最悪な先輩
僕らの通う中学は、彩水の家から徒歩二十分程度の距離にある。公立中学でありながら進学校への進学率が高く、勉強に力を入れている学校だ。
一年半通った思い出は、それほど多くは無い。小学生の時のようにはっちゃけるわけでもなく、クラスの中心にいるわけでもないためだ。さらに彩水と疎遠となってしまったことが、そうした感想を抱く大きな要因かもしれない。
ともかく僕は当たり障りのない中学校生活を過ごしてきた。もっともその間に、馬鹿兄の実験は数えきれないほどあったわけだが。
僕と玲香は学校に到着し、正門を抜ける。建物を挟んで反対側にグラウンドがあるので、まずはそちらを確認するというのが道中の結論だった。
「あ、しまった」
ふいに玲香が声を上げる。
「制服に着替えてないよ、私達」
「ん、そういえばそうだね」
僕も今更気付いたが、楽観的に答える。
「でも遠目から見たら、僕らだってわからないと思うよ。骨格までは変わっていないけど、髪色とか変わっているわけだし」
「それもそうか……私の方は怪しいけど、なんとかなるかな」
彼女は意見に賛同し、グラウンドへ歩き始めた。
建物の横手を通るコンクリートの道を進み、グラウンドを一望できる場所へ到着する。
砂の地面は、まだ明るい陽の光を受けて大変暑そうだった。だがそうした中でも、時間帯的には部活動をしているクラブも多い、はずだった。
「うわあ……」
玲香が呻いた。僕も同じ心境で絶句する。
グラウンドは一言で述べると、惨状だった。部活動はサッカーの他、野球、陸上部など様々行われていたはずだ。そうした人々が余すところなくグラウンドで倒れている姿というのは、不気味極まりない。
その中で唯一立っている人物は、サッカーのユニフォーム姿の男子生徒。仁王立ちに構え、風に乗って笑い声が聞こえてくる。見た目は金髪で異国の人間のようにも見えるが、目を凝らした玲香が呟いた。
「間違いない、家の馬鹿兄だ」
どうやらこの所業は、幸一先輩が引き起こしたものらしい。僕らは互いに目を合わせた後、そちらへ近づいていく。
相手が気付いたのは、グラウンドに入って少ししてから。相手はこちらに顔を向けると、眉をひそめた。
「ん? お前ら――」
玲香の存在に気付いたらしく目を見開く。髪色が変わってもさすがに判別できるらしい。
「ああ、玲香……そうか、お前も」
「不本意ながら」
玲香がぶっきらぼうに答えると、幸一先輩はくっくと笑った。
「そうかそうか……で、そっちはお前の彼氏か?」
「違います」
丁寧に玲香が答えた後、僕が自己紹介をする。
「ど、どうも。幸一先輩をそんな感じにした元凶の兄を持つ、細波隆也です」
「ほう、元凶とは?」
僕は周囲で倒れている人に気を払いつつ、簡単に説明をする。
喋りながら地面の人達を観察すると、幸一先輩の周囲には先生が幾人も見られた。きっと異変に気付き仲裁に入ろうとした結果、やられたのだろう。
「……で、今は兄が僕らを元に戻す薬を使っています。それで、その薬を飲むために一旦こちらに来てほしいんですけど」
「必要ないな」
僕の言葉に対し、幸一先輩は小さく笑みを浮かべた。
「こんな力を手に入れられたんだ。別に戻る必要ないだろ?」
一蹴されて、僕は横にいる玲香を見た。
彼女は「やっぱりだ」という面持ちで、幸一先輩を睨んでいる。僕は視線を戻し幸一先輩をじっと見て、危惧を抱く。
目の前の相手の能力は、残る一つである魔王。よりにもよって、魔王だ。
「そう! 俺は手に入れたんだ! 誰もがひれ伏す絶対的な力を!」
叫び、幸一先輩は両腕を腰に当て、大きく胸を張った。
どことなく兄と同じ臭いを感じるのは、僕だけだろうか?
「あー、幸一。悪いんだけど」
そんな様子の(彼女にとって)馬鹿兄に対し、玲香はパタパタと手を振り、呼び掛けるように話す。
「厄介事はもうこりごりなのよ。で、こちらとしては速やかに連行させてもらいたいんだけど」
「拒否する」
「ほう」
玲香が挑発的に呟いた。そんな様子に、幸一先輩はニヤリとする。
「いいのか? そんな余裕で?」
ずい、と幸一先輩が一歩前に出る。
僕は内心ハラハラし始める。玲香は超能力者。幸一先輩は魔王。あの馬鹿兄がどういう設定をしたのかわからないが、少なくとも魔王が超能力者よりも弱いなんて話にはなっていないはず。
だが、玲香は一歩も引かない。むしろ幸一先輩と戦うような面持ちで見据える。
そんな沈黙は、およそ三十秒ほど続いた。やがて、口を開いたのは玲香。彼女は静かに、宣告するように告げた――




