第四章:再会したアデプト――2
◇ ◇ ◇
三人を乗せた車両が一台、夕闇の空の下を走り行く。
車両は、ホバークラフトに親しいものだった。錬金領土の主要交通手段である。
何しろ、このホバークラフトは、〝超臨界流体〟や〝圧縮空気〟を用いて操縦するものであり、有害物質を一切排出しないため、環境に優しい。
その上、水陸両用なので、洋上都市の錬金領土では重宝されるのだ。
どうやら学校長に仕える精仕姫は、流体系の錬金術を扱うホムンクルス〝風の運び手〟らしい。
「えっと……、仕姫、さん? 俺たちは、一体どこに連れて行かれるんだ?」
若干戸惑い気味に道真が尋ねる。
学校長がバハムートであること。そして、自分たちが罪を犯したことから、不安がっているようだ。
彼らは、バハムートとアルス・マグナの行方を探っていたのである。司法部に捕らえられたことで、三人の挙動は学校長に伝わっている筈だ。
その学校長こそがバハムートだとしたら、わざわざ牢屋まで使いを送り、解放したことには、絶対に何かしらの理由がある。
道真は恐れているのだろう。こんな状況に対しては、確かに、嫌な展開しか思い浮かばない。
「当然ながら、〝学校長邸〟でございます」
そんな道真の不安を知る由もなく、平然とした口調で仕姫が答えた。
その声色に嘘は見えない。
「お三方が留置所に収容されたと聞いて、学校長は驚かれていました。きっとお詫びをされたいのだと思います」
何でも、
「ヘルメスさまは、学校長のご友人なのでしょう? ……それにしては、お若く見えますが」
「あ、ああ。深い事情があってね」
仕姫が驚くのも無理はないだろう。
学校長パラケルススは、公式認定で三十二才。そして、仕姫自身は二十三才だ。
対して、ヘルメスはどこからどう見ても十代後半。かれこれ一〇年、学校長に使えている仕姫からしたら、二人の縁には不可思議しか感じない筈だ。
もっとも、ヘルメスと、パラケルススことバハムートは、転生を繰り返すアデプトなので、友人関係となってもおかしくはないのだが。
仕姫は、特に追求をせず、そうなのですか。と、穏やかに微笑む。
どうやら、少女めいた見た目の割に、随分とお淑やかな性格らしい。
「学校長は、ヘルメスさまとお目にかかれることを、大変喜んでいらっしゃいました。不謹慎な話ではありますが」
三人は投獄されたのに。との意味合いが、最後の一言に含まれていた。
仕姫は、申し訳なさそうに苦笑を交える。
「喜んで、いたの?」
疑問を含んだ声で、武が聞いた。
そう、鳴宮兄妹とヘルメスは、バハムートとアルス・マグナを探していたのだ。だとしたら、明らかに不自然ではないだろうか?
バハムートは己の素性を偽り、アルス・マグナの存在を隠蔽していた。それを暴き出そうとする者が現れたのだから、たとえ旧友だろうと警戒するのが自然だろう。
どこに喜ぶ理由があるのか?
「はい。私は、これでも一〇年学校長に仕えさせていただいています。学校長がどのようなお気持ちでいらっしゃるか、承知できると自負しております」
それに……、
ふと、仕姫が和やかな表情に、影を入れる。
「学校長は、ふだん、酷く寂しげにお見受けいたしますので……」
――ホバークラフトは、直線で続く約二キロメートルを走った。
五分程度を費やして、辿り着いたのは〝九番船〟。
ホムンクルスの生産プラント。通称〝ガラスの館〟と、学校長の住居〝学校長邸〟を要する船である。
ホバークラフトが停まったのは、欧風の館、学校長邸の前だった。
右側に四角錐。左側に半切妻の屋根を持つ、木造の二階建てだ。
「学校長。ヘルメスさまと、鳴宮道真さま。武さまをお連れしました」
運転席から降り、仕姫が、四角の屋根を持った館の右側へ向けて、お辞儀をする。
「ああ。ご苦労だった」
労いの応えは、低く静かな声だった。
見ると、玄関先に一人の女性が立っている。
歳の頃は三十代前半。新雪よりも白いロングヘアをポニーテールにした、細身で中背の淑女だ。
黒いスーツとタイトスカート。黒のピンヒールと言う、できる秘書のような服装に、医師か研究者が着る白衣を合わせている。
彼女は、メガネの奥に宿る、アメシストにも似た紫の双眸に、ヘルメスの姿を映し、
「久しぶりだな。ヘルメス」
「うん。本当に、久しぶりだね。――パラケルスス」
返答に対して、静かに口端を上げた。




