第五章:アルス・マグナが創りしもの――2
◇ ◇ ◇
「私を、排除する、か」
バハムートは、率直に思う。
――不気味な男だ――。
何故、ここまでウロボロスのことを知っているのか? 何故、ここまでアルス・マグナに詳しいのか? そして、何故、この場に立っているのか?
疑問は多い。が、恐れはない。
「面白いことを言う。……だが、私とてアデプトの一人だ。おめおめとやられるほどの、か弱さは持ち合わせていないぞ?」
疑問は山のようにある。が、解決策は単純だ。
「君を捕縛し、全てを話して貰うとしよう!」
バハムートは、男に向かい右手を突きだした。
貫手の形で向けた指先から、直径にして五ミリメートルほどの太さを持った、白い糸を射出する。
糸は、直立不動を保つ男を襲い、絡みつき、捕縛した。
油断か慢心かは定かでないが、こうなれば、もはや逃れることは適わないだろう。
「ふむ。これは蜘蛛の糸かの? 面白い錬金術を使うものだ」
やはり不気味だ。果たして、それが無知からか、余裕からか、理由は分からない。だが、無知でないとしたら……、
「もう逃れられないぞ? 蜘蛛の糸は、一ミリメートルの太さで約一〇〇キログラムの重さに耐える、鉄よりも強靱な素材なのだから」
蜘蛛の糸は、生物が生み出す素材の中でも、高い引っ張り強さ――糸の強さ――を持ち、高張力鋼の数倍に匹敵する。
今、自分が射出した糸は、その五倍に達する太さだ。
その糸にがんじがらめにされて、逃れられる手段は少ない。
「そこまで知っているなら、分かっておるの? 蜘蛛の糸は、〝フィブロイン〟と呼ばれる〝タンパク質〟でできているのだ」
しかし、男は限定された手段を持っていた。
男を絡め取った糸が、赤の光を発しながら、黒ずみ、千切れていく。
「着火すれば、良く燃える」
燃焼していく糸を、塵か埃のように払って、ペタペタと男が歩み出した。
向かってきている。こちらに。
――放火系統の錬金術師か――!
一つ舌打ちをして、次の手を用意する。
こちらの錬金術は、〝DNAの組替え〟だ。
生物の構成情報である〝塩基配列〟を、自在に組み替えることによって、様々な生物の特殊能力を、己の能力とする錬金術。
続いて発現させたのは、〝デンキウナギ〟の特殊能力。言わずもがな、発電能力だ。
空気を弾けさせ、線状の光を発するこちらを、面白そうに眺めながら、男は余裕綽々と近付いてくる。
「ほう。今度は、デンキウナギの真似事かの? まるで、カメレオンのようであるのう」
「そうだ。これが私の錬金術だ!」
微笑すら浮かべる男へ向けて、電撃の槍を放った。
「なるほど。では、我も我の錬金術を見せるとしようかの? それが、礼儀というものよな」
おもむろに、男が褐色肌の右腕を、こちらが放った雷へと差し出す。
掌を見せるような、電撃を掴み取るような動きだ。もちろん、電撃は物質でない。不可能な動作だ。
しかし、結果は酷く予想外にして、こちらの比喩に親しいものだった。
「なっ……!?」
電撃は、男の右手を避ける動きで、脇へと逸れる。さらに、その電撃は、男の体を中心軸とする軌道で弧を描き、左肩から回り込み、こちらに向かって突き出された。
それは宛ら、カウンターのように。
「くっ!!」
動揺を得ながら、バハムートは床を蹴りつけ、左側へと回避行動を執る。直後、雷槍はこちらがコンマ数秒前に立っていた地点を衝き、軽く焦がした。
思いも寄らぬ反撃に、疑問の言葉が口を突く。
「何故……!?」
「何故? 簡単な話ぞ? 電気の流れる向きは、電磁力による干渉を受ける。我はただ、その干渉を以て、軌道を曲げただけであるよ」
違う。
男は勘違いをしていた。こちらの、何故? は、そんな意味ではない。そんな些細で、単純で、分かり切った事実ではないのだ。
こちらが知りたいのは、
「何故、複数の錬金術を扱えるんだ!?」
錬金術師の錬金術は、〝能力器官〟を用いた反応のことだ。要するに、一人の錬金術師が別系統の錬金術を扱うことは、不可能ということを意味する。
もちろん、ヘルメスや自分のように、いくつものエフェクトを扱う者もいるが、その能力の根本原理は同じものだ。
だが、この男は違う。
先ほどの放火能力は、水分の分解と、再結合による燃焼反応だろう。そして、今さっきのカウンターは、発電能力の一種と思われる。
放火能力と発電能力は、根本的に異なる能力だ。
なのに、男はその両方を操っている。他に類を見ない事実だ。
「複数の錬金術? ――それは、このようなことかの?」
答える代わりに、男が右手を向けた。その直線上には、こちらの胸がある。
男の掌が、光を帯びだしたのは、刹那の後だ。
「空気中に存在する〝キセノン〟を〝元素変換〟」
光の正体は、元素変換によるエネルギーの放出。この時点で、大気を操る錬金術と、元素変換の錬金術が、同居している。
驚きから何も口にできない。それでも男が追い打ちを掛ける。左手の甲を見せるような動きで、腕を掲げたのだ。
「さらに、〝電子〟の操作により、酸素を〝励起〟させる」
自分は、学校長を名乗る者。男が何をしているかは、見て聞いて理解していた。
キセノンは、元素変換により〝ヨウ素〟へと姿を変える。そこに、励起した酸素を反応させると、酸素のエネルギーがヨウ素へと移り――、
「ヨウ素と酸素を反応。生じるのは、一・三ミクロンの赤外線」
「君は……、君は一体っ……!?」
何者なんだ。そう叫ぼうとしたとき、既に反応は終わっていた。
「所謂、レーザーと言うものよ」
赤い閃光が迸る。




