↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/5

異世界に来た少女

「珍しいな~。朝倉が提出物失くすなんて」

 進路希望の紙を失くしたと担任に言ったら、そう言いながら案外あっさりと新しい紙を渡された。

 曖昧に笑いながら少女――朝倉椿(あさくらつばき)は用紙を受け取った。

 職員室は机が並べられているだけで、見晴らしがよく他の教師や生徒に自分の姿が見られているような気がして椿はソワソワした。

「朝倉は進路もう決まっているのか?」

 椿が用紙を鞄の中に入れることにもたついていると担任が質問してきた。

 椿はその言葉にもうまく答えられず、愛想笑いをしながら目線を鞄に向けた。

「ま、自分の人生なんだから自分の好きなような進路を選びなさい」

 それができたら苦労しないんだよね。

 椿は内心ぼやきながら用紙を鞄の中のクリアファイルに入れるのを諦め、教師の見えない鞄の奥にしまい込んだ。鞄のファスナーを閉めることができなかったが、居心地の悪いこの場所から一刻も早くでたくて椿はチラリと職員室の扉を見た。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」

「はい、ありがとうございました」

 椿の念が届いたのか会話が終わった。

 足を職員室の出口に向け、一歩踏み出したタイミングで担任が椿の名前を呼んだ。

 ドキリとして首だけ回して担任の方を見る。

「朝倉のいいところは素直で優しいところだから、将来そういうとこ活かせることができるかもな」

「あ、ありがとうございます」

 椿は失礼しますと一言言ってから職員室の扉を閉めた。

 ………………めっちゃ気を付かれたな。曖昧な態度していたからこいつ大丈夫かって絶対思われたな。

 職員室から少し遠ざかってから鞄のファスナーを閉めながら、椿は少し憂鬱になった。

 さっさと家帰ろ。ご飯食べて、お風呂入って寝よ。

 学校の玄関に向かおうとすると、同じクラスメイトの女子に突然声をかけられた。

「朝倉さん~!マジでお願い、一生のお願い!!」

 普段あまり話さない同級生に話しかけられ動揺していると同級生が手を合わせた。

「お願い!掃除当番代わってくんない!?どうしても今日早く帰らないと行けなくて~」

「……え、いいよ」

「えっ、マジ!アリガト~!!」

 同級生がパッと表情を笑顔にした。

「朝倉さん、マジで神!!ありがとね!!」

 彼女はそういうと校則で規定されているよりはるかに短いスカートをふわりとなびかせ、少し遠くで様子を見ていた少女たちの元に戻っていった。

 早くも家に帰ることは遠ざかった。

 まあ、私は特に用事なかったわけだし。

 椿は多くの学生が玄関の方へ向かう中、人の波に逆らい一人だけ教室の方へ向かって歩いて行った。

 後に椿はこの時、掃除を断っていたらまた未来は変わっていたのかと考えることがある。










 ベッドの上にうつ伏せになり10代後半頃の若い女が絵本を広げて読んでいた。この絵本を読むのはこの屋敷にきて10回以上だが少女は今日も読んでいた。

「いたっ!」

 少女は本をめくる拍子に紙で指を切った。切口を見ると少し血がにじんでいたが、たいした傷ではなかった。

「ふう~」

 集中力が切れ、流石に飽きたのか少女がゴロリと仰向けになり天井を見る。ベッドは大の字になっても十分の広さがあるほどで、寝返りをしても落ちる心配などない。

 部屋にはベッド以外にも机や本棚、ドレッサーなど必要最低限のものしかなく、外につづくドアのほかにユニットバスにつづく部屋があった。つまり部屋に一日中いてもなに不自由のなく生活できる環境だ。

 ――少女、朝倉椿は現在、異世界転移しこの部屋で監禁されている。

 由々しき事態だなと横向きに寝そべり、涅槃仏ポーズをとりながら椿は思った。

 この部屋に軟禁されるようになっておそらく1カ月ほどだろう。

 掃除当番を代わり、帰路の途中で曲がり角を折れた先が全く見覚えのない森だった。それから色々あり、この生活に必要なものが揃った快適な部屋に監禁されている。

 ここに来た時にはかなり動揺していた。

 落ち着きなく部屋中を周ってみたり、母や父、友人の名前を大声で呼んでみたり――など。

 しかし、椿がどんなことをしても状況は変わらなかった。

 疲れ果て諦めてしまい、現在は一周まわってくつろぐようになった。

 そして、ふと本棚が目に入り、暇つぶしと自分の現在地を把握できるヒントを探すため本を手に取った次第である。

 しかし、彼女の思惑は外れ本を見てみると一文字も読めなかった。英語であればなんとなく理解できそうだが、彼女の今まで見たどの言語とも似ていない。

 それゆえに椿はかろうじて視覚的に楽しめそうな絵本を読んでいるのである。

 コンコンとふいに扉がノックされた。

 椿がおそるおそる扉を開けると料理を載せたお盆を手に持った長身の男がいた。

 この男が椿を監禁している主である。男は月光を溶かしたような銀髪で白いシャツに黒いスラックスというシンプルな装いをしていたが、様になっていた。

 やはり足か?足の長さなのか?

「⟠ᚲᛖᛚ ᚡᚨᚱᚨ⸮」

 椿は自身の足を見ながらそう考えていると、男が声を発した。

 銀髪の男は椿の足の方を見ており、眉を数ミリ寄せていた。

「あっ、だっ、大丈夫で~す!」

 椿は慌ててお盆を男から奪い、扉をしめた。

 足をジロジロと見ていたから不審に思われちゃった。

 冷や汗をかきながらお盆を机に置き、椅子に座る。

 料理を食べながら、今の状況を整理していこう。

 冗談半分で異世界転移したのではないかと考えたが、本当にそう感じてきた。

 本棚に置いている本は見たことない言語だし、男の発する言葉もそうだ。もちろん、私は世界中の言語を知っているわけでないが……。

 建物や服も違いすぎる。ヨーロッパ風でスマホなんかなく、懐中時計で時間を確認していそうな時代感だ。コンセントや電池などもない。なのに、机に置いてある電灯は照らされている。どういう原理?

 そして、私を監禁している男だが、顔からして同じ日本人ではない。髪の色はまさかの銀髪である。現実世界で銀髪の人など世界中探してもいないはず。ただ、あの男妙に顔が整っているからだろうか銀髪でもコスプレ感がなかったため、初めて姿を見た時銀髪であることすら気づけなかった。

 現実世界で誘拐されたと考えるより、異世界転移してしまったと考えた方がいいだろう。

「ごちそうさまでした。」

 手を合わせ、お盆を持って扉の方に行く。扉をゆっくりと開くと、扉の側にアンティーク調のサービスワゴンが置かれていた。そこの上に食器をお盆ごと置いた。

 置いた際に廊下をチラリと見ると、赤い絨毯に長い廊下が見えた。

 部屋に戻って、部屋にある唯一の窓を開ける。

「う~ん……。」

 窓は開けること自体ができるが、少しの隙間しか開かなかった。

 ここから抜け出すのは難しそうだ。というか2階だし。

 つまり、外に出るにはやはり扉から出ないといけない。

 あの男がここに来るのは朝食と昼食、夕食を渡す時だけだ。ご飯は食べ終われば外のサービスワゴンに置いている。

 その時間をさけて、ここから抜け出そう。

 決行は夜。










 椿は扉を少しだけ開け、周りに人がいないか左右を確認した。人影は見えないことを十分に確認してから、やっと体を滑らせ部屋から出た。廊下は広く、廊下の端の方は暗闇に包まれていた。かろうじて窓から月光が差し込んでおり、等間隔に廊下を照らしていた。

 少女は無意識に背を縮こませ、赤い絨毯が敷かれた廊下をゆっくりと歩き出した。

 耳が痛くなるほどの静寂で少女の心臓が廊下中に響いている感覚になった。たまに後ろを振り返り、誰もいないか確認して慎重に歩く。

 しばらく歩いていると階段があった。吹き抜けになっており、一階に続いていた。

 その大階段の下に玄関が見えた。

 椿は歓喜を必死に抑えながら音が出ないようにしかし、最速で階段を降りた。そして勢いよく、ドアノブに手をかけ、扉を開けた。扉を開けた時に音が出たが、椿はそんな些細な事など気にしていなかった。外に出られさえすれば、いい。

 やっと、外だ!!

 椿は外に駆けだそうと、一歩踏み出した。

 ――が、足に力が入らず、その場でたたらを踏む。

 急にめまいがする?

 その場で動かずにいると、目の端で赤い何かが横切っていた。なんとなしに見るとこの前紙で切った指から血が出ており、その血が糸のようにどこかに流れていた。不可解な光景で脳の処理が追い付かないが、視線は血の跡をたどり振り返った。

 男が考え込むように手を口で覆っているのが見えた。手の隙間から血が男の口に入っている。その中から鋭い犬歯がギラリと光っているのが見えた。

 そこで、椿の意識は途切れた。










 目を開けると、見慣れた天井が見えた。

「振り出しに戻る……。」

 椿はポツリとつぶやいた。椿は監禁されていた部屋のベッドの上で椿は仰向けに寝ていた。体が少しだるく、しばらくその体勢で天井を見つめた。

 あれは何?どういうこと?なんで血が浮いていたの?あの人は何者?

 わからないことが多すぎて思考がぐるぐると動くが、何も回答はでない。

「……吸血鬼?」

 ふと考え付いたことを椿は声に出してみた。ありえない。と思ったが、声に出してみると不思議と腑に落ちた。

 ヨーロッパ風の建物、人間の血を飲むこと、長く鋭い犬歯。

 指から血はにじんでおらず、指をゆっくりと動かしてみる。何の問題もなかったため、椿は上半身を起こした。

 ありえないことがおきているが、自分の今置かれている状況から事実は事実としてとらえ冷静に対処する必要がある。

 突然ガチャリと扉が開かれる音がした。

 混乱している椿を待ってくれるほど、この世界が優しくなさそうだ。

 扉の向こう側にいる銀髪の男が血のような赤い目をこちらに向けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。