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第六話

「お前本当に大丈夫かよ」

 昼食の時間、お茶をいれて運んでいる最中に田中がそう聞いてきた。

「大丈夫だよ」

 誰も彼も大丈夫かと聞いてくる。そのせいで相手が田中だと無性に腹が立って、乱暴な返しになるのだった。

「顔色かなり悪いぞ」

「マジで?」

 それは初めて指摘された。武本さんの方を見ると「うん。悪いね」と言われてしまう。

「調子悪いんじゃないの?大丈夫?」

「全然そんなことないんですが」

 確かに気分は優れない。香耶のことを考えていたらいつの間にかそうなっていたのだろうか。こんな時香耶だったら顔の赤みを偽造することもできたのだろう。あっさりと答えたつもりなのだが、仕事に支障のあるものではないということを伝えるには至らなかったようだ。二人して心配そうに僕の顔を見ている。

「ちょっと悩み事があるだけで、体調は万全なんで」

「悩み事って何だよ。言ってみろよ」

 おせっかい。真面目に相談しようにも「自分は魔法が大して使えないので生きている価値が無いのではないか悩んでいます」なんて話したら二人共考え込んでしまうのではないか。どうはぐらかそうかと考えて、自分の顔色が悪いらしいことを考慮して「生きていく自信が無いんです」と言ってみた。

「何もできずに死んでいくような気がして怖いんです」

 でたらめを言ったはずなのに、なぜだか自分が本当にそのことで悩んでいるような気分になってきた。

「うわあ、わかるわそれ」と田中は肩を叩いてくる。武本さんもうんうんと頷いていた。

「なんか最近さ、俺より若いやつが活躍してるのをテレビで見ると、落ち込むもんね」

 やっぱり、と田中が勝手に語り始める。

「やっぱり才能の無い人間として生まれたからにはチームワークで勝負なんじゃねえのかな。一人で何でもできると思ったら大間違いだっていうかさ。凡人ならではの結束ですよ。知恵を出し合い一致団結して」

 田中のテンションのせいで、自分が本当に悩んでいたかどうかもどうでもよくなって、なんだこれは、という気分になる。武本さんは終始にっこりとして田中の演説のようなものを聞いていた。

 耳に入れず、香耶のことを考えているとまた肩を叩かれた。

「そういうわけだから、頑張ろうぜ」

「ああ」

 適当に答えておく。

「そうだよ。生きていればいいことが起こるもんだよ」

「そうですよね」

 まるで悩みが解決した風を装う。相談したってどうにもならない。世界が変貌するか、命を捨てるかしないと悩みからは抜け出せないのではないか。しかし武本さんはずっとにっこりしている。老成すればどうにもならないことを諦められるのだろうか。だとしたら早く老いてしまいたい。若いと可能性があるように思われてしまうけれど、希望が実現するに至らないそれはただ背負わされているだけなのだ。

 仕事をしていたかったので、昼食を終えてすぐに外に出る。魔法で野菜を育てていると、そこだけ物凄いスピードで何ヶ月も経っているように見える。日が暮れるまでに何ヶ月も何年も過ぎていくのだ、と考えると自分のやっていることが酷く不健全な行為に思えてくる。それでも痩せた人参をひたすら作る。そうしているうちに死ねたらいいのにと思いながらひたすら作る。

 作った中からいくつかもらって、仕事が終わる。尖った人参をビニール袋に入れて帰る。

「早く休みにならねえかなあ」と田中はわけのわからないタイミングで言った。とりあえず「そうだな」と答えると、

「俺今度の休み、一人旅するんだよ」と言ってくるのであった。

「へえ、どこに?」

「そこまで遠くじゃないけどな。京都をぶらぶらしてみる予定なんだよ」

 僕はまた「へえ」と言う。羨ましいとあまり思わなかったので言わなかったのだが、やはりそれを言っておいた方が話が途切れなくていいのだろうか、と考えて言おうとしたのだが、田中が発言する方が先だった。

「本当なら一人じゃなくて誰かと行きたかったんだけどな。でもお前みたいに彼女いるわけじゃねえし」

 そして彼は「お前は香耶ちゃんとどっか行ったりしないのか?」と聞いてくる。近くじゃなくて旅行だぞ、と念を押して。

「行かないけど」

 すると田中は「うっわあ」と言いながら仰々しくのけぞって、

「勿体ねえ。勿体無さすぎる」と言い、さらに「人生の半分は損してる」と断言するのであった。

「そうかな」

「そうだとも」

 そんなに損をしているのだろうか。旅という言葉から連想できる思い出は修学旅行だけだった。しかしそれも友人と学校でも家でもない場所で遊んだという印象が強くて、人生の半分とは言えそうにない。

「そこまで面白そうに思えないんだけど」

「何言ってんだお前。短い休みを利用して海外に行くってやつもいるくらいなんだぜ」

「本当かよ」

「ああ、マジだ」

 ちょっと信じられなかったのだが、田中にしてみればそのくらいしてもおかしくないということらしかった。

「引きこもって何になるよ。もっと色んな場所に行こうぜ」なんて言ってくる。

「ううん」

 考えてしまう。そうした方がいいのだろうか。実は香耶も内心行きたいと思っていたりするのだろうか。自分だけがそういうことを全く考えていなかっただけで。

 帰って、早速香耶に聞こうとしたら、彼女は僕が食後に涼むのに使っている緑のスペースで昼寝をしていた。人参をキッチンに置いて、手を洗うと、その音で起きたようだ。「お帰り」と言ってくる。

「ただいま」

「寝すぎちゃった」

 首を左右に倒したり腕を伸ばしたりしながら香耶は言った。

「ここ凄く気持ちいいんだもん」

「涼しいよね」

「それもあるけど、ここで寝てると和希と一緒にいるみたいで落ち着くんだ」

 香耶はそう感じるのか、と驚く。自分の体臭に鈍感であるのと同じように自分ではそういうものは感じられない。魔法で育てたからなのだろうか。ひとまず「光栄です」と答える。香耶はにこりとした。

「ご飯作るね」

 そう言ってキッチンに向かう彼女に問いかける。

「どこか行きたい所ってある?」

 彼女は首を傾げて「どうしたの、一体」と返してきた。なのでさっき田中とした会話のことを話す。

「旅行かあ」

 人参を洗いながら香耶は「別に無いよ」と言う。

「無いなら無いでいいんだけど」

「行きたくなったら言うね。和希も言ってね」

「うん」

 行きたい場所があったわけじゃないんだな、と安心するが、同時に挽回のための切り札が空振りに終わったような感じもして、僕は空虚なものに変化していく。しばらく経つと、彼女の作るご飯や味噌汁が湯気を出し始めて、色を無くしながらそっと僕や椰子の木に近付いてくるのであった。

 やがて僕の体の中は湯気だけになってしまって、それがぎゅうぎゅうに詰まると今度は綿みたくなって、最終的には僕は彼女のぬいぐるみになってしまう。それはあくまでイメージにすぎないとしても、このままでいると僕たちの関係はきっとそこにたどり着くという確信があった。ぬいぐるみにはなりたくない。ぬいぐるみになったら、やがて飽きられ捨てられてしまう。しかしもっと対等であろうとしても、香耶が浸透してくることに何も抵抗できないのである。

「あ」

 もしかして無理やり誘ってしまうべきだったのかもしれない、と気が付く。「どうしたの」と言われ、なんでもない、と答える。強引さは必要とされないわけではないのだ。しかしどうにもさじ加減がわからない。

「あ」

 今度は香耶が声を上げた。「どうしたの」と聞くと彼女は手に持っていた醤油のボトルを見せながら、

「お醤油、入れすぎちゃった」と言った。

「大丈夫大丈夫」

 そして「そういうこともあるって」と付け足す。どうせさじ加減なんてわからないのだ。

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