004⚫️ひとは見かけによらない
ハルバード大学とスッタンフォーダ大学。
その国を、いや世界を代表する名門大学である。
歴史的にはハルバード大学の方が長い。
そのハルバードに伝わる、戒めとしての伝説がある。
ある日、学長は次々と面会者と対面していた。今日は多い。まだ、あと何組もが待っている。次に秘書が案内してきたのは、初老の夫妻である。清潔でさっぱりとした装い。だが、長年にわたり大切に着用してきたことが推察できる服装である。目立った装飾品も身につけていない。上品ではあるが、どこか親しみのあるふたり。
要件は寄付についてであった。 卒業生である息子が病で他界した。彼の存在を残したい。ついては、建物を寄付させてもらえないか、と。
学長は心の中でため息をついた。このような申し出を何度も受けていたのだ。 彼は感謝の意を表しつつ、記念碑や建物、その他の施設の建設や維持に、どれぐらいの費用が必要であるのかをメモに書いて渡した。
夫妻はそれを見て、大層おどろいた様子だった。
「ねえ、あなた。これはわたしたち、考え直さないと。」
「そうだな。うん、最初からやり直しだね。」
理解の早い夫妻に、学長は穏やかな笑みを浮かべて言った。
「そうですか。今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。ご子息のご冥福をお祈りしています。」
席を立つ夫妻と握手をする前に、学長は手渡された受付票の署名に目を落とした。彼は言った。
「お気をつけて。スッタンフォーダさん。」
夫妻が驚いたのは、学長が示した金額が莫大であったためではなかった。 ──そんな小さな予算で、大学の建物は立ち、維持できるのか。 それが、ふたりが知った“事実”だったのである。
やがて、スッタンフォーダ大学が開学し、ハルバード大学と双璧と呼ばれる知の学府となる。ハルバードの関係者の間では、自戒をこめて次のように語られている。 「人を見かけで判断してはいけない」と。
真の富裕層はそうには見えない。真の賢者も同様である。
さて、真のエリートとは、如何なるものなのであろうか。
自らの利益、名誉、欲望の実現だけを目指しているのだろうか。だが、もしかすると、わたしたちの隣にいる平凡にしか見えない誰かが、実は驚嘆すべき人物であるのかもしれない。
レグナスはカナタを伴い、また旅をしている。
人々の暮らしぶりだけではなく、
資源の使われ方、自然との共生の可能性を目で見て、耳で聞き、肌で感じるためである。
人々の間での争いは少ない。だが、レグナスの魂は痛み続けている。
たったひとりだけの従者を連れて旅する彼が、王だと気がつくものは誰もいない。




