お兄ちゃんは、臆病者?
前回、ルリ登場
少女の手を取って立ち上がった正芳は、頭を下げ、武装した彼女に向けて礼を言う。
「あ、ありがとう・・・」
「うん、どうもどうも」
正芳が礼を言えば、少女はニコニコしながら頭を下げる。これ程の美少女と会話するのは、殆ど異性と話したことがない正芳は緊張しすぎて次に出る言葉が浮かばない。当の相手は、正芳が額に汗を掻いているのを必死で敵から逃げて疲れていると思っている。
「疲れた?」
どのような言葉を出して良いか迷っている正芳に対し、少女は疲れたのかを問う。これに正芳は、慌てて返答する。唾が飛んだようだが、少女は鈍いのか、それとも単なる天然なのか気にも留めない。
「だ、だだ大丈夫です! はい!!」
「大丈夫なんだね。それじゃあ、私はルリ。ルリ・カポディストリアス。ルリって呼んでね。お兄ちゃんは?」
ルリと名乗って自己紹介した少女は、正芳に名を問い始める。
「あぁ、俺? 桑部、桑部正芳・・・高校二年生です・・・」
「高校生なんだ~彼女居る?」
「いや・・・居ません・・・」
自己紹介して自分が高校生だと明かせば、ルリは彼女が居るのかと問い、全く居ない彼は正直に答える。
「ふーん、色々と見ているけど、そうなんだね。それじゃあ、何処行く? お兄ちゃん」
「お、お兄ちゃん・・・!?」
「うん、お兄ちゃん」
何処へ向かうか問われた後、突然「お兄ちゃん」とルリに言われ、顔から火が出そうな勢いで赤面する正芳。少々慌てながらも気持ちを落ち着かせ、安全な場所に向かうことを告げる。
「じゃあ、安全な所へ・・・」
「安全な所だね、分かった。ついてきて、お兄ちゃん」
「また言われた・・・」
ルリに二回も言われ、再び顔を赤らめながら、武装した小柄な少女の後へついて行った。
道中、何体かの敵と思われる異形の動物らしき物を目撃したが、ルリの後へついて行けば、それらと全く遭遇せずに済む。
「(ルリちゃんすげぇ・・・敵に見付からないルートを見付けるなんて・・・)」
心の中でルリの凄さを知った正芳。そのまま敵と遭遇しないルートを進み、ルリが言っていた「安全な所」へと到着する。
「着いたよ」
「こ、ここが・・・!? なんか、どう見たって安全な場所に見えないんだけど・・・」
正芳が言ったとおり、そこは安全とは程遠い場所であった。
剣や槍、斧などの刀剣類で武装し、鎧などで身を固めた男達が奇声を発したり、ブツブツと呟いたり、幼児退行をしている。銃で武装した者達も同様の有様であり、今すぐにでもここから離れなないと、発狂してあの男達の仲間入りでもしそうだ。武装していない者達も同様の有様であった、
何かを叩く音がする方を見れば、派手な軍服を着た男が岩に向けて何度も頭を打ち付けている。その男の周りには、腹に刃物を何度も突き刺して息絶えた兵士や、これから軍服の男が辿るであろう額が潰れた死体が転がっていた。銃での自殺や仲間同士で殺し合った形跡も見られる死体もある。
そんな狂気染みた光景が広がる場所が"安全な所"などと冗談にも程があるが、周りで発狂している男達は、正芳とルリに危害を加えるつもりはないようで、ずっと奇行や幼児退行を繰り返している。
「本当にここ、安全な所?」
「うん、そうだよお兄ちゃん」
「あ、アハハ・・・そ、そうだね・・・」
一度ルリに確認を取ってみる正芳であったが、天使のような微笑みで返してきた彼女の答えに、苦笑いをしながら無理にでも自分を納得させた。
そんな気味の悪い光景が広がる場所を怖がる正芳に関係なく、ルリはその男達の中を平気で通る。
「こっちだよ」
「あぁ、うん・・・分かった」
精神病院とは比べ物にならない地獄絵図のど真ん中に、場違いな美少女であるルリが声を掛けてきたので、正芳は無理矢理笑みを作って彼女の後へついていった。
「こ、殺せぇ! 奴等を殺せぇぇ! 皆殺しだぁぁぁ!!」
「れ、レイプしたのは俺の戦友だぁ! 俺は止めようと思ったんだ! なんで俺がこんなに、キェェェ!!」
「わぁぁぁ!! やだよ! ママ!! 助けて! 僕を助けてママ!!」
周りの発狂している男達からそのような声が耳に入り、正芳の精神を犯す。
いつ着くのか・・・!?
そう早く目の前を何食わぬ表情で歩く少女が目的地へ着かぬかとやや恐慌状態となってきた正芳であったが、ようやくの所で少女の声が耳に入った。
「ここだよ」
ルリの背後にあるドアに、正芳は彼女を押しのけ、ドアを開けて中へと入った。
もう沢山だ! あんな所に長居したくない!
そんな気持ちに心が支配されたのか、自分を助けて安全な場所まで連れてきてくれた少女に対し、恩を仇で返してしまった。
声を聞かぬように急いでドアを閉めようとしたが、少女は常人とは思えない速度でドアの隙間に入り込み、彼がドアを閉める前に中へ入った。
恐怖心でルリの事を忘れていた正芳は殺されると思い、目を瞑って自分が召されるのを待つ。
だが、ルリは自分を閉め出そうとした正芳を殺すことはせず、彼に向けてこう放った。
「お兄ちゃんは、臆病者?」
放たれた言葉に正芳は、反論の言葉もなく、ただ納得するしかなかった。
そうだ! 俺はどうしようもない臆病者なんだ!!
虐められている奴が居たら助けもせずに見て見ぬふりをしたり、路上で絡まれている奴も何人も見捨ててきた! どうせ俺は臆病者でクズなんだよ!
目の前に居る少女に向け、自分がどういった人間なのかをぶつけたいと思っていたが、そんな勇気はなく、小さく頷くだけであった。
「そうだよ、俺は臆病者さ・・・銃は一応持っているけど上手く扱えないし、そこらでやられる雑魚キャラさ」
正芳は自分の気持ちを抑え、プライドを捨ててそうルリに告げた。
だが、ルリの方はそんな正芳には納得できないと思っているようだ。
「お兄ちゃんはそれで良いの?」
「良いんだよ、どうせ俺なんて単なる平凡な男子高生だ。何やっても普通、青春も普通、卒業しても普通に過ごすんだよ・・・今は、違うけど・・・」
もう一度、正芳は自分が平凡であることを告げればルリは諦めたのか、開いているドアを閉め、外から聞こえてくる狂いに来るって哀れな末路を辿った男達の叫び声を断絶した。
「そうなんだ・・・じゃあ、私寝るね。明日辺り、出て行くかもしれないから。その時はここで助けが来るまで居て良いよ」
正芳の事をそこまでの男と判断したルリは寝室へと向かい、装備を外してから眠りについた。
自分より小柄な少女に情けない人物と思われれば、プライドのあれば強がる物だが、正芳はそんなプライドの高い人物ではなく、自分さえよければ何だってやるタイプの人間であった。
少女が毛布にくるまって眠った後、これからどう自分が生き残るかどうか一人で悩み始めた。
「く、クソ・・・あいつ等は何処へ行ったんだ?」
安全地帯へと向かう一行からはぐれた者がもう一人いた。
それはかの有名なナチス親衛隊の長官を務めたハインリヒ・ヒムラーに似て、強制収容所の如く、社員を囚人として扱って働かせている企業の社長を務めている日村金木だ。
正芳以外全員固まって逃げたと思っていたが、彼は別の方向へ逃げてしまい、こうして一人危険な森の中を彷徨っているという訳だ。
素人でも扱えるほどの操作性が高いAK47突撃銃を汗ばんだ手で握って周辺に目を配りつつ、自分を探さずに逃げた一行をブツブツと文句を垂れながら捜す。
「この私を見捨てるとは・・・後でどうなるか分かってるんだろうな。事が済んだら訴えてやるぞ! それにしても何だ、この頭に聞こえてくる声は? 幻聴なのか・・・?」
恐怖心を紛らわせるために一人で喋っている日村であったが、何者かが頭の中に語り掛けてくるので、ただでさえ恐い森の中が更に恐ろしくなってくる。
その頭の中に聞こえてくる幻聴とは、女の声であり、声色は殺意に満ちた物であった。この声の主はきっと、外の世界で非業の最期を遂げたのだろう。自分を辱めた男に対しての憎しみが伝わってくる。
『殺せ・・・! 殺せ・・・! 男は全て殺せ・・・!』
「う、煩いぞ! 私は殺人を犯しては行かないのだ!!」
一人で叫んで頭に聞こえてくる幻聴を振り払おうとしたが、幻聴は止まなかった。
更に酷くなるばかりであり、数分後には日村は一行を探すのを止め、銃を地面に落として頭を両手で押さえ始めた。
「煩い・・・煩い・・・! 煩い、煩いぃ・・・! 煩い煩い煩いうるさいうるさいうるさいウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!」
終いには精神を病み、狂って連呼し、頭を血が出るまで掻き毟り始める。
皮膚を数㎜ほど爪で抉ったところで、日村は奇声を上げて地面に倒れ込んだ。
「クェアァァァァァァァァ!!」
倒れ込んだ後、人形のように起き上がり、尋常ではない狂気染みた笑みを浮かべ、口を開いた。
「そうだ、殺せばイインダ、人ヲ。誰でもイイから殺ってしまエバ、この島から脱出デキル。デきルンだ。殺そう。殺しにイこう!」
誰か殺せば島から脱出できる。
幻聴に支配された日村は立ち上がって銃を取り、安全地帯へ向けて歩み始めた。
常人のようなしっかりとした足並みではなく、異形の化け物のような足並みで・・・
次はハンマー無双にしようかな?