突発的な試験の意味
「はっ…はっ…はっ…」
「ぜぇ〜ぜぇ〜」
走り終えた選手たちのうち、苦悶の表情を浮かべる者がチラチラ。開始から45分。20メートルダッシュを繰り返しただけで、ほとんどの選手が大粒の雨を流す。現在15分の小休止中である。
「なんだなんだ?ずいぶんだらしねえ奴がいるんだな?たった45分だぜ?」
「まあ、ある意味仕方ないんじゃないか?時間内だから数に決まりないし、チームによって練習方法違うしさ」
涼しい表情で見渡す剣崎と会話する竹内。この45分でスタミナのあるなしが、もう既に出始めていた。
しかし、ストップウォッチを手にした叶宮監督はやたら楽しげである。
「さあて15分たったよ〜。また45分走ろっかあ〜」
ここにいるのは、全員20そこそこの若い選手だけだ。だか、時間が続く間、無制限に短距離ダッシュを繰り返す。やがて身体が悲鳴をあげて動けなくなった選手も出てきた。そのたびにトレーナーが駆け寄り、継続の可否を査定する。無理と判断された選手には、次々とレッドカードが渡された。
「まあ、初めて見る人は仕方ないにしても、過去に呼んでる人もつぶれてるなんて、呆れた話ね〜」
叶宮監督は倒れていく選手を見てぼやいた。
この試験での脱落者は、思いの外多かった。清水、名古屋、セレーノ、柏からの参加者は全滅し、参加者が全員残っているのは和歌山と浦和だけになった。
そしてようやく45分が終わり、叶宮監督のホイッスルが響き渡った。
「は〜いお疲れ様ぁ〜。あなたたちは合格よ〜ん」
叶宮監督がそう告げると、選手たちはバタバタと倒れていく。その中で雄叫びをあげて喜んでいたのは剣崎だけだった。
「いよっしゃあ〜っ、代表入りだあっ!」
「…んなわけ…ねえだろバカ。どんだけ脳ミソ足りねえんだよお前は…」
西谷は耳を塞ぎながらぼやく。
一方で、内海は小宮のスタミナに舌を巻く。
「なんだよコミ…お前ほんとは…走れんのかよ…はあ…」
「へっ…走れてこその…才能だ。無駄に走らねえ…だけさ…ぜぇぜぇ…」
同じ頃、キーパー勢もアルバイトたちとのPK対決を終え、黒松コーチに連れられてフィールドプレイヤーたちと合流した。キーパーたちの第一声は「あれ?なんか減ってねえ?」だった。対して叶宮監督は、黒松コーチから受け取った記録表に、にやつきながら答えた。
「大丈夫!ここからもっと減るから」
さらにざわつく選手たち。記録表を投げ捨てた叶宮監督は、ウキウキした表情でキーパーたちに近づく。そして何人かの胸にレッドカードを貼り付けた。
「はい。じゃあカードもらった選手は、あのハイエースに乗り込んで〜」
指を鳴らすと、再びSPっぽい連中が現れ、カードを貼られた7人のキーパーを連行。最後の一人を押し込むと、ドアは勢いよく閉められ、ハイエースは出発した。それにむかって叶宮監督は叫んだ。
「オリンピックはぁ、来世で目指してねぇ〜っ」
「んじゃ、改めてぇ〜。みんなおめでとうっ!あなたたちはこの合宿に参加する権利を得ました〜」
一人ハイテンションに拍手する叶宮監督。状況がまるで飲み込めない選手は、そのノリについていけない。耐えかねて、九鬼が前に出て声を荒げた。
「あんた一体何がしたいんだよ。こんな訳のわかんねえトレーニングさせやがって!ただ走るだけで何がわかるってんだ!?」
「く、九鬼っ!なんて口利くんだお前は」
九鬼の態度をとがめる黒松コーチを制し、微笑む叶宮監督が九鬼と対峙する。
「そう怒ることないじゃない。まあ、確かにアタシの言葉が足りなかったわね。説明してあげるわ」
選手たちは、叶宮監督を囲うように半円状に集まる。「疲れてるでしょうから、座ってていいわよ」と叶宮監督は選手たちを座らせ、演説者のように振る舞いながら話し始めた。
「えっとねえ、アタシにとってまず大事なのは『疲れてるときに、いつまで速く走れるか』なの。DF、MF、FWのみんなには試合と同じ感覚で走ってもらってたってわけ」
「あっ!45分ってそういうことだったんですね」
「ピンポーン猪口く〜ん。まあ、ホントはやってる最中に気づいて欲しかったんだけどね」
「短距離だったのもスタートのタイミングがバラバラだったのも…それなら納得できるな」
内海も同じように頷く。叶宮監督は話しを続ける。
「じゃあキーパーの場合は?PKを止めたかどうかじゃないんだろ?」
「鋭いわね、友成くん。キーパーに関しては止めた数もそうだけど、どれだけ読めたかも査定ポイントよ。あとは誰であっても同じように集中していたか、数が重なっても集中を切らさなかったか、その他諸々よ」
「…PKだけでわかんのかよ。キーパーの良さがよ」
またも九鬼が噛みつくが、叶宮監督は一笑に付す。
「PKに強いかどうかはかなり重要よ?だってキーパーは8割不利なのよ?それを止めれるってのは心強いわ」
「でもよ、今のキーパーは足も使えてなんぼだろ?ちょっとテストがおかしいんじゃね?」
尚も食いつく九鬼の態度に、竹内は我慢ならなかった。
「敏也!お前いい加減にしろっ!監督のやり方に文句をつけすぎだろっ」
「んだよ俊也。ずいぶんいいこぶってんじゃねえか?」
竹内に呼応するように、他の選手が九鬼の振る舞いについて監督に問う。
「監督いいんですか?あいつ監督に逆らってばっかりですよ?」
「規律乱すような奴がいていいんですか?レッドカードものじゃないですか?」
抗議する選手たちに対して、叶宮監督はあり得ない答えを出した。
「別にいいじゃない。九鬼君はアタシのお・気・に・入・り。少々口が悪くても外さないわよ~」
全員が沈黙した。




