第二章:二人の少女の対人事情――4
◇ ◇ ◇
そう、だね。
と、言葉を濁すような口振りで、それでもヘルメスが告げる。
「いくつかの可能性はあるけれど、特に影響が大きなものが二つある」
彼女は、右の人差し指を上に向けて、
「一つは、不滅にして無敵の軍隊を生み出すことだ」
固い声で語り出す。
「アルス・マグナは、登録者から〝死〟と言う概念を取り除く。それが悪用されたら、どんなに恐ろしいか、分かるかい?」
「死を恐れぬ、ゾンビ軍団の誕生、かな?」
武が真剣な顔で応えた。
「軍隊から死の恐怖を取り払えば、特攻も自爆も恐れない、殺戮兵団に進化する。きっと、世界最強の軍団になると思うよ」
「しかも、ここは錬金領土だからな。武、お前の想像以上にヤベエ事態になること請け合いだぞ?」
彼女の戦々恐々とした予測を、道真が補強修整する。
「何せ、錬金術師とホムンクルスが存在してるんだ。錬金術を戦術に組み込めば、ひょっとしなくても、誰も止められねえ」
錬金領土は日本の一部であり、積極的に戦争には参加できない。
だが、〝集団的自衛権〟が容認された今となっては、話は別だ。
ある国が、武力攻撃を受けた際、錬金領土は自衛権を適応し、防衛のため、武力行使することが可能になる。
つまり、場合にも寄るが、錬金領土が戦略基盤に用いられる可能性が生まれるのだ。
言うなれば、火薬庫だろうか?
「それでも、それは最悪じゃない」
十分恐ろしい展望だが、ヘルメスは、それを最悪と呼ばなかった。
「それ以上に恐ろしい、最悪の展開があるんだ」
それは、
「アルス・マグナの崩壊。輪廻転生システムの、根本的な破壊だよ」
「それって……!!」
「そうだよ、武。ワタシを含めた全ての〝アデプト〟が、ただの錬金術師。――死を待つ人に、戻ると言うことさ」
「なるほど。アルス・マグナがシステムに過ぎねえのなら、それを冒す〝ウイルス〟だって作成はできる。コピーされたプログラムは、そのサンプルか」
血が退いた青白い顔で、ヘルメスが首肯する。
「これは、ワタシたちアデプトに取ってだけでなく、全ての錬金術師。いや、全人類に取っての極大な損失だ」
アデプトが死を得る。当の本人であるヘルメスにしては、最悪以外の何物でもないだろう。
だが、彼女の言い分と表情からは、寧ろ、後半に対する危惧が強く感じられた。
「アデプトの使命は、〝完全の探求〟だ。人間が完全な存在になる。そのための研究だ。アデプトが死に絶えると言うことは、紀元前より続く錬金術の悲願が、夢として潰えることになるのさ」
しばしの沈黙が訪れた。
三人は話すことを止め、辺りからは三人の声が失われる。
ゴールデンウィークの過ごし方を模索する、他の客の弾んだ声が、三人の心情と見事なまでのミスマッチを生んでいた。
道真が、大きく息を吐く。
「かなり怠い依頼だな。残念ながら、俺には錬金術の悲願って奴が、デカ過ぎて理解できねえ」
「ダメ、かい?」
「ただし、あんたの運命が掛かってんなら話は別だ、ヘルメス」
キョトンとするヘルメスに、
「要するに、下手したらあんたの人生プランが、崩壊するってことだろ? 断れる訳ねえだろう。信頼第一が売りなんだよ、俺たちは」
道真が真剣な顔つきで話し掛ける。そんな彼を見詰め、武は微笑みを浮かべていた。
「報酬は弾んで貰うからな?」
ニヤっと笑む、便利屋に、
「覚悟しておく」
苦笑交じりにヘルメスが言った。




