第543話 魔力0の大賢者、親睦会で決着をつける
「ファイン――これで君の気持ちが晴れるとは思わないけど」
「……確かにな」
僕はファインのもとへ歩み寄り、静かに声をかけた。
ギャノンはすでに満身創痍だ。
だけど――それで終わるほど、ファインの抱えてきたものは軽くない。
「だが……多少はスッキリしたぜ。ありがとうな」
そう言って、ファインはわずかに笑った。
その笑みは決して晴れやかなものではない。
けれど、確かに“前を向いた”表情だった。
――それで十分だ。
少しでも、彼の重荷が軽くなったのなら。
「くかっ……くかかかかかかッ!」
不意に、耳障りな笑い声。
振り向くと。
ラクナに叩き伏せられたはずのバジルが、ふらりと立ち上がっていた。
顔は血に濡れ、焦点の合わない瞳。
それでもなお、狂気だけは濁っていない。
「全く……やってくれますね、大賢者……!」
「チッ。三下の癖にしぶとい野郎だ」
ラクナの舌打ち。
「まだやるつもり?」
「カカッ……私が手を出すまでもない」
バジルが、ゆっくりと腕を上げる。
「後は――影竜が、全てを終わらせる」
その指が、空を指した。
見上げる。
――そこには静観を決め込んでいた黒竜の姿。
巨大な黒。
空を覆うように翼を広げる竜。
その気配が変わった――
光を吸い込むような漆黒の鱗。
開かれた顎の奥で、闇が渦巻いている。
ただそこに存在するだけで、空気が重くなる。
「影竜のブレスなら……この一帯を消し去るのも容易い」
バジルが嗤う。
「お前たちは終わりだ」
「何言ってやがる! そんなことすればお前も死ぬだろうが!」
ファインが叫ぶ。
だが。
バジルの笑みは、さらに歪む。
「お前たちを始末できるなら……私の命など惜しくはない!」
狂気。
純粋な破滅願望。
「さぁ――この愚かな連中に裁きを!」
黒竜が口を開く。
闇が収束する。
――来る。
そう判断し、僕は踏み込もうとした。
だが。
「ブレイクボイス!!」
「ゴッドサンダー!!」
声が、重なった。
圧縮された音波が空を裂き、影竜へと叩きつけられる。
同時に。
雷が天を貫き、黒き巨体を撃ち抜いた。
衝撃。
巨体がわずかに揺らぐ。
「なんだかわかんないけど、あれを落とせばいいんだろう?」
「う~ん……やっぱりマゼルの魔法に比べると威力が落ちるかなぁ」
視線を向ける。
そこに立っていたのは――
Sクラス、アダムとマリー。
「無駄なあがきを!」
バジルが叫ぶ。
「その程度で止まるものですか!」
確かに、影竜はまだ落ちない。
だが。
次の瞬間。
「凍れ――」
静かな声。
「蒼絶の静寂――グレイシャル・カタストロフ」
空気が変わる。
温度が、一気に落ちた。
吐く息が白く染まり、空間そのものが凍りつく。
影竜の翼から、霜が広がる。
凍結。
そして――完全停止。
「フレイザか――」
ラクナが舌打ち混じりに呟く。
「癪だが仕方ない。マゼル――決めてしまえ!」
頷く。
地面を蹴る。
瞬間。
体温が急激に上昇する。
熱が溢れ、炎が纏わりつく。
それはただの炎じゃない。
意思を持つように揺らめく、灼熱の羽。
「すげぇ……なんだありゃ……」
「マゼルが火の鳥になったぞ……!」
「あれこそがお兄様の極焔魔法――フェニックスエンドです!」
声が遠くに聞こえる。
視界にはただ、凍てついた黒竜のみ。
一直線に突き進む。
炎と氷が交差する。
その瞬間。
――衝突。
凍結した黒竜の体が、内部から焼き裂かれる。
亀裂。
崩壊。
砕ける。
黒き巨体が、無数の氷片となって空中へと散った。
そして。
そのまま霧のように――消えた。
残ったのは、何もない空。
……やっぱり。
実体ではなかった。
生命の気配がなかった時点で、予想はしていたけど。
バジルはこれを“影竜”と呼んでいた。
影――つまり、実体を持たない存在。
その性質を利用した何かだろう。
だが。
それも――終わりだ。
「これで……」
静かに息を吐く。
「決着だね」




