087⚫️持続可能な生態系・環境についてはどうなのよ?
「世界線をこえて」のシリーズは全て架空のものです。あなたの世界線の事実とは関係がありません。いつも「あとがき」で述べているように、です。
やっと最初のパートは終わったのね。
ぎゃあ〜!次も長いよお〜!
イヨは心を奮い起こして、立ち向かう。
では、生態系や環境の保全については、全人類がある特定の宗教の敬虔な信者となった場合はどうであろうか。結論から言うと、前論述と「完全に同じ構造」であり、人類の「進歩」と「生態系・環境の持続可能性」もまた、絶対に両立しないというのが、原初教義の視点から導き出される冷徹な最終結論である。
戦争が人間の「エゴとエゴの衝突」で起きるように、環境破壊は「人間のエゴと自然の衝突」によって起きる。対象が人から自然に変わっただけで、その原因は全く同じである。
三大宗教の原初教義が、現代の環境と持続可能性に対してどのような結論を下すかを、架空仮想空間から前論述と同じ前提条件で考察する。
【一、仏教の原初教義:欲望の拡大と環境破壊の直結】
原初の仏教教義において、環境破壊とは「人間の肥大化した煩悩」が物理的に地表に溢れ出た結果に他ならない。
現代の環境問題の根本には、「より便利に、より豊かに、より大量に」という人間の飽くなき貪欲がある。原初の教義は、電気自動車の導入やプラスチックの削減といった「技術的な延命処置(進歩)」では、環境問題を根本解決できないと断言する。なぜなら、人間の「もっと欲しい」という脳のバグ(欲)をそのままにしておけば、別の形で必ず地球を搾取し始めるからである。
環境を維持するための唯一の道は、進歩を止めて「足るを知る(知足)」こと、つまり生活水準を欲望の赴くままに上げないことである。しかし、これは経済成長(進歩)の停止を意味する。したがって、これまでの形の進歩を続けることと、生態系の維持は絶対に両立しない。
【二、キリスト教の原初教義:傲慢さのツケと管理責任の放棄】
原初のキリスト教教義(創世記など)において、世界は神が創った美しい庭であり、人間はその「管理を委託された僕」である。
しかし、人類の進歩の歴史は、人間を世界の中心に置き、自然を「人間の利益のために征服し、利用してよい素材」として消費する傲慢さ(原罪)の歴史であった。現代の気候変動や生態系の崩壊は、人間が神から与えられた管理の責任を放棄し、目先の富のために地球を貪り尽くしたツケである。
原初の教義が求めるのは、自然に対する人間の「謙虚さ」の回復である。だが、現代の文明が地球の資源を「効率的」に奪い取ることで進歩してきた以上、自然を人間と同等の存在として愛し、保護することは、これまでの大量生産・大量消費の社会(進歩)を全否定することになる。
【三、イスラム教の原初教義:宇宙のバランスの破壊】
原初のイスラム教教義には、神が創った万物には完璧な「バランス(ミザーン)」が組み込まれており、人間はそのバランスを壊してはならないという厳格な持続可能性の思想がある。
現代の生態系破壊は、人間が私利私欲と国益のためにその聖なるバランスを乱した結果(不正義)であると裁かれる。
原初の教義は、地球全体の資源を全人類、そして未来の世代にいたるまで公正に分配するための「厳格な制限(規律)」を求める。これは、個人の自由な経済活動や、際限のない資源の開発(進歩)に強烈なブレーキをかけることを意味する。富の独占を許さない規律がなければ地球はもたないが、その規律は人類の自由な発展(進歩)を縛ることになる。
【結論:人類が生き残るための「最終選択」】
戦争の根絶と同様に、生態系や環境の持続可能性を守るためにも、人類は「人間らしさ(果てしない欲望と進歩)」を捨てなければならないという、全く同じジレンマに行き着く。
私たちが「進歩」と呼んでいるものは、地球という有限なカプセルの中から、資源を前借りして燃やしている煙にすぎない。環境を「一〇〇%完全に持続可能」にするためには、人類の経済活動を原始的なレベルにまで減速させ、物質的な進歩を完全に諦めるしかない。
しかし、現代人はすでにその便利さ(進歩)を手放せない中毒状態にある。
もし仮に、あなたが「欲しいものはこれと言ってなく、毎日の時間がゆったりと流れて満足している生活」を送っているのであれば、環境負荷を最小限に抑えた、地球の生態系にとっても「最も持続可能な理想的な生き方」であろう。全人類がそのような精神的・経済的境地に達すれば環境問題は解決するかもしれない。だが、それでは世界経済は崩壊し、文明の進歩は止まる。
人間がその本能(進歩への欲望)を満たし続けた結果として「地球と共に自滅していく道」を選ぶのか。それとも、進歩を自ら放棄して「静かで不便な、しかし持続可能な平和」を選ぶのか。
戦争と環境。形は違えど、人類が突きつけられている刃は、全く同じ「進歩と欲望のジレンマ」なのである。




