確信(葵視点)
偶然は、ここで終わりです。
見えてしまった以上、もう戻ることはできません。
※全体的に修正しました。
偶然だった。
あまりに出来すぎた、悪意の証明。
放課後の廊下。人気はなく、夕闇が忍び寄る時間帯。
角を曲がろうとした葵の靴音が、漏れ聞こえてきた「吐き気を催すような声」で止まった。
「だからさ、それでいいんだって」
隆二の声。そして、翠。
反射的に物陰へ身を寄せた葵の心臓が、一度だけ、強く打った。
盗み聞きなど趣味じゃない。だが、立ち去る理由は――どこにもなかった。
「さすがにやりすぎじゃない? 私、あんなに泣くの大変だったんだから」
翠の声が弾む。軽い、あまりに軽い、良心の欠片もない言葉。
「大丈夫だって。今更引けねえよ」
隆二が笑う。獲物をなぶり殺す獣の笑いだ。
「どうせあいつ、何も言えねえし。言い訳すればするほど、俺たちが用意した『暴力の証拠』が真実味を帯びるんだからよ」
「……まあ、そうだけど。司くん、今じゃ誰も近寄らないしね」
わずかな迷い。だが、それは同情ではない。支配の快感だ。
隆二が、さらに追い打ちをかけるように続けた。
「最初にイメージ作ったもん勝ちだろ? 浮気に暴力。そこまで言っときゃ、世間は俺たちを『被害者』として守ってくれる。誰も疑わねえよ。真実なんて、声の大きい奴が塗り替えちまえばいいんだ」
沈黙。
廊下に響いたのは、翠の楽しげな、鈴を転がすような笑い声だった。
「……ほんと、最低」
否定じゃない。自分たちの悪辣さを楽しむ、歪んだ同意。
そこで、すべてが繋がった。
噂の出どころ。隆二の余裕。翠の変貌。
点と点が、一本の氷の線となって葵の脳裏を突き抜ける。
(――黒だ)
思考は、驚くほど静かだった。
怒りすら通り越し、ただ事実だけが冬の夜のように冷たく残る。
音もなくその場を離れる葵の足取りは、一点の乱れもなかった。
次にやるべきこと。答えは一つに収束していく。
ポケットから取り出したスマホ。ここから先は、ただの傍観ではない。
「龍神」の名を背負って、泥沼へ踏み出すことになる。
――躊躇はない。
発信。
数回のコールの後、低く威厳のある声が響いた。
『……珍しいな。お前から連絡とは』
「父さん」
葵は、静かに、だが鋼のような意志を込めて言った。
「一件、調べてほしいことがある」
『……理由は?』
「骨のある人材を見つけた。だが、そいつが理不尽な目に遭っている。評価も、環境も、龍神が関わるべき領域すらも、歪められている」
電話の向こうで、空気が一気に張り詰める。
『……名は?』
「本田司」
数秒の沈黙の後、父の返答は重く、鋭く響いた。
『……いいだろう。ただし、龍神の名を使う以上――中途半端は許さん。お前自身、泥を被る覚悟はできているな?』
「ああ」
即答だった。
『……ならいい。結果を待て』
通話が切れる。
スマホを握りしめ、葵は窓の外に広がる夕焼けを見た。
「……終わりだな、お前たちは」
それは感想ではない。
確定した未来を告げる、静かな、そして絶対的な宣戦布告だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
物語は、ここから動き出します。
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