《日曜日、そして、また月曜日》
「や、やった!? やったよ、高崎さ――」
思わず叫びそうになるのも束の間、いまだ表情を崩さない高崎さんの横顔を見た私はさっきの彼女の言葉を思い出す。
『心柱を射出した後も、小惑星を破壊した後も――最後まで、私に力を貸して』
慌てて彼女を抱き締め直し、再び上空を見つめる。
雲ひとつない晴れ渡った空から――無数の隕石と心柱の残骸が降り注いでくる。
「う、うわぁぁぁ!! 高崎さん、高崎さん――っ!!」
「落ち着いて! あの大きさなら今までも地球に良く堕ちて来てるわ。
そのまま堕ちても世界は滅ばないし……ここには絶対に堕とさせない!」
そう言うと同時に私達の足元の空気が大きく震え、木の葉が激しく舞い上がる。
その圧力に気圧されるかのように、上空から降り注ぐ残骸は私達の場所を逸れて、
速度を落としながら周囲に降り注いでいく。
「わぁぁぁ!! いやあぁぁぁ!! こわい、怖いよ、高崎さん……っ!!」
轟音と衝撃、爆風、立ち昇る火柱。
まるで爆撃を受けているかのような状況に両膝を着けて震えながら、
私は高崎さんの腰にしがみついて祈り続ける。
「たっ、高崎さんは、どうして平気なの……こんな、こんな……っ!!」
「これでも組織の一員だからね、ある程度は場慣れはしているの。
それに言ったでしょ? ――今の私なら、何だってできる」
私に向けて振り返り、柔らかな笑顔を見せる彼女。
「高崎さん……っ!!」
たまらず彼女の腰を抱き締め返す。
破片が落ちて来るだけでもこんなに怖いのに。
その何十倍もの塊がそのまま落ちてくる事を宣告されて。
金曜日の作戦が失敗して、その塊を独りで受け止めろと命じられて。
その時の彼女は、どんな気持ちで、土曜日の朝を迎えたのだろう――
「――っ!! 高崎さん――っ!?」
一際大きな隕石の残骸が頭上に迫るのが見える。
それは磁力を物ともせず、私達の頭上に真っ直ぐ落ちてきて――
「く……っ――!!」
直後、私は高崎さんに突き飛ばされて。
同時に強い斥力を受けて私達は大きくその場から引き離されて。
そして――
「「きゃああぁぁ――っっ!!」」
足元が爆発するような衝撃。
私達の身体はぼろ雑巾のように吹き飛ばされて、
体感で10秒以上は空中に投げ出されて。
(――死ぬ前に、高崎さんとクレープが食べたかったな……)
死ぬ前に高崎さんとクレープが食べたかったな、と何となく思いながら。
激しく地面に叩きつけられ、私は意識を失った。
・
・・
・・・・・・
「――……痛ったぁ……」
既に陽が傾きかけた夕刻。
スカイツリー前にぽっかりと空いたクレーターの中心で、私は目覚めた。
一張羅はスカート含めてぼろぼろで。
生傷だらけの全身は全く動かせないけど……私は、生きている。
そしてそれは、隣でちょうど目覚めた彼女も同じだった。
「……おはよ、高崎さん」
「えぇ……おはよう、高崎さん」
お互いの名前を呼び合い、軋んだ腕を伸ばして手を握る。
「――やっぱり、同じ苗字だと呼びづらいわね。
…………これからは、名前で呼び合わないかしら。 ……結乃さん?」
「えぇー!? だって前に名前で呼んだ時、嫌だから苗字で呼んでくれって……」
「今は……何だか、あなたの名前を呼びたいし、あなたに名前で呼んで欲しいの」
「そ、そっかぁ……えへへ、それじゃあ改めてよろしくね、由佐ちゃん!」
クレーターの中心でぎゅっと手を握りながら、私達は笑う。
平べったい地面の上で寝転がって、まるで私達がクレープになったみたい。
(二人とも無事で良かったけど、凄く疲れたし、お腹空いたな……。
高崎さん、クレープの事覚えてるかな……)
「ねぇ、たかさ……結乃さん――」
「由佐ちゃん、私お腹すいちゃった!クレープ屋さんに行こう?」
「――っ」
私の突拍子もない提案がよほどツボにハマったのか、
由佐ちゃんは今まで見た事もない表情を見せて大声で笑い出す。
「え、ちょ、由佐ちゃん……そんなに笑わないでよぉ……」
「ご、ごめんなさい。 あなたなら、そう考えてるかなって丁度思ってて……。
――えぇ、行きましょう、……結乃さん。立てる?」
ひとしきり笑い終えたあと、由佐ちゃんは立ち上がって私に手を差し伸べる。
「――うん!」
頑張って腕を伸ばして、由佐ちゃんの手を強く握って。
彼女に強く引き寄せられるように、私は抱きついた。
・
【世界滅亡まであと254160871日】
気だるい月曜日の午後。
青空に響くチャイムが、私を睡魔と退屈から解放してくれる。
「結乃ー!はやく帰ろー!」
友達に連れられて教室を出る時、いつものようにドア側の席にちらりと目をやる。
誰からも呼ばれず、誰とも話さず隅っこでじっと座っている女の子。
「由佐ちゃんも一緒に帰ろ!」
先月転校してきたその子に、私は明るく声をかける。
友達が驚いて私達を交互に見渡し、
「――ええ。今日はクレープ屋が空いてるといいわね。……結乃さん」
由佐ちゃんのその返答に、友達は更に驚きながら私達を交互に見渡した。
「え、え、結乃と高崎さん、いつの間に仲良くなったの!?」
「先週からずっと仲良しだもんね~、ねぇ由佐ちゃん!」
「ふふ……そうね。LINEでもお話してるし」
「ずるい~!私もLINE交換してよ~~!!」
「もちろん……って、あら」
「――げ」
由佐ちゃんが振り向いた方向から、物理の下山先生が走ってくる。
「高崎~!!今日は補修だと先週から何度も言っとるだろうが~~!!」
「――先生、私はそんな話は聞いてませんが」
「あ、いや、高崎、お前が補修なわけがないだろう。
補修なのはそっちの高崎……って、こら! 待て! 待たんか高崎~~!!」
由佐ちゃんが下山先生を食い止めてくれている間にその場を脱出する。
どのみち今日はクレープ屋でたむろする予定だったし、
そこで待っていれば由佐ちゃんも後から来てくれるだろう。
――昨日はあれからクレープ屋に行ってみたけど、当然ながらクレープ屋どころか近場のお店は全て休業状態だった。
私達は満身創痍で壊れかけのママチャリに乗って、ボロボロのスカートから垣間見えるパンツを由佐ちゃんに隠してもらいながら、何とか私の家に辿り着いた。
『結乃!あんたこんな時に連絡もしないでどこに――って私の自転車ぁぁ!?』
『色々とごめんなさいお母さん……あと、この子は友達の由佐ちゃん』
『――はじめまして。 結乃さんと同じクラスの高崎由佐と申します』
『あら、まぁ……』
私と同様ボロボロの赤ジャージ姿の由佐ちゃんが余程辛そうに見えたのか、
お母さんは途端におろおろと狼狽し始めてしまう。
『まぁまぁ、いいじゃないか、母さん。結乃も無事に戻って来れたんだし。
結乃、今夜はお前の大好物のビーフシチューだぞ』
『ほんと!? やったぁ!』
『――高崎さんも今日はうちに泊まっていきなさい。
結乃と一緒に夕食を食べながら、色々とお話を聞かせてくれ』
『はい。……ありがとうございます、小父さん』
お父さんの助け舟に乗じて由佐ちゃんとお泊まり会をして、
LINEじゃなく顔を向かい合わせてたくさんお話をして……。
そして満を持して迎えた今日のクレープ会なのだ。
世界を救った私達が、補修ごときに邪魔されるわけにはいかない。
【由佐ちゃんの初クレープまであと30分】
・
「あ、来た来た! 高崎さーん、こっちこっち!」
先に気付いた友達がぶんぶんと手を振り、それに気付いた由佐ちゃんがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「由佐ちゃんごめん、待ちきれなくてもうクレープ1枚食べちゃった!」
「結乃はいつもこうだからね……高崎さん、何食べたい?」
「え、えっと……何がおすすめかしら?」
「私の今日のお勧めはレインボーフルーツクレープ!
私ももう1枚食べたいから、由佐ちゃんのぶんも買ってあげるよ!」
呆れるように笑う友達を尻目に、私はクレープを2枚注文する。
ほどなくして店員から差し出された2枚のクレープは、
まるであの日のピクニックの時の空模様のようにキラキラと輝いていた。
「はい、由佐ちゃん!」
早速クレープを頬張りながら、もう1枚のクレープを由佐ちゃんに差し出す。
「……ええ。 ありがとう……」
(――……お姉ちゃん)
由佐ちゃんは何か小さく呟きながら、目線をクレープから足元に落とす。
「んん~? なになに、聞こえなかったからもう1回言って~??」
「――いえ、なんでもないわ」
我ながらうざったいほどに頬を摺り寄せる仕草に構わず、
由佐ちゃんは小さく、小さくぽつりと言葉を漏らした。
――世界が滅びる理由は愛だと思うし、私はそれを愛とは呼ばない。
ポエムっぽく意味深に書いてみたけど、良く考えたら当たり前の事だったと思う。
だって、愛を理由に世界が滅ぶわけがないんだもの。
「私は抹茶あずきクレープにしよーっと。
ねぇねぇ、せっかくだから高崎さんの初クレープ記念に写真撮らない?」
「えぇー!? もう私半分以上食べちゃってるよ!?」
「わ、私はまだ食べてないけど……」
「じゃあ問題ないね!ほらほら、結乃も高崎さんももっと寄って、はいチーズ!」
「うぇぇ~、こんな食べかけの写真じゃインスタ映えしないよ~~!!」
世界があと何日で滅ぶかなんて分からないし、
それが愛のせいだなんて、誰かの意思のせいだなんて思いたくない。
「さぁさぁ、それじゃ記念すべき高崎さんの初クレープといきますか!」
「そうだよ由佐ちゃん!ここのクレープほんと美味しいから覚悟してよね!」
「そ、そんなに……? それじゃあ覚悟して……あむっ」
だけど、もし私が生きている間に世界がもう一度滅びかけたら。
昨日みたいに上手くいかず、どうしようもない運命として受け入れる事になったら。
「…………。」
「ど、どう? 高崎さん?」
「どうかな、どうかな?? 由佐ちゃん??」
――その時は、昨日みたいに大好きな人と手を繋ぎながら迎えたいな。
「――……美味しい……。」
"世界が滅びる理由が愛を上回るのなら、"
"私は世界よりも愛を選びたい。"
プロフ画面をそんなポエムで更新しようとして、
やっぱり今のポエムごと綺麗さっぱり削除しながら。
私はクレープを頬張る彼女と目を合わせ、互いに満面の笑みを咲かせた。