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ここから、物語が動きます。
ガッツリ系ということで彰子の発案により、韓国料理屋の一角で二人はうっすら生成りの白い液体を目の前にして観察している。
「おお〜っ!これがマッコリかあ。初めて拝みますよ♪」
「いいけど、ほんとうに大丈夫?日本酒並みよ。あと壊れても知らないわよ。」
「ええ〜、そんな冷たいこといわないでくださいよ。住所教えますから、送ってくださいね♪」
彰子はドキっとした。実は住所なんかきかなくても、一之瀬のマンションを知っているのだ。2年前の新人の歓迎会の時に酔っ払った一之瀬が間違えて彰子のタクシーに乗りこんできてそのまま眠ってしまったのである。その時、なんとか一之瀬が持っていた手帳で住所を調べて送り届けたのだ。
「あほか、遠回りになるじゃない!」
彰子が簡抜いれずにつっこむ。
「いいじゃないですか、泊まっていけば♪」
一之瀬はリズミカルに軽いノリで答える。
「あのねえっ!」
彰子がムキになって怒っていると一之瀬はニッコリ笑って彰子を見た。
「はやく飲みましょう、先輩。」
一之瀬のまったく気にしてない様子に彰子は脱力した。
「はいはい。飲みましょうね。」
仕方なく彰子が応じる。
「おつかれさーん♪」
二人で声を揃えてグラスを軽く重ねると、珍しそうにマッコリを口にした。
「へえ、おいしいですね。なんか、甘酒っぽい。」
「油断すると来るわよ。さあ、食べよう!プルコギ焼けてるよん。」
「おお、いいにおい、そそるねえ。」
そういいながら、いつもなら仕事の話もでてくるのに今日は終始料理の話で盛り上がった。最後は石焼ビビンバで二人は最高に盛り上がって笑った。それから、どうしても一之瀬が飲みたいというので一之瀬に案内されてバーに一軒立ち寄った。
そこは、さほど暗くもなく、落ち着いた雰囲気で人の話し声も結構聞こえるため、妙に緊張しなくてもいいところだった。カウンターの奥に席を取り、一之瀬はジントニック、彰子はギムレットを頼んだ。
彰子はバーテンダーから差し出されたこぼれそうなぐらい一杯になったグラスをそおっと寄せて口へ運ぶ。一口含むとすっぱくて口の中がすっきりとして気持ちいい。上機嫌でにっこりわらうとその様子をじっと面白そうに眺めていた一之瀬に話しかけた。
「こんな店も来るんだ。」
少し、上目遣いでちらっと一之瀬を見る。一之瀬はふっと目を細めて答えた。
「たまにですよ。」
「ひとりで?」
彰子は子供みたいな目で不思議そうに一之瀬をじっと見る。
「そこをつっこむか。」
一之瀬が照れたように笑う。
「あ、ふられた前の彼女と来たとか。」
急に一之瀬が噴出す。
「ぶっ!ちっ違いますよ。前の彼女は飲みませんでしたから、って、なんで前の彼女にふられたこと知ってるんですか!」
「カンだってば!やっぱりふられたんだ。ごめんね、図星だったのね。」
しまった!と思いながらも彰子は苦笑いして逃げる。まさか知ってるとも言えない。2年前、送っていった彰子を前の彼女と間違られていろいろなことを泣きながら独白されてしまったのだ。怪しむような目で見つつも一之瀬が真面目に答える。
「大学の時、雑誌のモデルやってたって言ったでしょ?あの時のスタッフが時々つれてきてくれたんだ。」
「ああ、そうか、一之瀬雑誌のモデルやってたんだもんね。なんで続けなかったの?似合いそうな仕事なのに。」
「えっ?もともとそんな気なかったんですよ。たまたま、いいバイトがあるって誘われただけで、別に職業にする気はなかったんですよ。その時どうしてもお金が居ることがあったのでとっても助かったんです。」
「お金がいること?」
「ええ、父が病気になって学費と仕送り両方を出すのが大変になったんですよ。それで、少しでもと思って割りのいいバイトを探してて、そんな時サークルの先輩が紹介してくれたんですよ。」
「そうだったの。それでお父さんはお元気でいらっしゃるの?」
一之瀬は少し寂しそうに笑って首を振った。
「一年ほど患って亡くなりました。喉頭癌だったんですよ。まだ若いからって進行が早くて。」
彰子はその話を聞いてひどく悲しそうな顔をしたので、かえって一之瀬のほうが恐縮してしまった。
「大丈夫ですって、先輩そんな顔しないでくださいよ。ずいぶん前の話ですから。」
一之瀬が逆に必死にフォローするが、彰子の顔は曇ったままだった。
「ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃったわね。」
彰子が申し訳なさそうに低い声で言う。
「大丈夫ですって。」
一之瀬はそうやって軽く流そうとしたものの、彰子は切なそうにその視線をグラスに落とす。なぜか一之瀬はその時、彰子の姿があまりにも寂しそうに感じて一瞬声がかけられなかった。
それから会話も途絶え、二人はだまって飲んだ。一之瀬は彰子と一緒にいて、こんなに会話がないのははじめてだった。なぜか話しかけてはいけない気がしたのだ。どこか様子が違う彰子が気になりつつもグラスを口に運んだ。
「もう、帰ろうか。一之瀬。」
少し寂しげな表情で笑いながら彰子が声をかけてきた。
一之瀬は黙って頷いた。
店を出ると彰子がタクシーを停める。
「一之瀬、大分飲んでるから、タクシーでかえりなさいよ。どうせワンメーターぐらいでしょ?」
「さすが、気が利きますね、彰子先輩。」
そう言って、タクシーが近づいてくると彰子をそのまま車に押し込んで自分も乗り込んだ。
「ちょっと!なんで私まで乗ってるのよ。」
「池上町まで。」
彰子の言葉を無視して行き先を告げると彰子の方にもたれてすやすや眠りはじめた。
「ちょっと、一之瀬!」
寝息だけで、返事がない。彰子は仕方なく、ため息をつくと諦めたように窓の外を見た。あの時もこんな風に眠ってしまって彰子を困らせた。あの後部屋まで送り届けたときに振られた彼女と間違えられて、手を握られて泣かれてしまった。もう、あれから2年も経つのだ。目的地に近いところまで来ると、眠っている一之瀬のかわりにマンションを案内して、目の前に停めてもらった。
「ちょっと、起きてよ!着いたわよ。」
一之瀬が、ぼんやり目を開ける。
「あ、ほんとだ!なんで俺の家がわかったんですか?」
酔っ払ってややろれつがまわらないしゃべりで彰子に尋ねる。彰子はどきっとするが、あなたが自分で説明してたわよとごまかして一之瀬に降りるように促した。一之瀬は重い体を無理やり起こしてタクシーを降りると、また、マンションの中に彰子を強引に引っ張っていく。
「ちょっと、離しなさいよ、一之瀬。」
一之瀬は上機嫌で彰子の声に耳をかさない。一之瀬は彰子の腕を掴んだまま、エレベーターを経由し、3階の自分の部屋の前に立つ。ポケットの中を探って鍵を取り出すと何度か失敗してようやく鍵穴に納め手扉を開けた。そして、彰子をひっぱりこんでドアをしめると、一之瀬は彰子を抱き寄せた。彰子は心臓が止まりそうなぐらい驚いた。
「ちょっと、一之瀬、何やってんのよ。離しなさいよ。一之瀬!」
彰子が一之瀬の身体を腕で押しやろうとするが、一之瀬はさらに強く抱きしめる。一之瀬の広い胸に彰子がすっぽりと納まっている。彰子はどきどきして少し酔いがまわってきたようにクラッとした。
「彰子先輩、ここへ来るの2回目でしょ?」
「えっ?」
耳元で一之瀬が落ち着いたしっかりとした声で話す。さっきの酔っ払いではない。どうやら、正気のようだった。
「ほら、2年前、新人歓迎会で俺が飲みすぎた時ですよ。あなたが、ここまで送ってくれたんでしょ?」
「・・・。」
彰子ははっとしたがそのまま黙っていた。
「あの時は誰だかわからなかった。でも、あの時からその女性のことが忘れられなくて探してたんです。そしたらある時、同じ声で同じ香の人を見つけたんです。それが、彰子先輩でした。」
彰子はとっさに逃げようとしたが、瞬間、一之瀬の強い力で押さえつけられた。
「すごく綺麗で頭のいい人で仕事ができて、俺、本当眩暈がした。それから、彰子先輩に追いつきたくて必死に仕事して・・・。俺、彰子先輩に認めて欲しかった。マネージャーや部長よりも彰子先輩に・・・。」
そういってぐっと抱きしめる手を強める。彰子は心臓の音だけが体中に響いているみたいで全身が体の奥から熱くなる。彰子は目を閉じてじっと耐えるような表情をすると次の瞬間、目を開けて一之瀬の手を解こうとした。
「彰子先輩、好きです・・・。」
彰子は一瞬、息が止まるかと思った。そうして、彰子は体の力がすっと抜けていった。一之瀬が腕を解いて彰子の顔を見おろすと彰子は涙を流していた。
「なぜ・・・?泣いているんですか?」
一之瀬が彰子の頬を包むように触れる。彰子はゆっくり目を閉じる。
「わからない・・・、でも・・・。」
一之瀬が唇を近づけようとすると、彰子が瞬間一之瀬の体をすり抜けた。そして、寂しく悲しそうな目をしてじっと一之瀬を見た。
「ごめんなさい・・・。私があなたを深入りさせてしまったわね・・・。ごめ・・・。あなたは、私みたいな年上の女じゃなくて、もっと若くてあなたに似合うような子を探して・・・。それに私・・・、そんな資格ない・・・。ごめんなさい・・・。」
「彰子先輩?年なんて関係ないですよ。俺は、彰子先輩が好きなんだ。彰子先輩じゃないとだめなんだ。この一週間だって、SKドラッグの件でひどくめいっていたとき、いつもメールで励ましてくれて・・・。今日だって・・・。俺、どんなにうれしかったかわかりますか?どんなときでも、あなたさえいれば俺はなんでも出来るし、元気になれるんですよ。」
「・・・でも、ごめんなさい・・・。私・・・ダメ・・・。お願い・・・。許して・・・。」
しぼりだすようにつまりながらそう言うと、急にドアを開けて外に駆け出した。一之瀬はその後慌ててを追いかける。彰子は後ろも振り向かず走って、大通りに出るとタクシーを拾って走り去ってしまった。一之瀬はその場に取り残されて呆然とした。




