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62. もちもち小豆

【あらすじ】入院中の父親の見舞いに行く途中に立ち寄ったパン屋で、私はおいしそうなパンを発見し、購入する。

 特急を下りて、地下街を歩いていた。

 入院中の父親の見舞いのために、久々にこの町にやって来た。地下街は、昔は自分の庭のように自由に歩き回りどこにどんな店があるか、地上に出たら何があるか隅々まで把握していたものだが、流石に二十年も離れていたので、すっかり様変わりしてしまっていた。

 見慣れぬパン屋の前で、私は足を止めた。ショーケースに展示されたパンがとてもおいしそうだった。食道癌のステージIVで入院している父は、放射線治療のせいで食欲がめっきり落ちている、と父の面倒を見ている姉が言っていた。私は、「もちもち小豆」と表示された豆大福のような外見の柔らかそうなパンに目をとめ、これなら食べられるかもしれない、と思った。

 カウンター内に立っている若い店員に、私は言った。

「この、もちもちこまめ、というのを四つください」

 言ってしまってから、すぐに気が付いた。気付かない方がよかったのに。顔が赤くなるのを感じたが、店員は若いのに接客のプロだった。

「こちらですね」

 と商品名は口にせず、カウンターの中からショーケース内の「もちもち小豆」を示して確認した上で、紙袋に四つ入れてくれた。

 私は一刻も早く立ち去りたかったので、大急ぎで支払いを済ませ、パン屋を後にした。

 名前の通りもちもちとした食感で、小豆がほんのり甘くやわらかいパンを、入院中にやせ細って少々認知症の症状が出始めた父は喜んで食べてくれた。

 しかし私は二度と再びあのパン屋には足をむけなかった。

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