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実質最下位からのスタート

今回は少しさらっとしてます。

 開幕戦を半ば強引な試合運びで、とにもかくにも勝利で飾ったアガーラ和歌山。しかし、選手たちに慢心はない。むしろ一層気を引き締めてトレーニングに励む。王者広島の次に挑むは、名門鹿島エンペラーズ。再来週には天翔杯王者の横浜ネオマリナーズ。いずれも敵地でのゲームが続く。ブラジルW杯の影響で、カップ戦もありながら過密日程となる今シーズンのJ1。激しい戦いが予想される一方、コンディション次第では誰にでもチャンスがある。開幕戦のベンチ入りを逃した選手たちの気合いも入った。



「沼井っ、フォロー」

「させるかっ!」

 天野のコーチングでボールを奪いにきた沼井を、野口は巧みな足技でかわす。そのまま持ち込んでシュートを打つ。ポストに弾かれたが、矢神がつめて押し込んだ。


 かと思えば…

「ヒロっ、よこせ」

「ほーいほい」

 内村からスルーパスを受けた佐川が、本田と一対一。

「にゃろーっ!」

「ちっ!」

 飛び出してきた本田にコースを塞がれ佐川はバックパス。

「まかせろいっ!」

 息巻いて長山がミドルを放つが明後日の方向へ消えた。


「へーへー長さんそりゃねえぞ?」

「サーさんがくれたチャンス潰しちゃダメよー」

「う、うるせい。急にきたから心の準備できてなかったんだい」

「…その言い訳きついって」

 ピリピリしたムードでも、長山をいじる余裕もあった。



「いい感じの雰囲気だな。声も出てるし、選手の表情も固すぎない」

 クラブのオフィシャルライターでもある玉川は、和歌山の活気のよさを評価していた。

(若いくせに、勝ちに対する浮わつきがない。これもバドマン監督のメンタルコントロールの賜物かな)


 バドマン監督は普段の練習で、いや、キャンプ開始直後から必ず口にする言葉がある。


「今年のJ1は、我々だけが初心者だ。つまり、スタート地点は16番目ではなく18番目と考えてもらいたい。我々は負けて当然の立場で、一つの勝利の意味は残留の為の勝ち点を得ただけでしかない。挑戦者、弱者であることを忘れないでほしい。兜の緒を締めることを忘れたら、瞬く間に致命傷を追うことになる」


 挑戦者あるからいろいろなことにチャレンジでき、弱者であるから一つ勝ったところで何も変わらない。この2つを徹底して選手に伝え続けた。

「正直しつこい。いい加減聞きあきた」と小宮はぼやくが、彼ですら「監督が浮かれてない以上、選手が浮かれたら罪だ」と気を引き締めている。



「まあ、中断期間まではしんどい戦いが続くだろうし、今は浮かれてる場合じゃないからな」

 メモをとりながら、玉川は呟いた。



 迎えた8日の鹿島戦。スタメンとベンチ入りメンバーに変化があった。


スタメン

GK20友成哲也

DF15ソン・テジョン

DF26バゼルビッチ

DF23沼井琢磨

DF14関原慶治

MF2猪口太一

MF17チョン・スンファン

MF16竹内俊也

MF8栗栖将人

FW10小宮榮秦

FW9剣崎龍一


ベンチ入り

GK1天野大輔

DF5大森優作

MF4江川樹

MF7桐嶋和也

FW11佐川健太郎

FW25野口拓斗

FW36矢神真也


 沼井が大森からスタメンを奪い、チョンと猪口のダブルボランチ。竹内が中盤に下がり、前節勝利の立役者となった二人が2トップを組んだ。さらに前節は鶴岡だけだった控えFWは3人に増え、佐川、野口が移籍後初のベンチ入りを果たした。



 試合は終始鹿島に主導権を握られる苦しい展開を強いられるも、チョンを中心に粘り強く耐えしのぐ。この日も友成は好調を維持し、幾度となく鹿島の前に立ちはだかった。

 一方で攻撃は頼みの2トップがセンターバックのマンマークに手を焼き、繋げどもなかなかシュートに持ち込めない。剣崎のシュートは威力はあっても精度を欠き、小宮はキープ力を発揮したが自ら仕掛けようとするとボランチと二人がかりで潰された。竹内、栗栖の両サイドもバイタルエリアを固める鹿島の中盤によって外側からのプレーに押し込められていた。


 守護神友成の独壇場で前半を無失点にしのぐと、バドマン監督は大胆な手を打つ。なんと後半の頭からいきなり交代カードを二枚切る。チョンに代えて野口、栗栖に代えて佐川を投入。小宮をトップ下に下げて2トップを剣崎と野口のパワフルコンビに、中盤はトップ下小宮を挟むように左翼佐川、右翼竹内の形に変えたのである。


「ようタクト。一足遅かったな。得点王争いは俺が『二歩』リードだ」

 剣崎は挨拶がわりに、野口に嫌みを言う。ただ、言われた野口も嫌な顔をしていない。

「なに。すぐに追い抜いてやるさ」

「…んじゃ、手始めに向こうのセンターバックに勝つぞ」

「おうっ!」


 剣崎と野口が闘志を燃やすなかで、佐川も深呼吸して気持ちを整えた。

「それじゃ、まずは自分の地固めに一仕事しますかね」



 バドマン監督の施した一手は、見事なまでにハマる。鹿島のセンターバックは次第に押されはじめ、サイドバックも和歌山の両サイドに競り負ける。最終ラインが前半よりもポジションを下げさせられたことで中盤が間延びし、トップ下の小宮に自由を与えてしまった。


「単細胞と木偶の坊の2トップか。パスを出してやるから周りはもっとからめよ」

 後半も互角の展開が続いたが、後半23分過ぎについに均衡が破れる。小宮のスルーパスに反応し、相手サイドバックの背後を突いた佐川がフリーの状態でクロスを上げる。ファーサイドの野口がヘディングで折り返すと、剣崎が豪快なジャンピングボレー。これはバーを叩いたが、こぼれ球に反応した竹内がスライディングで押し込み、ついにネットを揺らした。

「ちっきしょー、俊也に美味しいとこ持ってかれたぜ」

「剣崎決めろよ。俺のアシストにならねえじゃん…」

「タクトドンマイ。あと剣崎、ごちそうさん!」



 先制点の瞬間こそ沸いた和歌山であったが、すぐさま気持ちを切り替える。鹿島もカードを切って攻撃に厚みを持たせてきたからだ。対して今ゴールを決めた竹内に代えて矢神が投入された。指揮官のメッセージを携えて。

「『どうせならもう一点とろう』だそうです」



 後半ロスタイム。パワープレーでゴールをこじ開けようと、前がかかりになった鹿島の虚を突いた佐川がサイドチェンジ。反応した矢神が40メートルをドリブルで独走。追いかけてきたセンターバックから最後まで逃げ切り、キーパーもループシュートでかわして止めを刺した。



 かくして和歌山は開幕2連勝。ブラジルW杯で期待される各クラブの代表選手を押し退けて、J1の主役に躍り出た。


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