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64. 見晴らしのいいオフィス

 少し前までは、工事現場だった。今は作業をしていた地下足袋の人々も姿を消していた。しかし、箱はできあがったものの、内部はまだ何もない、がらんとした空間のままだ。歩道に面した側が一面ガラス張りになっており、塀も生垣もないので丸見えだ。フローリングの床に白い壁。平屋建てで、民家とは思えないので店舗だろう。一体、何ができるのだろう。


 ガラス張りの向こうに、デスクが横一列に四つ並んでいた。各デスク間は五十センチほど離れ、ソーシャルディスタンスが確保されている。部屋は奥行きがないので机はこの一列だけ。机以外の家具はない。新しいカフェでもできるのかと期待していたのだが、どうも違うようだ。デスクは一人用、シンプル第一がモットーであるかのように、引き出しもないタイプ。一体何ができるのだろう。流行りにのっかって、リモートオフィスとして貸し出すとか。


 見晴らしのいい部屋に横並びになった四つの机の上に、ノートパソコンが置かれていた。しかしそれ以外は、相変わらず何もない。キャビネットも、電気スタンドも、何も。一体何なのだろう。デスクの向こう側、部屋の奥に別の部屋があるらしいのが見て取れる。給湯室とかそんな気配。これは一体、なんだ?


 横並びの机と机上のノートパソコン以外何もない見晴らしのいい部屋に、ヒトが配置された。夜だったので、ガラス張りで剥き出しの部屋の明かりが歩道に零れ落ちている。何をとち狂ったのか、机は歩道側を向いていた。つまり、オフィス内のヒトは歩道側を向いてパソコンに向かう格好だ。真ん中二つの机に座っている若い女性の間に、若い男性が立って談笑している光景が、非常に胡散臭く見える。女性二人はウレタンマスク、男性は不織布だが鼻マスク(マスクを下に引き下げ、鼻を露出させている)で、空気感染もするといわれている感染力の強いウイルスの予防にはどちらも不十分だ。

 わざわざ覗き見したくなるような光景ではないのだが、ガラス張りなので、首を捻れば歩行者から丸見えだ。オフィスから素早く目を逸らし、私は足早に通り過ぎようとする。

 ここはオフィス街でもなんでもなく、それなりに交通量の多い道路に沿った歩道を挟んで、民家や弁当屋、マッサージ店に花屋などが雑多に並ぶ通りである。夜に閉まる店も多いため、街灯があっても全体的に暗めの場所だ。そこにガラス張りでこうこうと明かりの灯った平屋建てのオフィスが出現したものだから、暗闇の中にやたらくっきり浮かび上がって見え、オフィス内のヒトと通行人との隔たりはほんの数メートルだ。

 首を振りながら通過した剥き出しのオフィスには、いつの間にか看板もできていた。


 〇〇〇一級建築士事務所


 つまり、この一級建築士が設計した理想のオフィスがこれなわけだ。完全ペーパーレス化によりコピー機も書類棚も不要で、仕事(設計)は専用ソフトを使用するためノートパソコンさえあれば事足り、通りを歩く人々に対し隠し事など一切ないオープンで明るい職場、そんなコンセプトを体現したらこうなった、と。

 せめて、デスクがこちら向きじゃなく、横を向いていたらかなりマシなのではないか、と思う。

 このように通行人をとんでもなく居心地の悪い気分にさせる露出狂みたいな事務所をデザインするセンスの持主に仕事を依頼したがる物好きがいるのだろうか、と私は首を捻った。

 まあそれは、一年か二年経てば判明するだろう。この界隈は店の入れ替わりが激しいところだから。とりあえず私は夜間あのオフィスの前を通るのをやめた。

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