確信(葵視点)
偶然は、ここで終わりです。
見えてしまった以上、もう戻ることはできません。
偶然だった。
そう言い切るには、出来すぎている。
放課後。人気のない廊下。
角を曲がろうとしたその瞬間、声が聞こえた。
「だからさ、それでいいんだって」
足が止まる。
聞き覚えのある声だった。
隆二。そして――翠。
反射的に、物陰へ身を寄せる。
意図して盗み聞いたわけじゃない。
だが、ここで立ち去る理由もなかった。
「でもさ、さすがにやりすぎじゃない?」
翠の声は、どこか軽い。
「大丈夫だって」
隆二が笑う。
「どうせあいつ、何も言えないし」
「……まあ、そうだけど」
わずかな迷い。だが、それだけだ。
「それにさ、最初にイメージ作ったもん勝ちだろ?」
言葉が続く。
「浮気に暴力。そこまで言っときゃ、誰も疑わねえよ」
沈黙が落ちる。
そして、すぐに崩れた。
「……ほんと、最低」
翠が、小さく笑う。
否定ではない。
ただ、そのまま受け入れている声音だった。
軽い笑い声が重なる。
その響きだけが、やけに遠く感じられた。
そこで、すべてが繋がる。
違和感。
噂の広がり方。
隆二の態度。
翠の変化。
点だったものが、一本の線になる。
(……そういうことか)
思考は、驚くほど静かだった。
怒りもない。
迷いもない。
ただ、事実だけが残る。
(……黒だな)
結論は、出た。
そのまま、音を立てないようにその場を離れる。
足取りは一定で、乱れない。
心拍も、安定していた。
廊下を抜けながら、次にやるべきことを考える。
自然と、答えは一つに収束していく。
ポケットからスマホを取り出す。
画面を見つめる。
一瞬だけ、指が止まる。
(……ここから先は)
ただの傍観では済まない。
だが――
躊躇はなかった。
発信。
数コール。
「……珍しいな。お前から連絡とは」
低い声が返る。
「父さん」
短く呼ぶ。
「一件、調べてほしいことがある」
わずかな沈黙。
「……理由は?」
一瞬だけ考え、答える。
「骨のある人材を見つけた」
「……ほう」
声の温度が、わずかに変わる。
「だが、そいつが理不尽な目に遭っている」
言葉を続ける。
「評価も、環境も、全部歪められている」
沈黙。
その向こうで、何かが動いた気配がした。
「……名は?」
「本田司」
短く答える。
数秒。
「……いいだろう」
静かな声。
「ただし」
一段、低くなる。
「龍神の名を使う以上――中途半端は許さん」
「覚悟はできているな?」
「ああ」
迷いはない。
「……ならいい」
通話が切れる。
スマホを下ろす。
ゆっくりと息を吐く。
そして、視線を上げた。
迷いは、もうない。
「……終わりだな」
小さく呟く。
それは、ただの感想ではない。
確定した未来を、静かに告げる言葉だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
物語は、ここから動き出します。
よろしければ、評価や感想をいただけると励みになります。




