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【完結】奴隷騎士の主  作者: 社菘
6.戦乱の夜明け

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 ◆ ◇ ◆ ◇



「――リンメロ王国の末王子、ニコラ。やっと我の元に嫁ぎに来たか」


 ウルガル帝国の謁見の間に、下品な笑い声が響く。高い場所から見下ろしている年老いた狼の獣人・エリゼオは、ニコラを見ながらぺろりと舌舐めずりをした。


 リンメロ王国の騎士たちに拘束され跪いているニコラを、アトラ王国で捕らえて連れてきたヴェインの隣で見ていたアルディスが「やっと諦めたか、大馬鹿者が……」と呟きながらため息をついた。


「アトラ王国の港より、違う大陸に逃げようとしていたところを捕らえました」

「一人でか?」

「人間の男が一人、手引きしていたようです。帝国から逃げ出した捕虜の、ミンフティ大国の王太子だと名乗っておりました」

「ラウロか? あやつ、まだ生きておったのか」


 アトラ王国を見張っていた傭兵、ライアスがニコラを捕らえた時の状況を報告する。ラウロの名前が出てくると、エリゼオは目を丸くして驚いていた。


「とっくに死んだと思っておったが、しぶといやつだったな。もちろん殺したのか?」

「――はい。滞りなく」


 ライアスがそう告げると、エリゼオは楽しそうに声を上げて笑った。その下品な笑い声は死者を冒涜しているようなもので、ニコラは怒りに体が震えてくる。精神を落ち着かせるために一度ゆっくり深呼吸をして、ギッとエリゼオを睨みつけた。


「なんだ、兄たちの言いなりで大人しいオメガだと聞いていたが、我を睨みつけるとは」

「も、申し訳ありません、エリゼオ陛下……! 教育し直しますので……」


 アルディスは慌ててニコラの非礼を詫び、深々と頭を下げた。そんな兄を何とも言えない表情で見つめていると「お前も頭を下げろ!」と言い、ニコラの後頭部を押さえて無理やり謝罪をさせた。


 そんなアルディスの力に抗う姿勢を見せると、エリゼオはより一層楽しそうに笑う。コツコツと足音を鳴らしながら玉座から降りてきて、ニコラの細い顎を掴んで上を向かせた。


「良い。懐かぬ猫を調教するのもまた一興。だが……報告によれば初物ではなくなったと」

「な……っ!」


 ニコラが純潔ではないという情報は事前に報告されていた。純潔のオメガを所望していたエリゼオよりもアルディスのほうが青い顔をしていて、逆上したアルディスはバチンッと音がするほど強くニコラの頬を叩いた。


「何をやっていんだ、お前は! 一族の恥晒しめッ」

「……」

「まあ、そんなに怒るでない、アルディス殿。初物じゃないのであれば、多少乱暴にしても耐えられる利点がある。それより、この美しい顔に傷をつけるな」


 アルディスに叩かれて赤く染まる頬を撫でながら「痛かったなぁ」と、猫撫で声でニコラを慰めるエリゼオに吐き気がする。ただ、ここを乗り越えるためにぎゅっと唇を噛んで耐えるしかなかった。


「強気な目もそそるのう。獣人のオメガ用に調合させたものだが、この香を使うと気持ちよくなれるはず。恐怖も何もなくなり、性交のことしか考えられなくなる――発情期を誘発させる香だ」


 エリゼオの合図で、どこからともなく香が焚かれる甘い匂いが漂ってきた。この香りはアルファやベータには効果がないのか、オメガだけが効くように作られているようだ。


 ニコラは目の前がぐにゃりと揺れ、肩で息をしながら俯いた。


「反応の良い体だ。我の好みになれば、お前を人間唯一の寵姫にしてやろう」


 呼吸が荒くなってきたニコラを見て、くっくっとエリゼオは小さく笑った。


「人間のオメガは脆いからすぐに死んでしまう。お主はせいぜい、長く我を楽しませてくれ」


 俯いているニコラの顎をもう一度掴み、上を向かせようとした瞬間――


「……俺はアルファだから、悪趣味な香が効くわけがない」

「なッ!?」


 金色の髪の毛が夜の色に染まり、神秘的な桃色の瞳は雄大な海の色へと変化した。エリゼオやアルディスが『ニコラ』だと思っていた人物は、妖精の粉を使ってニコラに扮していたラウロだったのだ。

「お前は……!」


 エリゼオがラウロの名前を叫ぶより前に、顎を掴んでいた腕が切り落とされる。横から乱入してきたのはヴェインで、弟の奇行にアルディスは愕然としていた。


「ヴェイン、何をしているっ!」

「……ヴェイン? あんたの弟はまだ、裸で夢の中だろうな」


 ニコラと同じような金色の髪の毛を持っているヴェインの容姿は、レイヴンの姿へと変わっていった。レイヴンはエリゼオの腕を切り落とす前に、オメガの発情期を誘発する怪しげな香を破壊していた。


「くっ、お前たち、何をしておる! 早くこの二人を捕らえよ!」


 血が滴る腕を押さえながらエリゼオが叫ぶが、謁見の間にいる騎士や傭兵たちはぴくりとも動かない。そこでようやく、この場にいる全員が替え玉だということにエリゼオは気がついたのだ。



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