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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。いよいよ最終話です。
エピローグ
ーそれから3ヵ月後ー
「ちょっと!一之瀬!起きなさいよ!会社遅れるってば!」
既に支度が出来上がっている彰子が一之瀬を揺り起こしている。
「ううん・・・、もうちょっと・・・。」
「だめよ、遅刻するわ!」
「彰子さんが早すぎなんだって・・・。」
「起きなさい!」
彰子は厳しく命令口調で言う。
「嫌だ。航くんって言ってくれたら起きてもいい。」
「あのねえ・・・。」
彰子は脱力した。こいつこんなに甘えっこだったのか、と絶句しつつも苦笑いする。軽くため息をついて呼吸を整えた。
「航くん、起きてくれるかな。」
彰子が顔を近づけて耳の傍で囁いた。一之瀬はぱっと目を開けて彰子の腕をぐいっと引っ張った。
「あっ!ちょっと!」
その反動でよろけて一之瀬の体の上に乗り上げる格好になった。一之瀬はすかさず抱きしめて彰子の唇に軽くキスをする。
「いただきっ!やっと呼んでくれた。」
いたずらっぽく一之瀬がうれしそうに笑う。彰子は真っ赤になっている。
「彰子さんかわいい。このまま、会社に行くのがもったいないな。ずっと彰子さんを抱いていたい。」
パチっ!不意に彰子の張り手が一之瀬の額にヒットする。
「いてっ!」
その瞬間、彰子は一之瀬の腕をすり抜けて立ち上がる。
「なに馬鹿なこといってんのよ。早く支度しなさい。朝食出来てるわよ。」
そういうとスタスタ歩いてダイニングのほうに行ってしまった。
「ちぇっ!マジなのに俺。」
一之瀬はしかめっ面してぼやきながらしぶしぶ身体を起こして着替え始めた。彰子は幸せそうな顔してダイニングテーブルでコーヒーを二人分のカップに注いでいた。
その日、会社に着くなり、二人して支店長のところに挨拶に行くと、午後には会社中の知るところとなった。
昼休みの休憩室は、いつになく彰子と一之瀬の話題で盛り上がっていた。
「ねえ、名村主任、一之瀬君と結婚するらしいわよ。聞いた〜?」
営業1課と2課の女の子達が集まって井戸端会議をしている。
「え〜っ?本当?名村主任は安全パイでてっきり姉弟の関係だと思ってたのに!ショック!」
「名村主任もやっぱり女だったってことよね〜。年齢的にも切羽詰って一之瀬さんを追い詰めたんじゃない?」
西倉絵梨が綺麗な顔を意地悪そうに歪ませて嫌味っぽく言った。
「それが、ちがうらしいわよ。話によると、一之瀬くんがベタ惚れで名村主任を口説き落としたらしいわよ。」
西倉が驚いた顔をした。
休憩室でそんな話題が飛ぶ中、ピーチクパーチクあることないこと噂をする女の子達を三枝は1人覚めた目で見ていた。
「玲子。」
その声に井戸端会議隊は急に黙り込む。
「ああ、彰子。あんたたちエライ噂になってるわよ。」
「え?ああ、いいのよ。隠すことでもないし。」
三枝は苦笑いした。
「これだから幸せもんと話するの嫌なのよね。」
三枝はわざと迷惑な顔をして笑う。
「でも、彰子から電話もらったときには本当自分のことのようにうれしかったわ。」
「玲子のおかげよ。恭二のお墓にまさか航が現れるなんて思ってもいなかったもの。式にはいい席を用意するわね。」
「はいはい。お礼に私にも若くていい男紹介しろって一之瀬に言っといてね。」
「はいはい。かしこまりました。」
そういって噴出して二人で笑った。
彰子がロッカーに荷物を取りに入ると、彰子のロッカーの前に西倉が立っていた。
「西倉さん?」
西倉は彰子に近づいてくると、深々と頭を下げた。
「名村主任、申し訳ございません。」
突然のことに彰子はびっくりした。西倉はプライドの高さでは有名で仕事以外で人にこんなに頭を下げるなんて考えられなかった。
「どうしたの?急に?」
西倉は頭をさげたまま話を続けた。
「私なんです。名村主任に嫌がらせしたの・・・。」
「えっ?」
彰子は絶句した。
「私、一之瀬さんのこと好きだったから、悔しくて・・・。主任、次の日からしばらく休んでたみたいだし・・・。きっとひどく傷つけてしまったんですよね。私・・・主任が一之瀬さんを振り回してるんだとばっかり思ってました。」
彰子はしばらく呆然としていたが、ふっと微笑んだ。
「西倉さん、頭を上げて。」
「そんな、私とんでもないことして・・・。」
西倉が涙声になる。
「あの・・・写真の人・・・、どなたですか?」
西倉が涙で濡れた目で見つめてくる。彰子は少しためらったが、西倉をまっすぐに見て言った。
「3年前に事故で亡くなった婚約者よ。」
西倉がはっとする。次の瞬間顔をゆがめた。
「すみません・・・、すみません・・・、私なんてこと!」
西倉が嗚咽して泣き崩れてうなだれる。彰子がかがんで西倉の肩を両手で起した。
「もう、いいのよ。それにあんなことがなければ私は未だに前に進めなかったわ。そりゃあ、あの時はショックだったわ。でもね、今は感謝よ。3年前のまま私は時計が止まっていたの。あのことでそれに気付かされたわ。そして自分とやっと向き合うことができたの。だから、もう、気にしないで。謝ってくれただけで十分よ。あなたがやったって言わなければ気付かずに済んだのに、こうして正直に話してくれたわ。本当、それだけで十分よ。」
西倉が涙目で彰子を見上げた。
「本当に申し訳ございませんでした。・・・一之瀬さんとお幸せに。」
西倉は顔を真っ赤にしながらも一生懸命言葉を振り絞った。そしてもう一度深々と一礼すると走って出て行った。彰子はロッカールームの扉を見ながら軽くため息をつくとやんわり笑った。
ー結婚式ー
花嫁の控え室の前で一之瀬はそわそわうろうろしている。
ガチャッ!
扉が開く音がして息を呑む。
「なんだ、三枝さんかあ。」
一之瀬ががっくり肩を落とす。
「ちょっと、なんだとは何よ。恩人に向かって!」
「ああ、すみません、その節は・・・。」
一之瀬は営業用の愛想笑いを三枝に振りまく。
「あの〜、はいっていいですか?」
むっとしている三枝にやや上目遣いで恐る恐る尋ねた。
「ダメっ!もう少し大人しく待ってなさいよ。ほんと子供なんだから。」
一之瀬は三枝にしかられるとシュンとする。その様子に三枝は噴出す。
「あははは。彰子があんたをいじるのが好きなのはわかる気がするわ。ほんと子供なんだから。いいわよ。入って。待たせたわね。」
一之瀬の顔が急にぱあと華やいだ。三枝はクスクス笑いながら扉に手をかけようとしている一之瀬の背中に釘を刺した。
「あ、いくら綺麗だからって変なことしちゃだめよ。今更直してる時間ないんだからね!」
三枝の言葉にドキッとして一瞬ひるんで赤くなる。
「なんつーことを!」
一之瀬は半身後ろを振り返って三枝に一言言うと、どきどきしながら扉を開いて中に入った。
「玲子?ちょっとそこのバックとってくれる?」
彰子は物音に三枝だと思い、声をかけるが返事がない。変に思ってドアのほうに振り返った。
そこには雑誌から飛び出てきたようにかっこよく笑う深いグレーのタキシードの紳士が立っていた。彰子はその姿を見てどきっとして一瞬黙り込む。
「彰子さん・・・。すごいよ・・・。綺麗だ・・・。」
一之瀬は目を輝かせながら頬を赤らめて彰子に見とれている。彰子は純白のドレスにつつまれて白く抜けるような肌にほんのり赤みがさしてこれまで見たことがないような清らかで艶めかしい美しさをかもし出していた。。一之瀬はうっとり眺めるとこわれものにふれるようにそおっと彰子を抱きしめた。触れてくる一之瀬の手から、体にこもった熱が伝わってくる。途端に彰子も鼓動が早くなる。互いの鼓動が共鳴してひとつになったみたいに体中に響きわたり、いつの間にか周りの音がすべて聞こえなくなった。
「まずいよ、俺、みんなの前に出したくなくなってきた。こんなの見せるのもったいない。」
まじめに一之瀬が子供みたいに我儘を言い始める。
「航?何馬鹿なこと言ってるの?」
一瞬モデルのように美しいエレガントな紳士に見えたのに、中身はいつもの一之瀬だ。この男は子供なんだか大人なんだか本当に計り知れない。彰子はクスクス笑った。
「ちょっと!そこの二人!いつまでお熱く抱き合ってるのよぉ。時間よ!」
三枝が渋い顔してテレながらまくしたてると二人がぱっと手を離した。その瞬間、二人で真っ赤になって笑い転げた。
愛の讃歌 (コリント十三章)
愛は寛容であり、愛は親切です。
また人をねたみません。愛は自慢せず、
高慢になりません。礼儀に反することをせず、
自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を
思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、
すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。
一之瀬と彰子がじっと互いの目を見つめる。一之瀬の瞳に彰子が、彰子の瞳に一之瀬が映っている。それぞれの慈しみの想いをこめて互いの愛を誓う。
その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。
「誓います。」
アーメン
= FIN =
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これからも、がんばります。よろしくおねがいします。




