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馬鹿兄クライシス  作者: 陽山純樹


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露見していた事実

 周囲を見ると、静奈さんはほっとした表情。そして玲香はおばさんの体を何度も確認しながら、うんうんと頷いていた。


「戻ったみたいだから、夕食の準備でもしますか」


 おばさんは立ち上がると、台所へ向かう。そして、歩きながら僕達に告げる。


「今日はカレーの予定だったから、みんなも食べていきなさい」


 そう言って準備を始める。

 僕達は互いに目を合わせる。マイペースなおばさんにほくそ笑んで、とりあえず事態が良い方向にいったことを確認する。


「じゃあ、後残る問題は二つね」


 玲香が言う。指を二本立てて、話し始めた。


「一つ目は家の馬鹿兄の件。さっきも言った通り小心者なわけだし、どうせやろうとしていることもその内飽きるだろうから無視してもいいよ。どうせ大したことやらないし大丈夫でしょ」

「そんな楽観的でいいの?」


 なんとなく、僕が玲香へ反論する。


「せめて監視役くらいは必要なんじゃないかな?」

「監視、ねぇ……まあ確かに、異常事態が起きたりするとまずいし、一理あるかな。でも、誰が?」

「それは、僕がやるよ」


 手を挙げた。対する玲香は目をぱちくりとさせる。


「どうして?」

「実力的に暴走抑えられそうなのは僕しかいないし。なおかつ勇者だし」


 冗談めかしく言う。だけど本心は打算があった。

 玲香は二つの問題があると言った。その内一つは紛れも無く幸一先輩の件。そしてもう一つはおそらく――彩水の件。逃げるわけではない。疑われるかもしれないが決して逃げるわけではない。ただ重大な問題を控えている以上、まだ踏み込めない問題だと判断しただけだ。


 もう一度言うけど、逃げるわけじゃない。


「なるほど、勇者ね」


 淡泊に、玲香は答えた。その眼はどこか、こちらの内心を見透かすような含みがある。


「だけど、それは受理できない」

「……何で?」

「その辺は、私が何とかする。というより、家の馬鹿兄のヘタレっぷりは私が一番認識しているから。対応もしやすい」


 そう言われるとこちらは何も言えない。さすがに意見を押し通すわけにもいかず、無言となる。


「だから、隆也君は問題その二を片付けなさい」


 それがなんなのかわかっている。僕は一瞬だけ迷い――神妙に頷くと、玲香はゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ兄の所に行ってくるよ」

「場所の候補があるの?」


 尋ねたのは静奈さん。玲香は小さく首を縦に振ると、僕達に背を向ける。


「馬鹿な幸一が外で食べると言ったら一つしか私は知らないから。ここに連れて帰って来るよ。カレーができるまでに」


 颯爽と――どこか格好よく、玲香はリビングを出て行った。

 残され見送った僕は、静奈さんへ目をやる。彼女は視線を合わせると小さく笑った。あ、これはもしや――


「ああ、なんというか……ごめんね。彩水の件、頼むよ」


 どうも、全てを押し付ける気でいるらしい。


「いや、静奈さんもできれば協力……」

「さっき下りてきたんだけど、口もほとんど聞いてくれなかったのよね」


 静奈さんは言うと、頬をポリポリとかきつつ困った顔をした。まあ、あんな無茶をしでかした以上、その結果は当然だろう。


「何の話だ?」


 そこへ空気を読まない兄の発言。

 だけど話せるわけがない。黙り込むと、台所からトントントンとリズミカルにまな板を叩く包丁の音が聞こえてきた。それが妙に心地よく、思わず耳を傾けてしまう――その間に、兄は静奈さんと僕を交互に見た後、呟いた。


「ああ、彩水ちゃんか。とうとうバレたのか」

「ぶっ!?」


 思わず噴き出した。ちょっと待った!?


「何でそんな驚く顔をしている? 観察していればすぐにわかるぞ」


 世間話をする調子で、兄は言う。僕はぐうの音も出なかった。


「というより、お前の場合は見れなかったのだな。それはすまん」


 なぜか謝る兄。僕は浮かび上がった様々な言葉を飲み込み、腑に落ちた。

 兄は恋愛事とか一切興味の無い人間だ。それは日頃の暮らしぶりや、ふざけた実験からも理解できる。しかし、天才肌という性分からなのか、他人の心情をあっさりと看破してしまう。例外は近くにいた僕や静奈さんくらいだ。そのため、僕は時に意識的に、普段は無意識に兄に気取られないように行動している。


 ただ彩水もその例外に入るはずなのだが――兄が看破してしまう程度には、しっかりと顔に出ていたという話なのだろう。


「進展があって良かったじゃないか」

「……あのね」


 がっくりとうなだれた。そんな場合ではない。


「でも、ただねぇ……」


 静奈さんが苦笑する。兄はその様子を見て――ああ、と合点が言ったように呟く。


「なるほど、サキュバスの能力によって全部知れ渡ったわけか。つまりは、静奈の心情も知れたと」

「うん」


 事もなげに答える静奈さん。

 僕は深くため息をついた。どうやら静奈さんもまた、そうした感情を兄に把握されていたようだ。


「うーん、確かにそれはまずいな。様子がおかしかったのもそれが原因か。しかし、彩水ちゃんの部屋を開けるには、隆也の力が必要なのもまた事実だな」

「僕……か」


 呟き、涙を一杯に溜めた彩水の顔を思い出す。

 あの顔は、知られてはいけないという意志から来るもののような気がした。


「ねえ、二人ともいい?」


 この際だ、と二人へ質問する。目線がこちらへ向かっていたので、了承の意だと受け取り口を開く。


「その、何で彩水はああした態度を?」

「嫌われると思ったんじゃない?」


 静奈さんが答える。だけどどうにもピンと来ない。


「何で嫌われていると?」

「中学に入って疎遠になっちゃったでしょ? 隆也君が話し掛けても逃げるようにしていたらしいし、そういうところが理由かもね」


 なるほどと思った。だとしたら解決もそれほど難しくないかもしれない。


「手が浮かんだようだな」


 兄が心を読むかのように言う。僕は小さく頷いてから、立ち上がった。

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