犯人との邂逅
「しかし友成よ。おめえよく蹴りなんて出せたな」
取り抑えられた男を見下ろしながら、剣崎は友成のハイキックに舌を巻いていた。
「ま。趣味でやってるキックボクシングの成果だな。サッカーやってたらハイキックなんてやらねえからな」
平穏なJリーグクラブのクラブハウスで、突然起きた殺人未遂事件。取り抑えられた犯人は、今石GMの見知った顔だった。
「あ、あんた…確か山城商業の…」
「やましろしょうぎょう?なんだオヤジ。こいつなんかの会社の人か?」
「バーカ。山城商業ってのは高校だよ。…それで思い出した。こいつそこのサッカー部の監督だ」
間抜けた返事をした剣崎に、友成は解説する。それを受けてからもう一度男の顔を見ると、剣崎は目を見開いて驚きの声を上げた。
「ぬあっ!思い出した。あのやたら怒鳴ってた監督だ!」
男は歯ぎしりしながら呟いた。
「…正確には『元監督』だがな。人生を潰した人間を覚えてるあたりはほめてやるよ…」
男は立花育郎といい、かつて京都の高校サッカー界で知る人ぞ知る有名な監督だった。全国でも類を見ないフィジカルトレーニングで選手を鍛え上げ、公立校である東丹波、山城商業の二校を全国選手権に導いた。
今石と立花の邂逅は3年前。今石がユースの監督をし、剣崎、友成が所属していた頃まで遡る。
秋ごろ、アガーラ和歌山ユースは、山城商業高校へ練習試合に出向いた。この日、山城商業高校は文化祭の最中で、この試合は学校創立80周年と創部20周年の記念試合として行われた。当初は京都バイオレッツのユースとする予定だったがスケジュールが折り合わず、代替として京都関係者から和歌山に連絡が入り、今石が快諾して実現した。
このころ、立花は山城商業を率いて6年目。三年連続で府大会ベスト4に終わった捲土重来を目論んでいた。例年以上に厳しいトレーニングを選手に課し、手応えも感じていた。そして、プロ予備軍である和歌山ユースとの試合に勝って、冬の予選に弾みをつけようと考えていた。
和歌山の面々は、対戦する山城商業サッカー部の選手を見て呆気にとられていた。
「へぇ〜向こうの部員みんな剣崎みたいだな」
ウォーミングアップ中、竹内は筋骨隆々の相手選手たちに気圧されていた。一方で友成は首を傾げていた。
「サッカーっうかラガーマンみてえだな。確かに体格はいいにこしたことはねえが…。あれでまともにサッカーできるか疑問だな」
「ま、公立校らしいちゃらしいよな。確かにフィジカルは一番練習させやすいし、それで全国いったこともあるしな」
達観したように栗栖も呟く。そんな中、彼らが気になったのは立花の指導方法だ。
「ばか野郎っ!!」
ウォーミングアップだというのに、とにかく選手を怒鳴る。些細なミスや小さい声など、少しでも癪に触るような態度が感じられると、周りの視線構いなしに叱責した。
その様子に、剣崎は不信感を覚えた。
「なんかあいつらサッカー楽しめてんのかよ。なんか監督にびびってるよな」
「ほらほらお前ら、あんま他人のことは気にすんな。まあサッカーは身体でするもんじゃないってことを見せりゃいいだろ。さ、ピッチあげろよ」
今石監督が、改めて選手にはっぱをかけていた。
一方で山城商業サイドも、和歌山の選手たちを見ていた。そして戸惑っていた。
「なあ、あいつら…Jリーグのユースなんだよな」
「ってことはプロ予備軍…だ」
「でもさ…あんな小さいやつはアリなのか?」
「それ以上にあのガリガリのはどこできんだ?」
「キーパーちっさいのいなくね?でけえのも見てたらリフティングできてねえ…」
戸惑いが次第に失笑、嘲笑に現れ、選手の間には楽勝ムードが漂う。それを立花が締めた。
「いいかお前たち。この試合は選手権に弾みをつけるための試合だ。全国いくためにも、この試合勝つんだぞ。いいか」
「はいっ!」
立花の言葉に選手は返事する。しかし、立花は数人の頬を叩いた。
「小さいんじゃバカたれっ!腹から出せ腹からっ!!」
そしてキャプテンを勤める柳田をなじった。
「お前がしっかり気張らんから抜ける選手がおるんじゃっ!もっと気ぃ入れろっ!」
「ウスッ!!すいませんでしたぁっ!!」
キャプテンの柳田は、立花の指示に忠臣のように大きな返事をした。その光景はどこか違和感があったが、誰も何も言わなかった。選手権出場という箔がそうさせていた。
そのやり取りを遠巻きに見ていた今石は、ある程度気楽にいこうと考えていた思考を切り替えた。
「おうお前ら、ちょっとこの試合は性根入れていけよ。ちょいとあちらさんの監督を懲らしめるつもりでな」
「と、言いますと?」
栗栖の質問に、今石はこう答えた。
「サッカーは身体鍛えりゃなんとでもなるスポーツじゃないことと、このチームが何故全国にいけないかの理由を突きつけること。これをテーマにいくぞ。サッカーに限らず、スポーツは楽しめなきゃいけないからな」
今石の言わんとすることを、誰もが何となくであるが理解していた。
そしてこの試合が、数年後の今の殺人未遂事件の源泉となったのである。




