19 脱出者
自宅で赤ン坊のオシメを交換していたライナスは、緊急呼び出し音に手を止めた。
「ライナス。休みのところ済まない。先ほど遭難信号を受信し、墜落した宇宙船が有ったのだが、どうやら我々の近くに落ちた様だ」
「今月で3回目か?わかった。医局に寄ってから向かう」
彼は、急いで娘『サリー』のオシメを取り付け、ベビーカーに乗せて、コンパートメントを出た。
『サリー』の名は、ルーシーの友人の名をもらったらしい。
地球に残した友人を忘れまいとする彼女の気持ちの表れだ。
2074年、地球の各地で隕石が落ち始め、多くの都市が壊滅した。
今回の救難信号は、どこで知ったのか、一部の国や団体が火星に都市がある事を聞き付け、独自のロケットでやって来る事件に関係している。
医局に着いたライナスは、まずナースステーションへと向かった。
「連絡は来てると思うが、また『脱出者』が墜落した。準備は出来てるか?」
ベビーカーを押している男のセリフとしては不つりあいだが、既に何回も来ているので誰も何も言わない。
「今は手術中で、先生方の手が塞がっていて・・・」
対応していた婦長の顔に困惑が見える。
「ライナス。私が行くわ」
「ルーシー?仕方がない、先行して参加してくれ」
ライナスは、医局内の育児施設に子供を預けると、MoAコントロールへと向かった。
「状況は?」
「救難信号を受信したのは6時間前から。監視衛星画像の解析だと墜落は1時間前。距離は50km。30分前に救援セットのドールを積んで、作業用ローバーで向かっている。もうすぐ着く筈だ」
「分かった。私が現地へ行こう」
ライナスは、効率化を考え自分が行く事にした。
今から、詳細な情報を引き継ぐのは時間の無駄だからだ。
現地では、判断する責任者が必要だが、彼にも、その権限が与えられていた。
ライナスは、コントロールルームを出て、屋外作業エリアへと向かう。
屋外作業エリアと言っても、地上ではない。
地上での作業は人体に有害なので、最近は各種センサーを積んだ等身大人型ロボット『ドール』をVRシステムを使って遠隔操作するのだ。
地下都市の地上部分から発した操作電波は、作業車を中継して、各ロボットへと繋がっている。
屋外作業エリアにある2メートル角の箱の中には、宇宙服の内側が再現されている。
このポッドは、乗り込んだ人間の動きをロボットに伝え、ロボットのセンサー情報や関節のフィードバックを人間に伝える。
宇宙服のゴーグルにはロボットのカメラ映像が写し出されるので、あたかも現地でロボットの中に入っている様に操作ができるのだ。
地球では、出力の割りに重くなる人型ロボットは、実用性が低かったが、火星の半分以下の重力が、それを可能にした。
重量や稼働時間も、移動車両からの電力有線供給で改善されている。
ライナスは、そんなポッドの一つに乗り込み、カスタマイズした。
視界が作業車の中に座るロボットから送られてくる。
「MoAコントロール。こちらライナス・レフトだ。これから現場に移動する」
「MoAコントロール了解。既に三名は現場に向かっている。破片が広範囲に散らばっているので、気を付ける様にとの伝言だ」
「レフト了解」
ライナスが作業車を降りて周りを見回すと、黄色い点滅が見えた。
「あそこか!」
小さな丘を乗り越え、光の点滅を目指して進む。
パワーアシストが付いているので、坂も苦ではない。
当然、現地に居る訳でもないので、宇宙服の破れや酸素不足を気にする必要も無い。
先発隊のコードを踏まない様に、コードと光の点滅を目印にして目指す。
「おーい!生存者は居るか?」
「ライナス。ダメだったわ。脱出ポッドも割れてしまっている」
無線通信ではない。
都市内の、すぐ近くのポッドに居るのだから、有線で会話しているだけだ。
横に見えるロボットのヘルメット内には、ルーシーの顔が立体映像で写し出されており、音声も、方向性を合わせて聞こえてくる。
大気中で、宇宙服を着て会話している状況に近い。
「どだい無理なんだよ。既存の方法で着陸しようなんて」
「ナビゲーシュンが確立する迄に、とれだけの犠牲が出たと思ってるんだろうね」
他のクルーが、状況を見て顔をしかめている。
例え、MoAと同じ宇宙船と航路で来ても、ナビゲーシュンと回収バックアップが無ければ生きて到達する事は出来ない。
彼等が、こうして現地に来ているのは、近くで万が一にも生存していた場合の人道的行為だ。
当然、地下都市には収容限界が有るので、誘導してやるなんて事はしない。
「仕方ない。帰るか!MoAコントロールへ。生存者なし。レスキューチームは帰還する」
「MoAコントロール了解。資材は回収して無駄なく使わせて貰おう」
彼等は、作業車のクレーンで残骸を回収して有効利用させてもらう。
残して置いても、ライナス達の活動障害になるのだから。
ドールを作業車に戻してライナスがポッドから出ると、周辺のポッドから二人が出ていた。
そのうちの一人はルーシーだ。
「同じ自殺行為をするなら、地球で家族と終わりを迎えた方が良いのに」
「シェルターの無い国なのかな?ロケットを作れるんだから、そんな事も無いだろうに」
地上での、隣国への亡命もだが、他者の優しさに付け込んで密入国しても、受け入れてくれるとは限らない。
夢を抱いて豊かに見える国を目指しても、無謀な行為の先に待っているのは、たいていが『死』だ。
「今回の件も、一応は地球へ報告するが、何とかならないのかね?」
「『火星へ飛んだ人達は全員死亡』って公表しても、それは『観測者』の存在を肯定する事になるから、『脱出者』が増える結果になるんじゃないんですかねぇ?」
「いや、だから他に・・・って愚痴っても仕方ないか」
確認に行くのは、面倒で浪費だが、行かない訳にはいかない。
経費代りに物資を頂く事で、彼等は納得していた。
「私は、久々に星空が見えたから良いわ」
「ルーシーは、ずっと見たがっていたからね」
医師の手が空けば、すぐにドールの操作を交代しなければならなかったが、今回は交代する必要がなかったので、帰り道で夜空を見上げていたのだ。
「じゃあ、サリーの顔を見てから、仕事に戻りますか」
「お疲れ様。私は報告書を書いてからサリーを連れ帰るよ」
火星の生活も、ようやく安定し、子供を産める様になった彼等は、脱出者が出る程の地球に残した者達を忘れたい様に、新しい生命に心を割いているのだった。




