

「今回のデートで起こる話じゃないかもしれない。次回どこかに行った時の予知夢、という可能性もある」

「とすると、一番良いのは公園に行かなければいいということ?」

「その選択なら、アリだと思う」


 公園に行かないならば、間違いないだろう。冬弥は考えを巡らし、さらに理衣に話す。


「後は、服装から考えて冬の出来事だ。木々も枯れていたから、春先とか夏ならば予知夢は起こらないはず」

「なるほどね、つまり、季節が変わるまで公園に行くのはあきらめろと」

「ああ、ごめん」

「冬弥が謝る必要はないでしょ?」


 理衣はクスクスと笑う。そしてはつらつとした顔を冬弥に向けた。


「ならプランを変更すればいいだけ。実は見に行きたい映画があってさ。そっちと迷っていたの」

「プラン変更でいいのか?」

「うん。だけどそれだけじゃ味気ないから、前々から行きたいお店に行ってもいい?」

「店?」

「行ってみたかったパスタ屋があって」

「わかった。それでいいよ」


 回避できるのなら何でもいい。冬弥は思いながら了承した。


「これで期末テストに打ち込めるわけね」

「ああそうだな……なんか、急に胃が痛くなってきた」

「テストの心配? ちゃんと勉強したんじゃないの?」

「そっちはどうなんだ?」

「もちろん、大丈夫」


 自信満々に答える理衣に、冬弥は小さく笑う。


「後で吠えずらかくなよ」

「こっちのセリフ」

「よし、じゃあ勝負をしよう。勝った方が結果判明後のデートで食事代全部持つ」

「乗った」


 理衣が不敵に微笑む。冬弥も俄然やる気が出てきた。

 そこからはとりとめのない雑談が始まった。だがその中で、冬弥は思う。今回は理衣が巻き込まれたケース。やはり予知夢は大きな変化を来している。


(だけど、理衣が予知夢を見始めた兆候は無い)


 そこだけは安堵する。同時に楽しく話をする理衣に感謝した。彼女と共にいることで予知夢に対する心労が減っている。常に明るく接してくれていることが、一番の理由だ。


 もしかすると――予知夢に変化はあるが回数が減ったのは、自分の気持ちが楽になったためかもしれない。そう思うと僅かながら期待を抱いた。理衣と共にいれば、予知夢が消えるかもしれない。冬弥はどこか理衣に感謝の念を抱きながら、雑談に華を咲かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ