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18 親の思い

もう21時を回っていると言うのに、ホワイトハウスの大統領執務室には灯りがついていた。


「大統領。そろそろお帰りになった方がよろしいのでは?」

「ああ、サバラスか。もう少し、この報告書を精査して、処置を決めないとな。遅れれば大変な事になるし、命を扱うのだ。私が全責任を負わねばならない」


執務室に入ってきた大統領補佐官のチャーリー・サバラスは、大統領のデスクに珈琲を置き、空になったカップを引き取った。


実際に、大統領の選択を実行する指揮をとっているのは、補佐官のサバラスだ。

彼は、精査して決定済みの書類を整理しながら目を通した。


彼は、書類の内容を見ながら、順番を変えたりしている。


大統領も、そんな彼の仕草を横目で見ながら、ペンを進めている。


サバラスが大統領の足を引っ張る様な真似はしない。

彼等は御互いが、子供の為に悪魔になる事を決意しているのだ。


親と言うものは、子供の為なら変態にでも悪魔にでも成れる。


子供が自分を負かし、乗り越えられる事に喜びを感じ、子供の為なら自分の命さえ惜しまず、世界中の命を滅ぼす悪魔にでも成れる。


特に父親には、そう言った傾向がある。


約一時間後に大統領は、ようやくペンを置いて、冷めた珈琲を口にした。


テラスに出ていたサバラスが、その様子を見て声をかける。


「大統領、御覧ください。火星が見えますよ」


リーディンググラスを外して目頭を押さえていた大統領リラン・レフトは、席を立って上着を羽織る。

一応は防弾素材でできた上着だ。


「どっちだ?チャーリー」

「ほら、あの星ですよ」


補佐官が指差す方に目を凝らす大統領。


流れる流星の中にあっても、赤く大きい星は、見失う事はない。


「子供達は元気にしているだろうか?」

「ここ十年程は、死者も無いそうですから、大丈夫でしょう」


大統領と言えども、プロジェクトのトップではない。

計画の長さから見れば、大統領など学校の週番に過ぎないのだ。

情報や便宜の特別扱いは出来ない。


それでも、子供の一人を火星へと送れるタイミングで大統領に成れた事を、彼は幸運だと思っている。


「私の任期も、もうすぐ終わる。次の大統領には、チャーリー・サバラス。君を置く手配ができている。引き続き、頼むよ」

「承知しています。状況報告は入れますから」

「ありがとう」


数期に渡って、大統領を務めてきたリラン・レフトは、そろそろ身を引かねばならない。

2076年まで大統領を続けるには『独裁政権』と騒ぐ世論がうるさい。

しかし、サバラスならば、全てを任せられるし、プロジェクトからの信任も厚い。


父親二人は、テラスで星を眺めて目を細める。

もう、会えないかもしれない子供達に思いを寄せて。



◆◆◆◆◆



「油田も土地も、プロジェクトに関係の無い子会社も売って構わない。資金を用意し、技術者を集め、施設の改良研究を進めるのだ」

「会長。そんな事をしては、将来的に弱体化しますよ」


財閥の会長室では、会長と社長の二人が口論していた。


「いくらフランクリンの為とは言え、生き延びた後の事も考えないと、帰ってきた時に困るでしょう?」

「考えなしなのは、お前だ!地表は更地になり、社会は崩壊する。大きいのが来なくとも、先日の様な隕石は増えて経済は崩壊する。どちらにしても未来を掴むのは、火星用に開発している生物学的農業バイオアグリと、閉鎖空間居住システムだ」


この二人は親子であり、孫のフランクリンはルーシーやライナスと共に火星で生活している。


この財閥では軍とは別に、GPS衛星打ち上げの名目で、火星へと物資を運んでいるのだ。


「分かりました会長。売却する物件は、私の方で選びます。息子が心配なのは、私も同じですから」


大統領を通して、火星での不具合や不足物資の情報を入手していた親達は、各々が自分にできる事を探していた。

勿論、各部署のトップは、火星へ子供を送った親達が占めている。

怠惰な者や不審な行動をとる者は、早急に摘発され、大統領の直属部隊に始末、隠蔽される。


ここにも、悪魔になった親達が存在した。


「とりあえずは『水』だ!」

「水は、食料や機材以上に重量が有りますから、液体水素の方が良いかも知れません。向こうでは酸素の入手が可能らしいですから」


隙間のある食料や機材よりも、隙間の無い液体の方が、容積単位では重い場合がある。


極冠の万年氷を冷却材とした地下原子炉が10機も稼働している火星では、大量のエネルギーによる分解や合成は難しくない。

物資を送る側が、如何に効率的に有用な物を送るかで、状況は一変するのだ。


「そうだな。他にリチュウムなど希少金属の補充も忘れるな」

「承知しています。父さん」


この二人も、意見の相違が有るのを敵対とは思っていない。

より良い未来を目指しての提言だと思い、プライドやエゴを捨てて、相手の意見を真剣に考える。


「フランクリンの方もだが、シェルターの方も抜かり無いだろうな?視察の限りでは、報告書どおりだったが」

「採掘は終了し、内装と搬入を開始しています。一部は来週から社員寮として利用し、空いた地上の寮は転売や賃貸での収益を予定しています」


会長が書類に目を通して頷く。


「ジオネットは?」

「他の地下施設と繋ぐジオネットは、ボーリング掘削を続けてはいますが、他の施設が開発遅延しているので、使えるかどうか・・」

「協力機関や他財閥の尻を叩かねばならぬか?」

「会長、切り捨てるのも考慮すべきかと!」

「その件は、次期大統領とも相談して様子見判断と決まっている」

「了解しました」



◆◆◆◆◆



かつて政界に居たが、今は身内も政治に関わっていない様なプロジェクト関係者は、人脈を活用した有用な人材派遣や情報協力で貢献していた。


彼等には、身内一名の火星送りと政府シェルターへの避難権利が与えられてはいるが、その評価は永続的なものではない。

年金暮らしもできるが、常に監視され、可能な限りの協力を求められる。


「ワシントンで現役高官と会食か?年寄りをこき使いよるわ。だが、孫の為に頑張るかのう」


兵士により手渡された書類を見ながら、元政治家の老人は愚痴をこぼす。

現金と指示書に目を通し、その後で、別紙を読む。


勿論、ワシントンで会うのは本物の現役高官ではない。

ビデオ録画で本物に見えれば良い程度の者。

つまりはアリバイ作りの協力だ。


老人は、事実関係が書かれた別紙にタバコの火をつけて、灰皿で燃やした。

後には、おもて向きの対談依頼の書類しか残らない。


「さて、身仕度でも始めるかのう」


老人は、タバコを灰皿に捨てると、ソファから腰をあげた。


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