花畑(後)
ダメ。ゼッタイ。
「えっ、あ、おい何するんだよ!?」
「うるせえ黙ってろ」
龍郎はいかにも平気だというように、近くに転がっている中田の服を引き裂き、自分の右腕の傷に巻きつけ応急処置を始めた。ひどいね!
「さ、さっきの女は何なんだよ……! あんたも傷が……!」
「お前は何も知らなくていいんだよ。……話を戻すぞ。『お花畑』ってなんの事だ?」
「それを話してる暇かよ……。あんた、さては女の子にモテないな?」
「余計なお世話だよ」
モテたことぐらいあるさ。
「でも……あんたは、さっきの女を追いかけるべきじゃないのか?あんな悲しそうにしていたんだから。うーん、よく思い出すとなかなか可愛い娘だった」
「何いきなり紳士ぶってんだ。お前殺されてたぞ、礼も無しかよ。……指もう一本いくか?」
「ああ……いってえ、あんたにやられるぐらいだったらさっきの娘に殺されたいね」
「急にペラペラと……!」
「俺は女の子の事だとよく口が回る方なんでね!」
あれを「女の子」と認識するあたりなかなか気合が入っていらっしゃる。
「へぇ。じゃあその調子で『お花畑』について話してもらおうか?」
「……さっきの女の子を貸してくれるんなら考えてやらんでもない。」
「お前……そういう趣味かよ。あと」
がっしりと頭を鷲掴みする。
もう逃がさないんだからね!
「お前は俺に命令できる立場じゃないだろ?」
「う」
中田は目を泳がせ、小声で言った。
「あんた知ってんだろ……新しいシャブだよ」
シャブ。
「麻薬……?」
龍郎の目が不機嫌に細められる。
嫌でも脳裏に父親の顔が浮かぶ。
「いや、それはあり得ない。相棒は麻薬に手を染めることはないからな。……俺が嫌いだからさ」
「嘘じゃあないぞ? あれは確実に笹川麗が持ってたもんだ。なんせ俺はあいつから奪った物を使ってこの花畑を見たんだからな!」
「なんだって?」
「話は聞いてたんだ。あのシャブを使えば必ず花畑の幻覚を見る……この白い花畑のだ。
だから『お花畑』なんだよ!」
龍郎はこの花畑に見覚えがある。
それじゃあ。
「俺がお前と同じヤク中ってことになるじゃねえか!」
龍郎は中田を容赦なく殴りつけた。
ガツンと心地よいほどの鈍い音がなる。
「いいか、俺はヤクなんて使ったこともねぇし使う気もない! 相棒が持っていたとしてもそれはあいつの意志じゃねえ!」
「いっ…………てぇ……! 知らねえよあんたのことなんか! この花畑を知ってるってこたぁ、『お花畑』を打ったって事だろうが!」
「幻覚を見るだけならいい。じゃあなんで目の前にあんだよ!」
「だからこれ全部夢なんじゃねぇのかよ!! ああー、半分も使わなきゃあこんな夢なんか見なかっただろうに、痛えよぉ……」
夢ならとっくに醒めている。
「ふざけるなよ…………なにが、『お花畑』だっ!」
手元の花を乱暴に千切り、投げ捨てる。
相棒が、麻薬に手を染めるはずはない。
金の為だろうと、娯楽の為だろうと。
そして、龍郎も使わない。
あるとすれば、それは事故か事件。
ふと、思い出した。
この世界へ来る前、かなり昔のようにも思われる。
ホテルで一杯やろうとして、テーブルについて、そこからの記憶が全く無い。
―――もし、そこから先。何かに巻き込まれていたとしたら。
『お花畑』が関係している何かに。
この世界に来た原因、相棒がああなってしまった原因、花畑の幻覚を見る麻薬。無関係だとは思えない。
さっきこの花畑を見たとき―――呑み込まれるような嫌な感覚。それはきっと、身体に何かが刷り込まれていたからだ。
「……お前。相棒からそれを奪ったって言ったな? いつの話だ」
「ひ、昼だよ。昨日の昼。そんで……そのあとにちょっとした好奇心で『お花畑』を打っちまった……。
気持ちよかったぜ、あれは。それから気づいたら知らない所にいて、あんたと遭ったんだ。」
「昨日の昼だと? 一昨日の夜じゃあなくて? お前……また殴られてぇのか?」
「う、嘘じゃないぞ! たしかに昨日の昼だ! 笹川麗がコインロッカーに入れた小包、あれを奪った!」
龍郎にとっては一昨日。相棒とまだ一緒にいた時―――相棒はコインロッカーに近づいたりする気配は無かった。
いや、一度だけトイレに入りたいと言って離れた時があったか。
午後1時。昼時。
ホテルに入った後の記憶喪失とは別件なのだろうか?
―――そしておそらく、この世界に来るには時差がある。
一昨日まで龍郎と相棒は確実に共に行動していた。
そして龍郎がここの世界に来たのは昨日の昼。
しかし相棒はすでにここへ来ており、祀り上げられ、……教会までご用意されていた。あの豪勢な建物は1日そこらで出来るものじゃない。
「おい。昨日って何月何日だった?」
「え、なんだよいきなり……。だが確か10月9日だった気がする」
やはり。
相棒と共にいたあの日、龍郎にとっては一昨日。10月9日―――そこから飛んだのだ。
「……なるほど。解った。
これから一番大切なことを聞くぞ?」
「な、なんだ」
「お前を雇ったのは誰だ」
「それは……知らない。いや! 本当に知らないんだ! 俺は家にかかってきた電話で全て指示を受けたんだよ!」
「へえ。誰ともわからない奴と手を組んだのか、お前は」
「そ、そうだよ」
小指の痛みはもう無いのか、中田はあぐらをかいて話し始めた。
「驚いたさ……だが、郵便ポストに入った札束を見てやるしかないと思ったよ。
あんたの情報も、笹川麗がコインロッカーにシャブを入れる情報も全部電話の向こうからさ。
コインロッカーを壊して『お花畑』を手に入れる……それを指示に従ってある場所まで持っていくのが俺の仕事だった」
中田は、はぁーと大きくため息をついた。
「でも俺は打っちまったんだよ。指示が来る前に、どんなもんかと思って。1本だけならいいと思ったのさ。……それでも、あれは格別だったよ。
なんというか、こう、そう! そこらのシャブと違うのはただ気分がハイになるってんじゃないところさ! 世界と一体になっているっつうか、すごい安心感に包まれる。あれは新感覚だった……!
そして、花畑の幻覚! あれが頂点さ! 幸せに溢れながらも気分はスゥーっと澄み渡っていて」
「うるせえよ。てめーのシャブレポはどうでもいいんだ」
話の腰を折ってやった。麻薬の話など聞きたくない。
ともかく、龍郎は直感していた。
中田の電話の主―――そいつがおそらく黒幕だ。
表の世界に出ていない龍郎の存在を、相棒の裏の顔を知っている。……もしかしたら、龍郎が知らない相棒の顔すらも……。
だが。
「こんなヤク中に大事な仕事を頼むなんて、そいつは三流もいいところだな」
中田の言うことをすべて信じるわけじゃない。しかし、電話の向こうの人間は締め上げる。新しい仕事が一つ増えた。
……そして、相棒に真実を確かめなくてはならない。
信じている。だからこそ。
「とりあえずお嬢ちゃんを探しに行かねえと。
……あまり遠くに行かれちゃあ事だ」
「あんた少女趣味だろ?」
ドスッ。
中田は気絶した。




