彼女の意地
二階へ上がると、蒸し暑い廊下が出迎えてくれた。
彩水の部屋に向かう前に、横目で静奈さんの部屋を確認する。開け放たれていた部屋の中で、破壊されたはずの窓が元に戻っていた。魔法により直したのだろう。
それからすぐに彩水の部屋の前に辿り着く。僕は一度深呼吸をして、ドアをノックした。
「……はい?」
恐ろしいほどか細い声が返ってくる。
僕は不安になった。このまま声を掛ければ絶対に部屋を出てくることはないだろう。ならば無言で佇み、彩水が扉を開けてくれるのを待つしかない。
けれど、その目論見はあっけなく覆された。
「……お姉ちゃん?」
呼び掛けられた。答えないとさすがに駄目だろう。一度小さく息を吐いて、ゆっくりと、かつ慎重に声を出す。
「……僕だよ。隆也だ」
ドン! ゴドン! ガタン!
ずいぶんと盛大な音が扉越しに響いた。というか最初の音は思いっきり扉の裏側だったのだが、大丈夫なのだろうか? 頭をぶつけた音みたいだったが。
「う、う~!」
声が漏れてくる。なんとなく頭を押さえて痛みを堪える彩水の姿が思い浮かんだ。
これは重症だと内心思いつつも、口を開く。
「あのさ、彩水。話したことが――」
「う、ううん! いい! こっちはいいから!」
喚くように僕へ答えてくる。あー、駄目だ。完全に塞ぎこんでいる。どうすればいいんだろうか、これ。
「いや、でもこのまま引きこもっていても……」
「薬とかできたら、お姉ちゃんに貰うから! 私は大丈夫だから!」
大丈夫、という語句の部分で少し涙声になった。
その声音にこちらは困惑しつつ、どうにか言葉を絞り出す。
「あのさ……」
言いかけた時、ふいに扉の奥の気配が変わった。
ヴァンパイアだから気付けたのかもしれない。彩水が僕に対し――杖を構えたのを悟る。
「へ?」
「正義と平和をまき散らす、魔法少女アルティメットリーン参上! さあ! 黙って私に首を差し出しなさい!」
よどみが一つもない、魔法を使う宣誓の声。僕は無意識に半歩退いた。
「あ、彩水――!?」
「――吹き飛べぇぇぇぇ!」
直後、扉が破壊され暴風が僕を襲う。予想外の行動に全く動けず、風の流されるまま後方へすっ飛ばされる。
「ちょ、ちょっと――!?」
声を上げる間に、反対側の廊下の壁に叩きつけられた。ヴァンパイアのせいで痛みはないが、吹き飛ばされたことで頭が完全にフリーズする。
彩水はその間に砕けた扉を直し、また閉じこもった。呆然とそれを見る僕。聞く耳は持たないらしい。
「しかも、あんな風に魔法が使えるって……」
確か心が澄み渡っていなければ魔法は使えないはずなのでは? そう思ったが、僕を押し返すという一点だけは、嘘偽りないということなのかもしれない。
「……どうしようもないな、これ」
呟いて立ち上がると、下から静奈さんの声が聞こえてきた。
「大丈夫ー? なんかすごい音が聞こえたけど」
「……はい」
少し間を開けつつも、どうにか応じる。
再度彩水の部屋を見て、声を掛けてもさっきと同じになるだろうと判断。一階へ戻る。
リビングでは心配な様子で僕を見る静奈さん。彼女に簡単な説明をすると、
「うーん、ずいぶん強情ねぇ」
腕組みをし、憮然とした面持ちで言った。
「なんというか、もう意地って感じね」
「どうすればいいんでしょうか?」
「何かきっかけがないと難しいかもね」
静奈さんは努めて冷静に言うが、瞳には憂慮の要素が込められていた。
「ただ、これ以上押し問答していても仕方が無いし、もう少し時間が経ってからにしましょうか」
「そうですね」
僕は頷き、待つことにした。ならば残る問題は一つ。
最終局面、と思われる場面なのだが、どうにも終わりが遠いように感じられるのは、気のせいだと思いたかった。




