表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
第五章:アルス・マグナが創りしもの
54/61

第五章:アルス・マグナが創りしもの――8


          ◇  ◇  ◇


 ヘルメスが指を鳴らすと、白い靄が部屋中に生じる。

 靄は、霧だ。先の氷盾を液体化し、空気中に散布したのである。


「ふむ。目隠しかの? この程度の戦法で、我が怯むとでも思うたか?」


 刹那。ウロボロスの左側頭部目掛けて、拳が走った。

 恐るべき速力で距離を詰め、一瞬の油断を突いたのは、先ほどまで倒れていたバハムートだ。


 室内に、鉄槌でコンクリートを叩き割るような、轟音が響く。

 バハムートは、錬金術により、自身の〝ミオスタチン遺伝子〟を不活性にして、筋力を増大させたのである。


 白い床に、赤の雫が散った。


「再生力が高いことは分かったが、痛覚の方はどうかの?」

「――――っ!!」


 赤は、拳から滴るものだ。

 バハムートの拳は、ウロボロスの左手で受け止められていた。


「筋肉肥大体質と言えど、〝炭素皮膜たんそひまく〟を素手で殴るのは感心できぬ。その拳、砕けたのではないか?」


 ウロボロスの掌が黒光りしている。

 人体を構成している炭素。その一部を掌で凝縮させ、強靱な鎧へと変えたのだ。


「――ヘルメス!!」


 奥歯を噛み締め、だが、バハムートは叫ぶ。


 視界が透明感を取り戻したのは、直後の出来事だった。


 霧は、氷が液体化したものだ。つまり水である。視界がクリアになったとは、その水がどこかに消えたことを意味していた。

 可能性の一つとしては、気体化したことが挙げられる。が、ヘルメスが執った手法は違っていた。

 彼女は、霧を分子レベルで分解したのだ。必然、大量の水素と酸素が生じる。


 そして、中空に光が生まれた。


「私に構うなっ!!」


 バハムートが叫ぶ。


 光は、音とともにあるものだ。水素と酸素の再結合により、〝水素イオン〟の移動が起きたのである。

 電子の移動。即ち、電流。――燃料電池ねんりょうでんちの要領で発生した、放電だ。


「無駄なことを……」


 バハムートとヘルメスの、捨て身の攻撃。しかし、ウロボロスは鼻で笑って、右手を振るった。


 四方八方で暴れる電力の奔流は、たったそれだけの動作で手懐けられる。

 宛ら、ドーム状のバリアが展開されたかの如く、電流は半球を成し、やがて、紫電は一点へと集っていった。


 集まった電流が解き放たれる。充填された弾丸が射出されるように、ヘルメスへと向かってだ。

 電流操作による、カウンターである。


「くああぁぁあぁぁ――――っ!!」


 一閃。雷光の弾丸がヘルメスを穿った。


「ヘルメスっ!!」

「これ。油断するでない」


 バハムートの意識がヘルメスへと逸れた瞬間。ミサイルにも似た左の膝蹴りが、彼女の腹部を貫いた。


「こ、……はっ!!」


 先のバハムート同じく、筋肉肥大体質となった一撃だ。

 内蔵の損傷は避けられないだろう。事実、バハムートの口腔からは、ドス黒い血液が吹き出た。


 そのまま、冗談のようにバハムートが吹き飛ぶ。

 少なくとも、四〇キログラムはあろう人間の体が、一〇メートルを越える距離を。


 常人ならば、それだけで絶命しただろう。


「学校長!!」


 慌てて、道真が彼女を受け止め、だが、支えきれずに尻餅をつく。

 道真の腕の中。虚ろな眼差しで、バハムートが咳き込んだ。


 それでもウロボロスには、微塵の慈悲も容赦もない。


「さて。消え失せて貰おうかの」


 ヘルメスの放電が生んだ副産物。大量の水気を分解し、燃焼。

 紅蓮の熱波が、道真たちに向けて放たれた。直撃すれば、影も形も残らないだろう。


「――――っ!!」


 迫る熱の奔流に、道真と武が瞼を強く閉じる。しかし、何時まで経っても彼らに炎が届くことはない。


 恐る恐ると目を開けた二人。彼らは、ヘルメスに守られていた。


「ヘルメス!」


 ヘルメスは、ウロボロスの方に掌を向けている。可能な限り低温とした氷で、壁を生んだのだ。


「数多の錬金術を組み合わせると、ここまで戦闘力が跳ね上がるのか。厄介極まりない。嫌になってしまうね」


 言って、彼女は鳴宮兄妹の方へと、視線を移動させた。


「道真、武。ここはワタシとバハムートに任せてくれ。キミたちは、早く避難を」


 正直、彼女たちアデプトの二人掛でも、ウロボロスには適わないだろう。

 それでも、ヘルメスは二人の身を案じる。恐らくは、こんな危険に巻き込んでしまったことに、責任を感じているのだ。


 しかし、


「バカ言ってんじゃねえよ。オレも武も、あんたたちを見捨てて逃走するほど、賢くないし、腐ってもいねえよ」

「でもっ……」

「それにな? あの傲慢野郎を止められなけりゃ、錬金領土はあいつの手に落ちる。オレたちは、もう既に当事者なんだよ」

 加えて、

「好い加減、ムカついてんだ。あの野郎のやり方にはな!」

「ボクたちも戦うよ! ううん。戦わせて!」


 二人の瞳には、強い光が宿っていた。眉を立てた、力を秘めた表情とともに。


「……だが、奴は錬金術の集合体。例えるなら、錬金領土そのものなんだ。言いたくないが、勝ちの目が見えない」


 何時になく弱々しい、ヘルメスの言葉。奥歯を噛み締める彼女に、道真が提案する。


「オレに考えがある。アイツは、錬金領土の錬金術をメインに構成された、ゴーレムなんだよな?」

「ああ。もちろん、アデプトの能力も保有しているだろうが、大半はマグヌス・オプス由来のものだろう」


 再生能力により、少しだけ回復したバハムートが、道真に肯定を送った。


「それなら、通用するかも知れねえ。賭けではあるが、他に手もねえしな」


 道真が、バハムートとヘルメスの名を呼んで、


「オレの作戦に、命預けてくれないか?」


 言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ