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第四話

 香耶がモンスターになるのではないか。ほとんど妄想に近いのだが、イメージは頭の中で勝手に現実味を膨れさせていって、恐怖はもう脳みそと同じ大きさになっている。寝ている間も恐怖に占領されていたのだと思う。いつもは香耶の方が早く起きるのに、今日は先に起きてしまった。

 モンスターになると狼人間のように人らしからぬ部分が出てくるというので、僕は眠っている香耶の体をチェックする。尻尾も耳も生えていない。香耶はちゃんと人間のままだった。ほっとする。

 これまでより強い火が出せるようになって、それだけでなく水も出せるようになった。

 モンスターにならないというのなら、彼女の成長は羨ましいものであった。夜の行為がきっかけであるのなら、僕だって何か使えるようになっているのではないか。そう思って試してみるが、どう念じようが火も水も出てこない。アニメの中でやるようなポーズを取ったり、呪文を唱えてみても無理だ。ポーズも呪文も実際の魔法には何ら関係無いのだが、こういうものはその気になるところから始まるものなので、やっていた。

「何してるの?」

 とたばたとしていたため起こしてしまったらしい。手を突き出して呪文を唱えているところだった。

「僕も何か新しい魔法が使えるようになってないかなって」

 何事も無かったかのように振る舞って言うと「あ、そう」とにやけながらも意図的に熱を無くした視線を飛ばしてくる。見られていたらしい。

「あの、今のは見なかったことに」

「はいはい」

 香耶はカーテンを開け、窓も開けて、大きな欠伸をした。仄かに温かい空気が流れてきて頬を撫でる。まるで狙いすましたかのような微風だったので、

「もしかして風も操れたりする?」と聞いた。

「そんなわけないじゃん」

 彼女は笑う。偶然だと知った瞬間、心拍数が上がった。世界が用意した偶然に弱い。

 火が出せるので、キッチンで作る必要は無い。そういうわけで香耶は朝食をテーブルの傍で作る。左手でフライパンを熱しながらトーストや目玉焼きを作ってはテーブルに置かれている皿に移す。弁当はどうしても冷めてしまうからその分も、ということなのだと思う。しかし彼女は保温性のある弁当箱を買うつもりでいるようだ。だから腰掛けながら彼女が朝食を作るのを目の前で見ることもそのうち無くなるのかもしれない。

 なんだか複雑な気分だ。昼食の時の香耶が近くにいないことを感じさせる冷めたご飯も嫌いではなかった。そんなことは前々から思っていることだったのだけど、香耶は水まで出せるようになってしまって、これからどんどん何かが変わっていくのではないかという予感があるのだった。

 僕は変わらずに畑へ向かう。「行ってらっしゃい」と言う香耶は水鉄砲で遊ぶように指先から水を出して、木に水をやっていた。

 珍しく田中が僕より先に来ていた、ということはなく、小屋にいるのは武本さんだけだった。丁度いい。田中に茶化されないで済む。

「武本さんの息子さんって、どういう魔法使えるんですか?」

「火だよ。手からね、出すんだよ。コンロみたいに」

 武本さんは手のひらをこちらに向けて言った。

「それで、燃やすぞじじい、って脅してきたりするんだ」

 苦笑いする。よくありそうなシチュエーションで、僕も苦笑した。

「で、どうしたんだい、いきなりそんなこと聞いてくるなんて」

「それがですね、最近彼女が色々な魔法を使えるようになって、ちょっと不安になっちゃったんですよ」

「ほう。どんな感じなんだい?」

「元々火を出せたんですけど、それが強くなったのと、それから水を出せるようになりました。ほら、昨日モンスターの話をしたじゃないですか。それでちょっと」

 なるほどねえ、と言って武本さんは自分の頬を、ぺち、ぺち、と軽く叩く。

「そうかそうか」

 しばらくぺちりぺちりと叩いてから「それは怖くなるね」と言った。

「でもきっと大丈夫だよ」

 それだけだった。期待外れだ、と思った。しかし素人でも的確なアドバイスができるような問題であるならばモンスターになる人なんて出てこないのだ。どうしようもないということに気付いて、うな垂れる。一人になりたいので、小屋から出た。

 今日は人参を作ることになった。人参を見ると香耶の姿が浮かんでくる。いつも味噌汁に人参を入れてくる。それに人参は赤い。手のひらに乗せ、ぼうっとしながら眺めてみるがなかなか火には見えない。彼女が持てばまた別なのだろう。ある種の説得力というか、そういったものが彼女にはある。

 人参で遊んでいると、昨日のぞっとしたような感じがすっかり変わってしまっているようであるということに気が付いた。それは、もしかしたら元からそうだったのではないか、と思うくらいに羨ましいという気持ちが強くなっている。きっと保温弁当箱に変わることに抵抗があるのだって、彼女の熱を受け取るばかりでこちらからは何もできないからなのだ。野菜を作ることをあまり誇れない。僕の作った物は味が薄い。知らず人参を強く握っていた。

 作った分を一度小屋に運ぼうと思ったのだが、小屋の方を見ると丁度田中が籠を持って運んでいる最中だった。彼が作業に戻ってから行くことにして、休む。やることが無いので左手の甲をいじる。いじりながら、思う。

「何やってるんだろう」

 赤の他人と話さなくてはならないというわけでもないのに。とにかく苦手で、人と話すことを考えると鬱々としてくる。嫌いではないが苦手なのである。上手くやれる気がしない。それは香耶が相手でも同様で、彼女のように自分の行為を熱で伝えることができたらどんなに便利だろうと思う。自分は言語の一部を身に付け損ねたのではないか、という気さえしてくる。

 田中が戻ってきたので立ち上がる。もしコミュニケーション能力が優れている人だったら、彼と軽く雑談して「それじゃあ仕事頑張りますか」などと言って、いい気分で仕事に戻れたのかもしれない。報酬だ。友人の数などもきっとその内に入るのだ。

 僕は無言で野菜を育て続ける。きっと味の薄いそれの姿は、自分の内面のどこかにある光景なのではないか。目の前にある自分の影が世界を暗闇にしている。しかしふと顔を上げてみるとどこも明るくて、突き放されたように感じるのであった。

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