表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/22

愚者の雑音、賢者の静寂

追加版です。

――数日前。

 書斎へ呼び出されることは、慈悲のない宣告に等しい。

 重厚な扉の向こう側は、家ではない。慈悲など存在しない、純粋な損得と判断だけが支配する戦場だ。

「入れ」

 扉を開けた瞬間、冷気が肌を刺す。デスクの奥、父は顔も上げずに指先だけで資料を滑らせた。

「内藤隆二……21歳、株式会社内藤の次男だ。……どう見る」

 差し出された資料を受け取る。ずしりと重い。

 ページをめくる指が、不意に止まった。

(……これは)

 喉が、微かに鳴る。資料には、ただの放蕩息子の記録が並んでいる。芸能人御用達のBAR、不自然な単位取得、ボディーガードの影。

「……内藤隆二。つくづく救いようのない男だな」

 葵は資料の数ページを指で弾いた。そこに記されているのは、株式会社内藤の御曹司、内藤隆二の醜聞の数々だ。金をばら撒き、力でねじ伏せ、気に入らない人間を冤罪で追い込む。その手口はあまりに稚拙で、見ていて吐き気がするほどだ。

「これを見て、父さん。彼がこの半年でやってきたこと。……ただの暴力と金の浪費よ。吐き気がする」

 葵はあからさまに呆れた表情を見せる。内藤という男は、己の権力を笠に着るだけの、ただのヘイトを貯めるだけの男。

 ページをめくる。そこに記されていた名は――本田司。

 大学進学後、内藤への接触。そして、彼が被った冤罪。

 葵の瞳孔が小さく収縮する。

「……この女も救いようがないな。」

葵は次の項目を見て一瞬言葉を失う。

「……父さん、これ」

 父は何も言わない。ただ、獲物を狙う獣のように口角を上げるだけだ。

 葵は資料を食い入るように見つめる。隅にある投資の相関図。そこには、外部に漏れるはずのない龍神TECの未公開情報が、見事に噛み合わされていた。

「単独で、ここまで……」

 恐怖? いや、違う。指先が微かに震えているのは、戦慄ではない。高揚だ。

 自分の盤上に、自分以上の策士が現れたという悦び。葵は資料をデスクに投げ捨て、ぞんざいに笑った。

「父さん、これ、龍神の面接を受けているんだな」

「ああ。逃すなよ、葵」

「当然だ」

 葵はきっぱりと答える。

「……本田は、私のものだ。龍神グループの最高傑作として、私がねじ伏せて所有する。」

 沈黙。父の視線が、どこか楽しげに葵を射抜く。

「……惚れたか?」

 たった一言。書斎の空気が、張り詰めた糸のように鋭く震える。

「っ――」

 葵は表情を強張らせ、わざとらしく大きく背を向けてみせた。顔の熱さを隠すように、あえて冷徹な声色を作る。

「そんなんじゃない。……ただ、私の盤上に、もっとも優れた駒が必要なだけだ」

 そう言い捨てて、葵は逃げるように扉へ向かう。

 その背中は、父の問いかけに、図星を突かれた少女のようにわずかに強張っていた。


お読みいただきありがとうございました。


面白いと感じていただけたら、評価、ブクマなどお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ