第五話
一週間が過ぎて、そういえば火傷のことを忘れていたなと思って手の甲を見ると、すっかり治っていて、強く押しても痛みを感じなくなっていた。それだけで孤独になったような気がして、指を鞭のように打ち付けてみるが、あの痛みの面影は湧き上がってこないのであった。
ついでに僕はいくらか痩せてしまった。それがやつれているようにも見えるらしく、香耶や田中や武本さんから心配されることもあった。食欲自体はある。しかし弁当箱が新しくなって、朝も昼も夜も香耶の作る温かい物を食べ、さらに何日かに一度は彼女の熱を直接長時間受け取っているうちに、まるで自分の中に自分というものが無くなっているような気がして痩せてしまうのである。あるいは元々自分の中身はほとんど無くて、それを見栄で膨らませていたものが香耶の湯気が充満したことによって元の形に戻され、そしてしばらくすると香耶の湯気が体から抜けていくために痩せていくのかもしれなかった。それでいて香耶の体からは無尽蔵に湯気が出てきて、いくら出しても香耶が縮むことは無いのだからやりきれない。
魔法で水が出せるようになった香耶は「工夫すれば節約に役立つかも」と楽しそうであったのだが、ここ数日は心配そうにしている。買ってきた食材や自分の料理に何か問題があるのではないか、と言ってきたりもする。
何を変えたわけでもないのに体重が何キロか落ちた。僕としてみれば異常はそれだけ。体調が悪いということは全くなかった。何度も大丈夫だと強調しているのだが香耶は「仕事休んだら」などと言ってくる。
「大丈夫、大丈夫だから」
湯気にならない言葉を投げながら逃げるようにして部屋を出る。
視界の中に人が一人も見当たらない時は気が楽だ。自分自身と会話する時は抽象的なものもすぐにイメージとして伝えることができる。言葉にしようとしても上手く伝わりそうにないものを、どうやって送ればいいのだろう。香耶の場合は熱なのだから、僕の場合は植物なのかもしれない。花でも贈るのか。
「ベタだ」
思わず呟いて、頭を抱えるくらいには恥ずかしい案だった。自分で独創的な植物を作れるのであれば得意気に渡すこともできるのだろうけど。
やはり釣り合っていないのではないのかもな。
今の香耶には能力がある。ならば乏しい僕よりももっといい人と付き合うことができるはずだ。香耶は性格もいいから、それこそテレビで見た職人と同じくらい優れている人と一緒にいたっておかしくない。もっと格が上のものを受け取れるのにそうしないでいるのは損をしているようなものだ。だから彼女を突き放そう、などと考えたくはない。せめて彼女と同じくらい優秀な人間であれたらいいのに。できれば才能が開花して凶暴なモンスターを倒すハンターになりたい。でもなれるわけがない。
唐突に叫びたくなる。吠えるように。自分の口から犬の遠吠えのようなものが出てくるのを想像する。しかしそうしたら自分はモンスターになってしまうのではないか。モンスターになれば物を壊すくらいのことはできるようになるのではあるが。
それは嫌だ。
凶暴な力はいらない。傷付けては意味が無い。しかしそうとなると自分にできることなんてほとんど無いわけで。思考がループしそうになって、考えるのをやめた。
そしてやはり叫びたくなって、理性がそれを必死に抑えているのであった。




