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「最大」一週間

 時系列、かなりさかのぼって1月下旬。U21アジア選手権で申請五輪代表が予選敗退に終わって数日後。東京の日本サッカー協会。その会議室で、五輪代表の叶宮監督は、代表強化部とある懸案について面談していた。

「中断期間に強化試合ねえ…」

 強化委員長の原田は頭をかく。

「唐突で無理があるのは百も承知ですよ。でもJ1の五輪候補をほったらかしにするのも気が引けるのよ~。せっかくの中断期間なんだし、他の子達の鮮度を見てみたいのよ〜」

 両手を合わせ、叶宮監督は、子供が小遣いをねだるように頼んだ。



 叶宮監督の提案は、リーグ戦の中断期間を利用した緊急合宿ないし強化試合の実施だった。6月初頭のJリーグ杯予選リーグ最終戦が終わると、J1の18クラブは丸1ヶ月実戦がない。その間、身体をもて余す五輪候補に実戦の機会を設けようと提案していたものだった。

「しかし、それでは公平性を欠かないか?J2にも目当ての選手がいるんだろう?」

「う~んできるだけ融通きかしたいけど、そこはできるだけ招集かけてもらえないかしら。その頃はJ2もまだ取り返しつく段階でしょうし。アタシもそのあたりは妥協するわよ」


 強化部は終始渋い表情だったが、アジア選手権の惨敗を受けて実戦経験と連携の構築は必要と判断し、6月末にそれの実施を決めた。





 時間を元に戻し、6月下旬。アガーラ和歌山のクラブハウスに送られたFAXを見て、今石GM以下和歌山のフロント陣は呆れかえっていた。

「これ・・・あのオカマ野郎正気かよ・・・」

 今石がFAXの内容に対する第一声。竹下社長やバドマン監督もどう反応すべきか迷っている感じだった。

「喜ばしい・・・ことでしょうか」

「各ポジション、まんべんなく召集されていますからねえ。まあ、日本代表に呼ばれることは悪いことではありません。選手が覚醒するきっかけになりえるでしょう」

「そうなってくれりゃ・・・今からでもリーグ優勝できるね。冗談抜きで」




 その内容は、練習後に選手全員に伝えられた。そして誰もが驚き、ざわついた。

「だー、静かにせい。気持ちはわかるがよ」

 今石GMは選手たちを制して咳払い。再び口を開いた。

「えーつーわけで、今回の合宿、わがアガーラ和歌山にも招集がかかった。メンツは前回の友成と小宮に加えて・・・猪口、大森、竹内、剣崎。この4人がさらに招集された。1クラブ6人てのは当然ながらダントツトップだ」

 選手たちがざわついたのもまさにその点。J2、J3からはもちろんJ1からも招集者なしのクラブがあるのに、和歌山からは6人も招集された。これに次ぐのは浦和の4人である。そもそも、今回はなんと65選手が呼び出された。実際のリーグ戦のスタメンとベンチ入りの合計18人に照らし合わせても4チーム分を上回る。代表というよりトレセンに近い。


「つーか監督、他のクラブはどんな感じなんすか?」

 戸惑いだらけの中で、栗栖が状況を尋ねる。

「そうだな・・。まず近いとこで言えば、ガリバーの櫻井も呼ばれてるな。ま、あのオカマ野郎はかなりのゲテモノ食いだから当然っちゃ当然だな」

「ふん。ま、あの監督がなかなか『マトモ』なのは認めてやるかね」

「まともかどうかといえば、実際はかなりずれてるけどな」

 上から目線で叶宮監督のチョイスをほめる小宮に友成は突っ込む。今石は資料を手にさらに続ける。

「J2からだと・・・・。東京Vの御船、湘南の内海、福岡の近森・・・あ、あと尾道から亀井も呼び出されてるな」

「な、なにっ?」

 らしからぬ声を上げたのは野口。彼は亀井とは同期入団である。

「J1に武者修行にきてる俺を差し置いてかよ・・・。なんかリードされた感じすんなあ」

 がっくりと肩を落とす野口。続いて今石の言葉に桐嶋が落胆する。

「あ、あとおもしれえ名前がある。西谷も招集されてっぞ」

「げっ!うそでしょ?なんつうシンデレラストーリーだよ・・・」

 高校の同級生にますます差を広げられ、桐嶋は野口以上に大きなため息を吐いた。


「今度の合宿は一週間か。前回のと比べたら、かなり楽しめそうだな」

「ああ。最大な」

「は?」

 息巻く友成は、今石の発した言葉の意味を理解できず間抜けた返事をする。

「FAXに書いてんだけどな。『期間中、叶宮が不要と判断した場合、初日であっても送還の可能性あり』だと。相当なサバイバルレースだな」


 他人事のように笑う今石。剣崎ら初招集の面々は、表情を強ばらせていた。








 そして合宿の日。静岡にあるトレーニングセンターに、招集をかけられた五輪代表候補65人が集まった。今回は当然ながら初招集の選手がほとんどで、数少ない常連選手は戸惑いを隠せないでいた。


「一体何考えとうと叶宮監督。こげん集めて意味あると?」

 J2福岡のMF、近森芳和ちかもり・よしかずは、周りを見渡して思わずぼやいた。

「まぁ、考えの読めない人だってのは、今までの振る舞いで想像はついてたけど、それでもいい気がしないのも確かだな。しかし、こうして見るとトレセンを思い出すよな」

 ユース代表の頃から代表でキャプテンを任される湘南不動のセンターバック、内海秀人うつみ・ひでとは、近森に同調しながらも達観した素振りを見せる。そんな二人に渡が声をかけた。

「ようお二人さん。お前らもまた呼ばれたか」

「おうノッポ(渡)。お前も『川崎の守護神』が板についたな」

「こないだも和歌山相手にキレキレだったな」

 内海の言葉に照れ、近森の言葉に苦笑する渡。ある選手を見てつぶやく。

「ま、あの小宮が太鼓判を押す男だ。本当にすごいのか、お手並み拝見というわけさ」

 視線の先には剣崎がいる。近森、内海も彼を見る。二人はJ2時代に剣崎と対戦経験がある。

「J2だけや思たが、やっぱマジで化け物やったと…。内海ヒデ、お前どげん思う?」

「…さあな。頼れるかどうかは、実際に肌を合わせてからだ。百聞は一見に如かず、って話だからな」

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