脱出手段は?
挨拶は大事。古事記にもそう書いてある
貞雄の活躍により、救出された正芳は、朱利の隊と共に安全地帯へと向かった。
当然ながら、安全な道を辿って向かう。人数も装備も十分だが、出来るだけ損害や弾薬の消費を抑えるのを踏まえてである。幾度か魔物や異形の敵と遭遇したが、この人数なので容易に追い払うことが出来た。
「着いたぞ」
「ここが・・・安全地帯・・・」
数十分後、安全地帯へ到着した。
そこは海辺に近い場所であり、周りの地形を利用して城塞のような壁が張られ、壁の上や穴から銃座や機関砲等の銃身が見える。
更には榴弾砲まであり、もはや要塞と言うべき物であった。
「大砲まであるな・・・それだけこの島はヤバイって事か・・・」
榴弾砲を見た貞雄はそう呟き、この島の恐ろしさを改めて思い知った。
朱利は門の前に近付き、味方である事を示す合い言葉を告げ、門を開けて貰う。
「取り敢えず、お前達は身体検査だな」
『身体検査?』
初めて安全地帯に入る正芳達は、朱利からその言葉を聞き、疑問を抱いた。
それが分かる事態が、直ぐにやって来る。
「はーい、男はこっち。女はこっちね!」
「な、なんだあんた等は!?」
朱利と彼の部下達がその場を去った途端、若い女性兵士達が正芳達を包囲する形で現れ、正芳達が文句を言う暇もなく男女別に分けた。
「お、お兄ちゃん!」
「エリナ! くそ、離せよ!!」
何の前触れもなく自分の妹と引き離され所為か、エレンは妹であるエリナを助けようと抑え付けてくる女兵士達を引き離そうとするが、銃座で殴られ、黙らされる。
「おい! 何の真似だ!?」
貞雄も抵抗するも、彼だけには数十人ほどが囲み、更には刺又まで使われているので、ろくな身動きが取れず、検査室へとぶち込まれた。
「は、離して!」
百合奈も抵抗したようだが、軍事訓練を受けた長身な白人女性の力にはアジア人女性が敵うはずもなく、検査室へと連行される。
もちろんのこと、正芳は呆気なく連れて行かれた。訓練や大柄の男達は、銃を突き付けながら検査室へと向かわされたが。
数分後、彼等の検査が終わり、身も心もボロボロになった所で安全地帯へ入ることが許された。
検査は厳重な物であり、衣服のみならず下着まで脱がされた物であった。
これ程まで厳密な検査を行う理由とは、淫魔の警戒である。
夢魔や淫魔と言われるキリスト教の悪魔の一種であり、男の淫魔であるインキュバスも居るのだが、ここは女の怨念が漂う女呪島で女性に関連した異形の生物しか存在しないので男の淫魔は出ない。
何故、女兵士達が、男まで身体検査を受けたのかは、男に化けたサキュバスも出たと言う理由からである。
その訳を盗み聞きしていた正芳が貞雄に告げれば、彼は顎に手を添えながら女呪島の恐ろしさを改めて知る。
「サキュバス? この島は本当に何でもありだな・・・」
貞雄はそう言いながら過剰とも言えるほどの検査を受けた女性陣を見て、申し訳ない気持ちとなる。
特に女性はサキュバスが化け安いので、厳重にする必要はあるのだが、正芳は余りにも過剰過ぎると思い、同情する。
全員が集まったところで居住区に向かい、そこに居る避難民達に聞き込みを行うとダレンが告げる。
「よし、みんな。分かってると思うが、まずはここに居る奇想天外の避難民達の聞き込みからだ。何か役立つ情報があるかもしれないから、メモ取っとけよ」
短く告げれば全員にメモ用紙を渡し、自身も居住区の避難民達の避難民の聞き込みを行った。
正芳も聞き込みを行うべく、知っていそうな人物に声を掛ける。
「(あぁ言うのとは話したくないな)」
時代背景がバラバラな武器を持った兵士らしき避難民達を見た正芳は、彼等を避け、自分が住んでいる街に住んでいそうな自分と同じくらいの歳の少女に話し掛ける。
「あの・・・ここから脱出する手段は・・・?」
その話し掛けた人物とは、訳ありの部隊所属の兵士であるカレンにここへ連れてこられた宮河澄子だ。
正芳が話し掛けた途端、澄子は急に近くにある物を彼に投げ付け、追い払う。
「あっち行け!」
「うわぁ!?」
直ぐさま飛んできた物を避けた正芳は、別の人物に話し掛けようとその場から離れた。
「知っていそうもないな・・・やっぱり・・・行くしかないか」
自分と同じ世代では、この島を脱出する手段を知っていそうもないため、避けていた時代背景がバラバラな人物達に話し掛けることにする。
その話し掛ける人物とは、かつて自分の国に存在していた国防色の軍服を着た武人のような旧軍の軍人だ。階級は国防色の軍服に略棒なので、尉官クラスの将校だ。
「何かようかね?」
正芳に気付いた大日本帝国陸軍の将校は、彼よりも先に声を掛けた。同じ日本人だが、時代が違いすぎる為に正芳は緊張する。ようやく口を開いたのは、将校が声を掛けてから二十秒後の事であった。
「済みません・・・こ、この島から脱出手段とか手掛かりとかは・・・知ってますか・・・?」
声を震わせながら女呪島から脱出する手段や手掛かりを問う将校であったが、当然ながら知るよしもない。前者を知っているとすれば、既にこの島に将校は居ない。だが、後者の方は知っているようだ。
「済まんな坊主、俺はここから出る手段は知らないんだ。だが、手掛かりはある。この島の何処かにいる主を倒す事だ」
「この島の主・・・?」
「あぁ、そいつを捜し出して倒せば、出られる・・・俺はそう考えている」
「は、はぁ・・・」
女呪島の島の主を倒せば脱出できる。
そんな事を言う旧軍の将校に対し、正芳は首を傾げた。
暫くすると、真とエレンにエリナが、フィールドグレーの軍服を着た長身の白人男性を連れて正芳と将校の元へ来た。
「おぉ、同盟国のドイツ軍の将校か・・・やはりこの島は何でもアリだな」
ドイツ国防軍陸軍の将校を見た旧軍の将校は立ち上がり、貞雄と同様に彼も何でもありな女呪島の恐ろしさを改めて知った。
正芳達に対して興味を持ったのか、旧軍の将校は自分の名前を名乗り始める。
「私は田代真矢部だ。真矢部の真は、真の訓読みだ。大日本帝国陸軍の大尉だ、よろしく頼む」
これには失礼だと思い、正芳達も名乗り始める。
「あ、自分は桑部正芳です・・・」
「じ、自分は、灰川真です!」
「随分と活きの良い挨拶だ。そっちのドイツ人の少年と少女は・・・?」
二人の元気な挨拶を見た真矢部は、エレンとエリナの方へ視線を向ける。
無論、二人は日本語など余り聞いたことがないので首を傾げるが、連れてきたドイツ軍の将校が語学に精通なので、自分の紹介も兼ねて代わりに二人の自己紹介を行った。
「彼等は兄妹ですよ。姓名はシュヴァイガーで兄がエレン、妹がエリナです。そして私はクラウス・マイジンガー。大ドイツ帝国の国防軍陸軍、大ドイツ装甲師団所属、階級は中尉です。よろしく頼みます」
「あぁ、よろしく頼む大尉」
同盟国の軍人同士お互いに握手した二人は、正芳達の方へ視線を向け、同行すると告げる。
「そろそろこの呪われた島に飽きてきたところだ。君達に同行しよう。足手纏いになるくらいなら、自決する佐。それと君達のリーダーは誰かね?」
「え、同行する? それにリーダー・・・?」
「り、リーダーだなんて、誰かリーダーやってたか?」
真矢部にリーダーが誰なのかを問われた正芳と真は、誰がリーダーをしていたのか分からず、互いに視線を向ける。そんな困り果てているときに、都合良くリーダーに上げても良いと思う貞雄が彼等の元に来た。
「なんだお前等、どうした?」
「あ、あの、リーダーとかやってもらえますか? この軍人の人が・・・」
直ぐに真は貞雄に訳を話す。当然ながら、貞雄は旧軍の軍人である真矢部の姿を見て驚く。
「うわぁ!? さっきハンマーで殺し回った中に色んな軍服を着た連中は見たが、まさか旧軍の将校まで居るなんてな・・・そこの大尉さんが次のリーダーをするなら良いが。俺旧軍で言えば、曹長の階級で辞めちまってるからな」
一番階級の高い真矢部が代わりのリーダーをしてくれるなら、リーダーと名乗ってやっても良いと貞雄は言う。それを何の疑問を持たず、真矢部は承諾した。
「良かろう、私が次のリーダーになる。なんたって私は将校だからな、軍人らしく、リーダーを務めねばならん」
その大日本帝国の軍人魂で、真矢部はリーダーになると正芳達に告げた。
新たに二人の軍人を仲間に入れた正芳達は、再び手掛かりを探すべく、居住区での聞き込みを続行した。
「女だ! 殺してやるぅ! 犯してから殺してヤルぅ!!」
一方、森林地帯では、頭に聞こえてくる幻聴に取り憑かれ、殺人鬼となった日村金木は、同じ国の女性である佐藤麻子を追い回していた。
若い女性の体力に劣る筈の日村であるが、幻想に取り憑かれた日村は、脳のリミッターが外れているらしく、成人男性の運動力並となっている。
故に逃げる麻子はいずれは追い付かれて、日村に犯された挙げ句に殺されてもおかしくない。
「い、いや! 誰か助けて!!」
助けを求めて必死に逃げながら叫ぶ麻子であるが、生憎と助けてくれるような善人は存在しないようだ。
「待て! 大人しく俺に犯されろォ!! そうすれば楽に殺してヤルゾ!!」
「なんで、なんでこんな事になるのよ・・・!」
追い掛けながら声を掛けてくる日村の声を耳に入れながら、自分を地獄の釜のような島に叩き落とした神を呪った。
だが呪ったところで、今すぐ誰かが助けてくれる筈もない。
やがて追い付かれ、幻聴に支配されて本能の赴くままに行動する日村に捕まり、馬乗りにされる。
「捕まエたゾ・・・ハァ、ハァ、ハぁ、逃げた罰ダ、苦しめてから殺してヤルゥ」
「い、いや・・・! 離して!!」
馬乗りになって服を引き剥がそうとする日村に麻子は抵抗するが、力が強すぎて引き剥がせない。
このままこの男に犯され、散々犯された挙げ句に殺されるのだろうか?
そう思った矢先、突然銃声が聞こえ、日村が悲鳴を上げて右肩を抑えるながら蹲り始めた。
何が起こったか分からない麻子は、自分の願いが叶えられたことも知らず、その場で呆然としていたが、やがて自分を助けた正体が茂みから現れた。
「金髪・・・?」
間の抜けた声で、自分を助けた恩人の一番目立つ外見の事を口に出す。
麻子の言ったとおり、長い金髪と素顔を露わにしていたが、身体はカレンや朱利と似たような装備で覆われている。オーダーメイドか高級品であろうか、別格である。それに手に持っている銃は、SG550と呼ばれるスイスの値段の高い突撃銃だ。
背中には、ドイツのPSG1狙撃銃の廉価版であるMSG90狙撃銃が掛けられている。
その容姿は体付きを見れば女性と分かり、麻子が嫉妬してもおかしくないほど肉好きも良く、白人で顔立ちも良くて綺麗な顔立ちをしていた。そして瞳は吸い込まれるような碧眼であった。
その女性はライフルを下げ、痛がる日村に近付き、彼が抑える右肩にワザと脚を強く乗せ、懐から取り出した写真を見せ、写真に写る人物が何処にいるか問う。
写真に写っているのは、カレンが見せたと同じ人物、つまりルリが写っていた。
「ねぇ、この娘何処にいるか知らない?」
「し、知らん! そんな白豚の雌餓鬼なぞ俺はシラン!!」
痛みの余り、強気で知らないと告げる日村。当然ながら女性の気を損ねたのか、腰から抜かれたP228自動拳銃で頭を撃たれ、幻聴から解放される。
それを見ていた麻子は次は自分の番だと思い、直ぐに武装した女性から離れる。
「こ、殺さないで・・・!」
「あっ、あんた、この娘、知ってる?」
次に美しい冷徹な女性は麻子に聞いたが、当然ながら写真に写る見知らぬ美少女の事など全く知らない。
正直に答えれば殺されると思い、何処か適当な場所に指差し、そこにいると嘘をつく。
「あ、ああっち・・・あっちに居ます・・・!」
「ホントに? 嘘ついたら殺しちゃうけど? まぁ、調べておいても損はないし」
そう言って女性は、麻子が指差した方へ向かった。
その隙に麻子は出来るだけ武装した女性から離れるべく、這い蹲りながらも逃げようとする。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない・・・!!」
死を恐れる言葉を連呼しながら地面を這いずり、安全な場所を目指して逃げる。
麻子が逃げる方向は、安全地帯へと正反対の場所であるが。
もう少しと麻子が思ったところで、巨大な足が目の前に見えた。
「あれ? これ・・・」
彼女が足の正体を確かめようと、顔を上に上げた途端、その足に麻子は踏み潰された。
麻子を踏み潰した足の正体は、巨大な人型の異形であった。
マリマリ登場