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洋上のアルス・マグナ  作者: kitaro-
第四章:再会したアデプト
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第四章:再会したアデプト――7


          ◇  ◇  ◇


 リビングルームが沈黙に包まれる。

 重い。硬い。武はそんな感想を得ていた。


 自分の傍らでは、道兄が眼を見開いて、告げる言葉を失っている。

 先ほどまでは、住民を代表したような言動をしていたが、流石に学校長の一言は衝撃的だったらしい。


 良く分かる。自分も、住民の一人だから。


「あの……学校長?」

「何かな?」


 学校長は、理知的でクールな性格だ。たまに目にする機会はあったし、今日は実際に食事を共にして、その印象は強まった。

 しかし、今、応答してくれた彼女の声は、酷く疲れて聞こえる。


 当然だと思うし、だからこそ、聞いておきたい。


「学校長は、それで良いんですか? 錬金領土は、アナタの願っていたものだったんでしょう? ……そもそも、何故、錬金領土を創ったんですか?」


 彼女は、錬金領土を創造するために、アルス・マグナをコピーしたと、そう言った。

 それが許されないことであることは、友人のヘルメスが敵対を覚悟したことや、彼女自身が素性を偽ったことから、違いない。


 提案時も、倫理的問題からの反発があっただろう。そこまでして、何故、錬金領土にこだわるのか?

 まだ聞いていない。だから、聞いておきたい。

 自分も、道兄も、ヘルメスも、誰も。彼女の気持ちを知らないから。


 尋ねると、学校長は微笑んだ。寂しそうな笑みだった。それでも、苦笑ではないと、武には見える。

 これは、感謝の笑みではないかと、自惚れでなくそう言えた。


「――寂しくて、ね」

 柔らかな口調で、

「昔話をして構わないだろうか?」


 学校長が問う。

 武は、縦の頷きで答えを示した。


「私も、一端の女でね。愛するひとと、子供がいた。――当然ながら、彼らは死んでいったよ。もちろん、私も含めてね」

 だが、

「〝死〟を捨てた私は、再びこの世に生まれ落ちるのだ」


 思い返すと、ヘルメスも同じことを言っていた。

 どうやら〝死に別れ〟とは、〝転生〟を繰り返す、アデプト共通の悩みであるらしい。


 でも、ヘルメスとは明確に異なる点があった。それは……、


「転生とは、思った以上に恐ろしいものなのだよ。何しろ、愛する我が子と、全くの他人になるのだから」


 当たり前だが、自分には転生の経験はない。が、学校長――バハムートの気持ちは、ゾっとするほどよく分かる。

 自分の死を悼む、己の子供。その我が子と絶縁するのだから、一体どれだけの虚無を感じることだろう。


 何より、必然的に訪れるのは、


「その子の命が途絶えたときは、正直生きた心地がしなかった。耐え難い悲しみとはこのことを言うのだと、妙に納得したのを今でも覚えている。――私が、それから孤独を選んだのは、説明もいらないな?」


 二度目の別れ。それも、見送る側としてだ。

 これを、絶望と言わずして、何と言えば良いのだろう。ヘルメス同様。いや、きっと、ヘルメス以上に、人との縁を恐れたに違いない。


「しかし、人間の性からか、独りで生き続けるのは寂しいもので……。だから、私は考えたのだ。どうしたら、この虚無を癒やせるか、とな」


 武くん? と、学校長がこちらの名を呼んだ。


「何故、錬金領土は洋上都市なのか。その理由を考えたことはあるかな?」


 錬金領土は、錬金術による産業と、貿易業を存立基盤としている。

 一連の流れを円滑に行うために、世界中を航海できる洋上都市という形を選んだ。――との答えが一般的だが……。


「それは、独立国家の体を取るためなのだよ」


 錬金領土の提案者が、そう答える。


 確かに、今や錬金領土は、日本の一部でありながら、国家の一つに匹敵するだけの、強い影響力を持っていた。

 現在、世界各国は、錬金領土の生産資源に大きく頼っているからだ。


「学校長は、初めからそのつもりで……? どうして?」

「国の主は、王と呼べるだろう?」


 錬金領土の主は、悲しげに微笑む。


「そして、王とは必然、民あってのものだ。王は、民から慕われ、愛され、期待され、求められる存在。そうなれば私の悲しみも、なくなるかもしれないではないか」

 何しろ、

「この領土には、八七二一六人もの住民がいるのだから」


 だが、と女王は笑みを暗くした。


 武は、彼女の心内をくみ取るように、


「そう、ならなかったんですね?」


 学校長は、無言で首肯して、再び口を開く。


「神様は、意地悪なのだよ。己の国が、己の技術で滅びる。そんなシナリオを綴っていたのだから」


 それからは、誰も、何も、言わなかった。

 学校長も、道兄も、ヘルメスも。戯れも、慰めも、叱咤もしない。


 ただ、静寂が満ちていた。まるで、出来損ないの悲劇のように。

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