050⚫️黒い恐怖
ペストとはペスト菌による人獣共通感染症であり、主に腺ペストと肺ペストに大別される。前者は高熱とともにリンパ節が激しく腫れ上がり、後者は激しい咳や血痰を伴って呼吸不全に陥る。いずれも皮下出血により遺体が黒ずむため「黒死病」と恐れられてきた。
ある世界線の人類の歴史において、この病は3回の大流行を起こし社会を激変させた。その背景には常にヒトによる自然環境破壊が存在する。中世の大開墾や近代の鉱山開発は、原生林を切り開き野生のげっ歯類の生息地を奪った。生態系の境界が破壊された結果、行き場を失った野生動物から人間の生活圏へとペスト菌が飛び移り、不衛生な都市や発達した交通網を通じて爆発的に蔓延したのである。
かつては絶望の病であったペストも、後世では適切な対応策が存在する。発症初期であれば抗生物質が極めて有効な治療薬となる。また、患者と接触した場合には発症を防ぐための予防内服薬も確立されている。
だが、一般向けワクチンは流通していないため、最大の防御は野生動物の状況把握と環境保護である。ペストの歴史は、ヒトが生態系を破壊するとき、未知の病原体という形で自然からの逆襲を受けるという教訓を伝えている。
レグナスのもとに急使が到着した。
「なに?奇病だと。」
王に取り次ぐ侍従が尋ねる
顔を赤くし、咳をこらえながら報告する使者。
黒い恐怖が、南の大陸に姿を現し始めている。




