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私の居場所

「着いたか」

 ぼーっと外を眺めているとローゼンベルクが言った。

 起きていたことに驚き、椿がローゼンベルクの方を見ると、馬車の扉が開き、ローゼンベルクが颯爽と降りた。

 椿も慌てて降りようとすると、目の前に手が差し出された。

 御者の男が馬車に降りるのを助けようと椿に手を差し伸ばしていた。

 椿は気を付かれたことに気恥ずかしさがあったが、かといって断ることもできず、相手の手に手を置くだけで馬車を降りた。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、御者がじっとこちらに目を向けていたことに気づいた。

 椿も目をそらすのは失礼だと思い、目を合わせると白髪の男が大学生ぐらいの年頃だと顔を見てわかった。

「何してるの?行くよ~」

 もう先の方に行っていたローゼンベルクの声が聞こえた。ローゼンベルクの前には大きな屋敷があり、使用人が豪華な扉をローゼンベルクらのために開けていた。

 慌てて椿は屋敷内に入った。

「すごい……」

 屋敷に入ると大きなシャンデリアがあり、大階段があった。階段の手すりなどは金色に輝いており、周りには素人目から見ても高価そうな置物が置かれている。

 ルシアンさんの家も広かったけど、ここはそれより大きそう。それにThe貴族って感じで華やかだな。

 椿は感心すると同時に居心地が悪くなり、自分がここにいるべき存在ではないことをますます実感した。

 屋敷内をどんどん進んでいくローゼンベルクの背に椿は必死についていった。ローゼンベルクが屋敷内の一つの部屋を開け、そこにある椅子にかけた。椿が立っていると、使用人がローゼンベルクの向かい側の席を引く。その席におずおずと椿が座ると、使用人が紅茶や茶菓子を置いて出て行ってしまった。

「ローゼンベルク様。私以外の人間はどこにいるのですか?」

 本当は家の帰り方を聞きたかったがためらわれ、他の質問をする。

「人間?さっき会ったよね?」

「え?」

「御者をしていたでしょ~」

「……あ、あの白髪の男の人ですか!?」

「そうだよ。あ、ここに呼ぼうか。二人が話してるとこ見たいな……」

 どこ行ったかな~とつぶやきながらローゼンベルクが椿を部屋において出て行った。

 や、やっぱり自由だな~。あんまりこっちの話を聞かないし。

 椿は特にやることもなく喉が渇いていないが、お茶をすすった。

 早く家に帰らないと、みんなに迷惑がかかってしまう。みんなにどうやって謝ろう。それに、何カ月も学校に行ってないから学校の状況についていけなそう。

 そういえば、ルシアンさんに黙って出て行っちゃったな……。今まで色々お世話になったのに……。

 椿は気づけばルシアンのことを考えていた。

「やっと見つけた~」

 部屋の扉が開き、ローゼンベルクと白髪の男が部屋に入ってきた。

 この人、人間っていっていたけれど見た目がルシアンさんやローゼンベルクさんみたいにヨーロッパ出身っぽいから気づかなかったな。

「ほら、なんかしゃべってよ」

 ローゼンベルクが無邪気な笑顔をこちらに向け、白髪の男を椿の前まで押して立たせた。

「こ、こんにちは……」

「…………」

 椿が白髪の男を見上げながら挨拶をしたが、白髪の男は何も言わない。

 あれ?翻訳機ちゃんと機能しているよね?

 椿が自分の手首に目を向けようとすると、白髪の男の左腕が目に入った。男はローブを今はまとっておらず、シンプルな長袖シャツの上にベストを着ている。

 左腕の肘から先にシャツのふくらみがなく、袖口から左手が出ていない。

「あ~これ?この子左手ないんだよね~」

 椿の視線が左手に集中していることに気づいたのかローゼンベルクがなんでもないように言った。

「す、すみません。ジロジロ見てしまって……!」

「いいんだよ~。ボクが不可抗力で切ったんだけど、かわいいでしょ?」

「……………え」

「人間ちゃんが今持っているブレスレットをこの子にあげたんだけど、我儘ばっかりいうから腕ごと切っちゃったんだよね~」

 ――――今、今この人はなんと言った……?

「だから、そのブレスレットを人間ちゃんにあげたんだよ」

 椿がブレスレットを見るとブレスレットにところどころに赤黒い汚れがあった。もらった日によく見た時にも気づいた汚れだ。

 白髪の男と目が合った。

 会った時から男の目が気になっていた。なにかを訴えかけるような目を。口を開けなくても目で椿はずっと話しかけられていた。

 なんですぐに気づかなかったんだろう……。

「ローゼンベルク様、私……私、やっぱり戻ります」

 椿は席を立ち、ローゼンベルクから距離をゆっくりと取りながら後ずさりした。

「戻る?ここは君の家だよ~」

 ローゼンベルクはこの部屋の唯一の出入り口側に立ち、こちらをゆがめた笑顔で見ていた。

 椿はさらに後ずさりすると背に窓がついた。

 椿は両開きの窓をそのまま背で押すようにして窓から飛び出た。着地が上手くできず、肘と膝が地面に当たったが、痛みを無視し転がるように屋敷の外を目指す。

 肘と膝が焼けるように痛いが、椿は後ろを見ずに走り続けた。心臓が騒がしく鳴っているのは走っていることが原因だけではなかった。

 案外先ほどいた部屋は玄関の近くの方にあったそうで、壁を伝って走ればすぐに先ほどいた玄関が目の端で見えた。門扉は開けっ放しで一直線に椿はそこに向かった。

 やった、屋敷内を外に出られた。

 敷地内の外に出て、走るスピードは落さないように首だけ後ろを向き、屋敷の様子をうかがった。

 屋敷の扉が開いていた。開いた扉の先に白髪の男が見えた。彼はなにかを叫んでいる。彼の言葉を認識する前に声が聞こえた。椿の近くで。

「意外と走るの早いね~」

 椿が走っていた先にローゼンベルクが回り込んでいた。

 突然、椿の左の手首に痛みが走った。ミシリと音が鳴る。

 椿は痛みに悲鳴が出て、気づけば膝を地面につけていた。

 顔を上げるとローゼンベルクだけでなく、屋敷内にいた使用人もローゼンベルクの後ろに椿の退路を断つようにズラリと立っていた。

 痛い、痛い……!どうすれば。なんでこんな目に合わないといけないの!!?

「人間ちゃん、ちゃんとお利口にしておけば、痛い目に合わなかったのにね~」

 ローゼンベルクは眉を下げ、大げさに悲し気な表情を作っていたが、目の奥が嗤っていることに椿は気づいた。証拠として左手首の圧力は変わらない。

「さ、帰ろうか!」

 ローゼンベルクがずるずると椿を引きずりながら門扉をくぐり、屋敷に戻っていく。

「ま、待って……!」

 椿の呼び止めた声にローゼンベルクは意外にも素直に聞き、立ち止まった。

「ひ、一人で歩ける。自分で戻るから……」

「あ、そう。じゃあ、先に歩きなよ」

 ローゼンベルクはあっさりと椿の手首をはなした。

 椿はヨロヨロと立ち上がり、ゆっくりとした歩みで屋敷内に入っていった。

 ああ、完全に見下されているなと椿はローゼンベルクの対応を見て心の中でひとりごちた。

 屋敷内にいる白髪の男がこちらを見つめていることに気づいた。あんなにも目でしゃべっていた彼の目は今、絶望で染まっている。

 椿が屋敷の敷居をまたいだ。ローゼンベルクも椿に続いて屋敷に入ろうとすると、椿が手でローゼベルクを制した。

「ここから入らないで」

 ローゼンベルクは虚を突いたが、すぐに笑い出した。

「この子は何を言ってんの……!??」

 手を叩いて笑い、他の使用人らも笑っている。

 ルシアンの図書館の本の中に吸血鬼について書かれている箇所があった。吸血鬼の特徴として――

「吸血鬼は人間のいる敷地内に入れない――でしょ?」

「あーうんうん。そうだよ~。物知りだね、人間ちゃん」

 吸血鬼は目を半月にして拍手をした。ペットがおもちゃを取ってきたときのように甘ったるい声で。

「違う」

「?」

 椿の側でかすれるような小さな声が聞こえた。

「吸血鬼は人間のいる敷地内には入れない――じゃなくて、人間が自分の生活領域として認めた場所には入れないんだ……」

 白髪の男が真っ青の顔でこちらを見ていた。

「だから、君がここに入ることを禁ずることはできない。だって、ここはローゼンベルク様の家だから……!」

「その通り。…………は~さんざん楽しんだし、もうそろそろいいかな~」

 ローゼンベルクがおもむろに手を出し、椿の手をまた掴もうとする。

 バチン!!

 突如、火花が散るような音が聞こえ、ローゼンベルクが伸ばしていた手を自身の身体に引き寄せていた。

「お前……何をした?」

 ローゼンベルクが低い声で椿に問うた。

「さっき言ったよね。吸血鬼は人間の敷地内に入ることができない」

「……この屋敷はオレのものだ。そんなルールは適用されない。」

 再びローゼンベルクが手を伸ばすがやはり手がはじかれた。

「!」

「確かにそうだね。あなたの屋敷だったよね。でも、あなた、言ったよね『君の家』って」

「…………は?」

「だから、私はこの家を私の家だと認識した」

「そんな馬鹿な。たった数分の滞在でなぜそう思える?」

「あなたが私に私の家だと言ったから」

 椿が真っ直ぐな目でローゼンベルクを射抜いた。

 ローゼンベルクが固まっていると、使用人らが騒ぎ始めた。ローゼンベルクは椿を見ながら、後ろの使用人に怒鳴るように問うた。

「なんだっ!?」

「ローゼンベルク様、太陽が………!!」

 いつのまにか空は明るくなり、森の向こうから朝日が昇り始めていた。太陽の光はまだ届いていないが、使用人らは素早く身をひるがえし、木の影になる場所に隠れた。

 吸血鬼は人間の敷地内に入れないことともう一つ特徴がある。それは太陽の光が弱点であるということだ。

 ローゼンベルクが舌打ちをし、足を一歩動かした。

「逃げるんですか?」

 凛とした声が聞こえた。ローゼンベルクが椿の言った言葉を咀嚼する前にさらに続ける。

「私に負けて、逃げるんですか?」

「………」

 突然椿の身体がくの字に曲がった。カランと衝撃があった箇所から何かが落ちた。

 指輪?

 椿が突然の痛みに息ができずむせていたが、顔だけを何とか上げ、ローゼンベルクを見る。

「別に境界をこえなくてもいくらでも攻撃方法はある」

 ローゼンベルクは自分の右手を見せつける様に見せた。

 右手の指にはめていて指輪の内、一つが指になかった。

 ローゼンベルクは右手にはめている指輪を一つ外し、手の中に握った。軽く手を振ったかと思えば、先ほどまで自分の左腕があった場所に風を切るような音が通り、壁に鈍い音をして指輪が転がった。

「………何?お前も俺の言うことが聞けないのか?」

 ローゼンベルクは白髪の男を睨みつけた。

 先ほどの攻撃が椿に当たらなかったのはこの男が椿を引っ張ったからだった。

 椿の服を掴んでいた彼の手が震えていた。それは服越しに椿に伝わった。

「走って!!」

 椿は白髪の男を押し出すように屋敷の奥に行き、ローゼンベルクの視界に入らない階段の陰に男とともに走りこんだ。

 ドン!!と先ほどより大きな鈍い音が側でまたした。カランとひしゃげた指輪が椿たちの足元に転がった。

 あれが本気じゃなかったのか………!

 階段の陰に隠れたのはいいもののそこは袋小路で他の場所に移ろうとすると、どうしてもローゼンベルクの視界に入ってしまう。

 明らかに空は明るくなってはいるが、太陽の光が弱点だとしても太陽の光に当たってどれぐらい吸血鬼にダメージが入るのかわからない。

 椿の呼吸は乱れ、口の中に血の味がした。脳はずっと警鐘を鳴らしているが、ロクに動かない。

「……!熱いっ!!」

「ローゼンベルク様!早く影の方へ!!」

 突如ローゼンベルクが叫んだ。遠くの方から使用人の声も聞こえる。

 きた………!太陽の光が!!

「あなたの負け!!」

 椿が階段の陰に隠れながらローゼンベルクに言い放った。

「逃げちゃいなよ!!」

 椿がそういった後、ズドンと椿の真横の壁に穴が開いた。

 指輪だったものが椿たちの目の前の壁にめり込んでいた。

 か、壁を貫通した!!

「伏せて!」

 白髪の男が小声で言い、椿たちは頭を低くした。

 ズドンとまた大きな音がして先ほどまで頭があった箇所の壁に穴が開いていた。

 パラパラと彼女らの頭に破片が舞い散り、攻撃がやまない。

 もう少しなのに………もう少しで助かったのかもしれないに……!

 椿はこぶしを握り締め、肩を震わせた。

『素直っていうかバカだよね~!』

 同級生の少女の言葉を思い出す。甲高い声を馬鹿にするような声を。

 うるさい!うるさい!今は思い出す必要がない……。

 少女たちの嗤い声が脳にこびりついてはなれない。

「ローゼンベルク」

 ローゼンベルクの背後、森の方から静かにしかし、よく通る声でローゼンベルクを誰かが呼んだ。

 ローゼンベルクは振り返らずとも声の主がわかった。

「案外来るのが早いな…………。ルシアン」

 ルシアンは黒い服と木の影に同化するようにそこにたたずんでいた。周りには使用人らが切り伏せられており、倒れた身体の太陽に光にあたった部分が灰になっていた。

「オレのが世話になったな。早く返してくれないか?」

「断る」

 ローゼンベルクがハッキリとルシアンの願いを断ったとたん、静かにルシアンからの殺気が膨張した。

「そうか、情けをかける必要がないことがわかってよかった」

「来てみなよ、落ちぶれ皇子様」

 ローゼンベルクは足に力を込めて一気にルシアンの距離を詰めようとした。

「もう勝負はついている」

 ――がローゼンベルクが動く前にローゼンベルクの目の前に突如赤い槍のようなものが地面からせり出てきた。ローゼンベルクはその槍に当たらないように後ろに下がる。槍は何本もせり出てきていつのまにかローゼンベルクを檻のように囲っていた。

 くそ、血操か

 ローゼンベルクは血操をここまで高次元に操っている銀髪の吸血鬼にますます苛立ちがつのった。

 渾身の力を込めて血液でできた棒を殴る。ミシリと棒にひびが入ったが、すぐに上から血液が覆い元通りの姿になった。

 それでもローゼンベルクは何度も檻を壊そうと打撃を与える。太陽の光が目前に迫っており、ローゼンベルクはそれしかできないからだ。

 とうとう太陽に光がローゼンベルクにあたり、皮膚から煙が出だした。

「ルシアン!!!どうしていつも俺の邪魔をする!!なぜ人間なんかを助ける!!?」

「説明しても『人間なんかを』と発言するお前では一生わからないだろう」

 ローゼンベルクは渾身の力を込めて檻を殴ったが、殴った腕がミシリと音を立てるとボロリと肘から下が地面に落ちた。落ちた腕はすでに灰になっており、風が吹くとさらさらと表面が音をたてた。

「ルシアン!!!!」

 ローゼンベルクは額に青筋を立て、最後に叫ぶと灰となって消えた。

 あたりが静まりかえり、木々の葉がこすれる音が聞こえるようになった。

 椿は立ち上がり、階段の陰から出ようとしたが、白髪の男がそれを止める。

「大丈夫」

 椿は微笑み、階段の陰から出た。

 少女は玄関の敷居ぎりぎりのところで立ち止まり、銀髪の吸血鬼を静かに見た。

 吸血鬼もまた、少女を見ていた。

「人間の集落が遠くの方にある。そこまで送ろう」

 最初に口火を切ったのはルシアンだった。そして、木の影から出た。木の影から出たことに椿は息をのんだが、ルシアンの周りに赤黒い血液が取り囲んでいた。その血液はルシアンを太陽の光から守っていた。

「言葉も通じないだろうが、今持っているものに代わって新しく翻訳魔道具を渡す。そこの男の分もだ。集落に送り届けたら二度とお前たちの目に姿を見せないことを誓う。」

 とうとう椿の目の前に来たが、男は境界線を越えなかった。ルシアンがまた口を開こうとした時に今度は椿が口を開けた。

「……なんで、なんで、私をあの屋敷に監禁していたの?」

「…………ここは魔物が多く、人間一人ではとても無事ではいられない。しかし、屋敷の敷地内であると結界があるから安全だ」

「私たちは元の世界に帰ることができるの?」

「………………できない。この世界に来たのは災害だと思ったほうがいい」

 椿は落胆したが、どこか冷静だったのは来てから戻るすべなどないのではないかと心の奥底で思っていたからだ。それは白髪の男もそうだったのかあまり落胆している様子がなかった。

「私、人間の集落に行きません」

 椿ははっきりとルシアンに言った。

「……さっきも言ったが、元の世界には帰ることができない。気の毒だが――」

「元の世界に帰りたいから駄々こねているわけではありません」

 椿はルシアンの赤い目を見た。

「私はここに来た時に誘拐されました。その誘拐した相手は人間でした。人間だからといってその人は信頼できないし、こちらの人間が私たちをどれくらい許容してくれるかもわかりません」

「…………ではどうする?」

「あなたと一緒にいます!」

「!」

「私がここに来て初めて信用できると思ったのはルシアンさんでした。私はまだあなたのことを知らない。この世界のことも」

「私は吸血鬼だ。人間の血を吸うかもしれないぞ」

「でも、あなたが私の血を飲んだのは私を外に出ようとした時だった。それも自分の得のためというより私のためですよね」

 ルシアンから長い沈黙があった。これは肯定を意味していた。

「信用できるのか………」

 椿の背後から声が聞こえた。

「本当に信用できるのか?」

 白髪の男が疑うように椿とルシアンを交互に見た。

「大丈夫です!信用してください」

 椿はすぐにそう答えたが、男は信用しきれないのか階段の陰から出てこない。

 ルシアンを守っていた血液がふと霧散した。太陽の光がルシアンの肌を焼いた。

「ルシアンさん!!」

「信用できないのも当然のことだ。長年ローゼンベルクと一緒に生活していればな………。だが、どうか今だけでいい信用してくれないか?」

 ルシアンは白髪の男と目を合わせ、肌が焼けながらそう言った。

「わか、わかった!わかった!あんたのことを信頼する!!」

 白髪の男は慌ててそう言う。

「入って!」

 椿はそう言って、吸血鬼の腕を引き太陽の光があたらない屋敷の中に入れた。ルシアンは目を見開き、椿を見た。

『素直っていうかバカだよね~!』

 同級生の幻聴がまた聞こえる。勉強もスポーツも大して得意でなかった。かといって何かに熱中することなく、努力することもなかった。だから、せめて人の言葉は信じようと思った。

 素直さだけが取り柄だと思っていた。その取り柄を言い訳にして人の気持ちを深くまで知ろうとしなかった。人との衝突を避け、周りの目を気にして何も行動できていなかった。あの同級生達は無意識にそれを気付いていたのだと思う。

「ルシアンさん、私はもっと色んなことを知りたい!自分のことも!ルシアンさんのことも!この世界のことも!だから、それを一緒に手伝ってくれない?」

 椿の目は真っ直ぐにルシアンを射抜いた。

 長所も短所もあるのが私。でも、もう相手に対しても自分に対して言い訳することはやめる。私は私の人生を素直でバカのまま歩む。

「……退屈しなさそうだな。わかった。そういうことなら気のすむまで手を貸そう」

 ルシアンは柔らかい笑顔を椿に見せた。

 太陽の光はすっかり満ち、椿はその光に照らされながらすぐそばで影にいるルシアンの手を握ったのだった。

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