独白 葵視点2
葵視点です。
お楽しみ下さい。
神谷は饒舌だった。高級な酒と、部下の手柄を奪った高揚感が、男のタガを外させている。
「……結局さ、あいつ(司)には『お前にはまだ早い』って言っておけばいいんだよ。あの程度の無能、適当に手なずけておけば便利だからな」
神谷は気取った仕草でグラスを回す。葵は愛想笑いを浮かべながら、バッグの中に忍ばせたICレコーダーが、正確にその声を拾っていることを祈った。
「課長、また美味しいお酒ご馳走になって……お金、大丈夫なんですか?」
葵が心配そうなフリをして尋ねると、神谷は鼻で笑った。
「お金? 会社の金は、俺の金と一緒だよ。今回の『なんと商事』の案件だって、部長に報告する時に少し金額を操作して計上しておいたからな。余剰分は、俺の個人的な借金の返済に回す。……ああ、この店も、昨日の豪遊も、全部会社の経費だ。賢い人間が勝つ、それがこの世のルールさ」
――確信。
酔ったうえに、おだてられたのも手伝って、神谷は自慢げに喋り続けた。
馬鹿な男……
しかし、これが事実なら犯罪行為のなにものでもない。
私の背筋に、氷柱が刺さるような戦慄が走った。
この男は、単にプライドが高いだけの小悪党ではなかった。会社の金を私物化し、平然と犯罪を犯している。ツカサが必死に守ろうとしていたこの会社を、この男は内側から食い荒らしているのだ。
吐き気さえ覚える。だが、葵は表情一つ変えない。
それどころか、わざと神谷の手を握り、媚びるような視線を送った。
「課長って、本当に頭がいいんですね……。私、そんなすごいこと、絶対にできません」
「だろ? 本田には逆立ちしても真似できない芸当だよ」
神谷の卑猥な笑い声が、耳障りに響く。
(神谷のような腐った林檎が会社に蔓延ると、周りまで腐ってしまう――ツカサのような人材が会社に必要だ)
葵は心の中で、固く誓った。
(……地獄へ落ちろ、神谷)
これはもう、単なるツカサの復讐ではない。腐りきった膿を、会社から切り捨てて刑務所に送ってやる。そのための確かな証拠が、今、葵の手の中に収まった。
私は、ツカサのために、そして自分自身のために、冷酷な笑みを浮かべてグラスを掲げた。
――しかし
ふと葵は考える。
これで良かったのか?神谷から証拠を手に入れた事じゃない……
部下の手柄を横取りし、あまつさえ横領にまで手を染めていた神谷。奴からその尻尾を掴むために、私は……。
思い出すだけで、どす黒い吐き気が込み上げる。
媚びへつらい、色目をつかい、奴の卑猥な視線に耐えた。自分をすり減らして手に入れた横領の証拠。計画は成功した。それなのに、今の私には死にたいほどの屈辱感しか残っていない。
この作戦のために、ツカサから距離を置いた。
私の媚びへつらう情けない姿を見せてしまった。神谷から怪しまれぬよう、などと考えて、行動したが――
一人、夜道を歩きながら、胸が軋む。
こんな私を、ツカサはどう思うだろうか。きっと、軽蔑しているに違いない。
あいつには拭えない過去のトラウマがある。私がやっているような、人を騙し、自分を切り売りするやり方を、誰よりも嫌悪するはずだ。
けれど、いい。
軽蔑されても構わない。私のプライドなんて、神谷に媚びたフリをした時点で消し飛んだ。
あいつが正当に評価され、あいつの抱える苦しみが少しでも晴れるなら――。
あいつが笑ってくれるなら、私のプライドなんて、いくらでも捨ててやる。
街の明かりが、涙でぼやけた。
……それでも、今はまだ、ツカサの名前を呼んではいけない気がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
成し遂げる為に捨てたプライド。
罪悪感で押し潰されそうな葵は、彼のためならプライドなんて、捨ててやると心に決める!
次回、最終会です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
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